【Aパート 新たな助っ人の登場】
セルリアンに攻撃を開始したサーバルとヒグマでしたが、まったくダメージを与えられず攻めあぐねてしまいます。どうすることもできず、セルリアンにしがみつくサーバルでしたが、そのとき何者かが現れました。
(セルリアンの頭上を何者かが飛び去り、セルリアンを攻撃)
ワシミミズク(助手):浅いですか?
アフリカオオコノハズク(博士):でかいだけでなく固い・・・。たしかに面倒なのです。
ヒグマ:博士!
サーバル:どうして!
博士:ラッキービーストに聞いたのです。
助手:我々のそばにいたラッキービーストに通信が入ったのです。
博士:パークに人がいる状況ならではですね。我々、やることはやるですよ。この島の長なので。
助手:野生部分を開放です。この島の長なので。
(博士と助手、セルリアンを連続攻撃。セルリアンには効果がない)
ヒグマ:心強いが、正直、このサイズが相手では・・・。
博士:まあ、これが限界なのです。
助手:ですね。我々だけでは仕方ないですね。
ラッキービーストの救援要請で博士、助手が到着
セルリアンと戦うサーバルたちの前に現れたのは、7話「じゃぱりとしょかん」で出会った博士と助手でした。彼女たちは、自分たちがやってきたのは「ラッキービーストに事態を聞いたからだ」と説明しています。
11話の終盤、ヒグマが最後にかばんちゃんと別れるシーンでラッキービーストは目を七色に輝かせながら電子音を発していました。実は、この行動によってラッキービーストはジャパリパーク内にいるほかのラッキービーストに通信を行っていたのです。
博士はこうしたラッキービーストの行動を、「パークにヒトがいる状況ならでは」と表現しています。ヒトを助けるためにフレンズに救援を求めるという行動は「フレンズへの干渉」であるのは言うまでもありません。「生態系の維持」を原則としてフレンズへの干渉を控えているラッキービーストがあえて別の場所にいるフレンズに通信を行うというのは、たしかに「ヒトがいる状況ならでは」だといえるでしょう。
ただし、ラッキービーストのこうした行動は、同時に彼の中においてヒトとそれ以外のフレンズに明確な線引が存在するということを意味しています。かばんちゃん救出には、少なからず危険が伴います。その過程でフレンズが犠牲になってしまう可能性もあるはずですが、ラッキービーストはその危険を踏まえてでもフレンズに対して「ヒト」を助けるよう連絡したわけです。
博士たちは島の長としての責任を果たしにやってきた
ラッキービーストから聞いたとは言っても、それだけでは本来かばんちゃんを救出に来た理由の明確な説明にはなりません。セルリアンとの戦いは、フレンズにも危険をもたらします。博士と助手は、そうした危険を承知しながらこの場にやってきた理由を「この島の長なので」と説明しました。
博士と助手が「島の長」を名乗るのは、今までの描写を見ている限り別段不思議ではないはずです。フレンズに自分が何の動物か教えてあげたり、家をつくろうとしていたアメリカビーバーに材料を与えたり、さらにはPPP(ペパプ)のライブの準備を手伝ったり・・・。フレンズたちに知識を与え、頼りにされる彼女たちは、まさにジャパリパークのフレンズたちにとってリーダー的な存在だと言っていいでしょう。
博士たちの目的はかばんちゃんの救出なのか?
博士と助手が「島の長」としてかばんちゃん救出に手を貸してくれているという状況には、2通りの解釈が可能です。
1.島の治安維持、安全のために「超巨大セルリアン」を退治しにきた
2.島内にいるヒトの安全を守るため、かばんちゃんを助けにきた
なぜこのように解釈が分かれるかといえば、ラッキービーストがどのような内容を2人に伝えたのか、明確な描写がないからです。また、博士たちも「やることはやる」と言っているだけで、なんのためにやってきたのか明確に発言していません。ですから、もしかしたら博士と助手は「ヒトを助けるため」ではなく、「セルリアンを倒しフレンズを助けるため」にやってきている可能性もあるということです。仮にラッキービーストから頼まれたのが「かばんちゃん救出」だったとしても、博士たちはセルリアンを倒すためにやってきた、という可能性もあります。
実際、援軍にやってきた博士たちの感心は、超巨大セルリアンの強さに向いています。捉えられたかばんちゃんの様子を伺ったり、心配する様子はありません。このあたりは、あくまでかばんちゃん救出のために動いているサーバルとは対象的に描かれています。
ヒグマがかばんちゃん救出に悲観的な理由
対照的、といえば、このシーンに至るまでのサーバルとヒグマの態度も真逆です。ヒグマは、「今までセルリアンに食べられたフレンズを助けられたことはない」という経験から、当初はかばんちゃんの救出に反対していました。しかし、かばんちゃんがサーバルを助け出したのを見たこと、あくまでかばんちゃん救出を諦めないサーバルの熱意などに影響されて心変わりし、現在はかばんちゃん救出のために動いている、ということは、過去の考察で紹介したとおりです。
ですが、セルリアンの元にやってきてからのヒグマの言動は、一貫して悲観的なものばかりでした。セルリアンに攻撃が通用しなかったときも、サーバルが闘志を剥き出しにしていたのに対して、有効な救出策がないことに戸惑う様子を見せています。
ヒグマとサーバルに見る「アイデンティティ」の違い
博士と助手の助太刀を得た後も、2人の攻撃がやはり有効打とならないことから、ヒグマは厳しい見方を崩しません。「かばんちゃんの救出」という同じ目的のために行動しているにもかかわらず、ここまでサーバルと態度が異なるのは、単に2人の性格が違うためばかりではありません。
ヒグマはかばんちゃんと出会う前から、「セルリアンハンター」という役割の中で、明確に自己のアイデンティティを確立していました。フレンズとしても、ジャパリパークの一員としてもしっかりした「自分」を持っており、それはかばんちゃんがいなくなったからといって崩れ去るものではありません。
それに対してサーバルは、かばんちゃんと出会うまで周囲から「ドジー」、「ゼンゼンヨワイー」と言われ、「さばんなちほーのトラブルメーカー」と呼ばれる存在でした。彼女自身、そうした自分を変えたいと強く思っていたことでしょう。サーバルの場合はかばんちゃんと出会い、ともに旅を続ける中で自分のアイデンティティを確立していったのです。
前回の考察で、サーバルはかばんちゃんを通じてヒトを知り、「ヒトとはいい動物だ」と考えるようになったと説明してきましたが、それはあくまで「サーバルの立場から見た場合」の話に過ぎません。
サーバルのように、ヒトと接する中で自分のアイデンティティを確立したフレンズであれば、どれだけ可能性が低くともかばんちゃん救出を諦めることはないでしょう。なぜなら、サーバルにとっては「かばんちゃんがいてこそ自分がいる」ということになるからです。
ヒグマもまた、かばんちゃんを通じてヒトという動物を知ったはずです。その結果、「セルリアンに食べられたフレンズが救出される」という奇跡を目にし、きっと「ヒトは優れた能力を持つ、いい動物だ」と考えたことでしょう。
ここまではサーバルと同じですが、ヒグマの場合は自分のアイデンティティが「ヒト」に根ざしているわけではありません。仮にかばんちゃんが助けられなくても、明日からのヒグマの生き方が変わるわけではないのです。
このように、「ヒトはいい動物だ」という認識と「かばんちゃんを助けたい」という目的までは同じであっても、サーバルとヒグマとではかばんちゃんによって受けた自身のアイデンティティへの影響力が決定的に違います。この違いこそが2人のスタンスに大きな違いをもたらす最大の原因だといえるのです。
ラッキービーストは、ヒトとフレンズではヒトの安全を優先する
博士と助手はかばんちゃんを助けるためにきたのか、セルリアンを倒すために来たのかはわからない
ヒグマとサーバル、どちらもかばんちゃん(ヒト)に好意を持っているが、受けた影響度が違うためスタンスに違いが生じる
今回取り上げたシーンでは、このようにそれぞれのキャラクターごとの立場の違いと、それによってもたらされるスタンスの違いが明確に浮き彫りにされているのが特徴です。