『キルケーの魔女』考察③:ギギ論(“導線”としての介入者)

退屈に見せかけた「情報への渇き」

ギギの登場シーンは、派手な事件ではなく、妙に静かな日常から始まります。前作の舞台だったダバオで、ギギが一人でコテージのような場所にいて、テレビのチャンネルを次々に切り替えていく。宇宙に比べて地球はチャンネルが少なく、面白い番組がない——表面上は、そんな退屈さが描かれます。

ただ、ここは単に「暇つぶしをしている」だけには見えませんでした。ギギは内心では、ハサウェイやケネスといった“新しく出会った男たち”のことが気になっていて、彼らに繋がる情報をどこかで探している。けれどテレビから流れてくるのは、当たり障りのないニュースばかりで、手がかりになりそうなものがない。その落胆が、あのチャンネル切り替えの手つきに出ているように見えます。

もちろん、ギギ自身がそれを自覚的にやっているのか、無自覚にやっているのかは、はっきりしません。最初は何となく始めた行為が、途中から“探している自分”を本人も意識し始める、ということもあり得ます。いずれにしても、ここで描かれる退屈は、ただの空白ではなく、ギギの内側が動き出しているサインのように感じました。

そしてこの後、ギギはケネスに連絡を取り、香港へ移動して伯爵の別荘準備を進める、という本来の予定へ戻っていきます。つまりこの時点のギギは、表向きは「パトロンのために働く立場」にいて、生活の予定も決まっている。にもかかわらず、心だけが別の方向——ハサウェイとケネス、そしてその周囲で起きていることへ向かい始めている。このズレが、後の“魔女”的な立ち回りの前振りになっているように思います。


ケネスとの接触→香港:ギギが「情報の導線」を手に入れる

ギギはダバオで退屈そうにテレビを切り替えながらも、内心ではハサウェイやケネスに繋がる情報を探しているように見えました。その流れの中で重要なのが、ギギが香港へ向かう前に、いったんケネスと接触するくだりです。

ここでギギは、ケネスと軽口を叩き合うような会話をしながら、結果的にハサウェイの連絡先を知ることになります。表面だけ見れば、男女の駆け引きのようにも見えるのですが、私はこの場面を「本気の恋愛の始まり」というより、むしろ互いに手練手管で会話を成立させているような、ある種のロールプレイに近いものとして見ていました。

というのも、ギギの関心が本当に向いているのはケネスそのものというより、ケネスの先にいるハサウェイのほうに見えるからです。ギギはこの時点で、ハサウェイがただの“植物観察官候補の青年”ではないことを直感的に感じ取っているように見えますし、だからこそ「繋がり」を確保するためにケネスを経由している。言い換えると、この接触は恋愛感情というより、ギギが“情報の導線”を手に入れる場面として機能しているように思いました。

そしてこの接触は、情報面でも意味を持ちます。ケネスと行動を共にすることで、会議の場所がどこなのかといった、軍事機密に近い領域へも、ギギは半歩踏み込める立場になります。のちにギギが「会議場所は変更なし」という方向の情報をハサウェイ側へ伝える流れへ繋がっていくことを考えると、ここは単なる雑談シーンではなく、ギギが“介入できる位置”へ移動していく起点になっています。

そのうえでギギは、いったん香港へ向かい、バウンデンウッデン伯爵の別荘準備という「本来の予定」を遂行し始めます。ただ、ここまでの流れを踏まえると、香港行きは“人生の既定路線に戻る行為”であると同時に、すでに心が別方向へ動き始めている状態での移動でもある、という二重の意味を帯びてきます。


伯爵との関係:愛人以上の役割/特権階級の孤独

香港で描かれるのは、いわゆる「愛人として贅沢をしている女性」という単純な像ではありません。ギギは家具や調度品の入れ替え、使用人の選別など、伯爵が滞在する空間そのものを整える役回りを担っていきます。

この描写が効いているのは、ギギが“体を売っているだけ”という存在ではなく、知識や教養、センスを含めて見込まれていることが、自然に伝わってくる点です。言い換えると、ギギは恋人というより、秘書的な要素も含んだ立場に近い。だからこそ彼女は、伯爵の生活を整えるという実務をこなしながら、その内面にも触れていきます。

伯爵の人物像として印象的なのは、高齢でありながら世界情勢や株価チャートを追い続け、常に“次に何が起きるか”へ備えているように見えるところです。ギギが「ずっとそんなことをして楽しいのか」という趣旨の言葉を投げ、伯爵が「364日が辛くても、たった1日が楽しければそれでいい」というような考え方で返す場面は、伯爵の生き方を象徴していました。

私はこのやり取りを見て、伯爵は強者であると同時に、どこか寂しい人でもあるのだろうと思いました。資産があり、情報があり、周囲には人がいるはずなのに、年を重ねても心配事から自由になれない。そういう孤独や不安定さが、彼の言葉の端々からにじむように感じます。

そしてギギは、そこにある程度の寄り添いを見せます。伯爵がギギの腹の上に頭を置いて眠るような場面も含めて、ギギが提供しているのは金銭と引き換えの関係だけではなく、「安心できる場所」でもある。少なくとも伯爵にとって、ギギはそういう存在として機能しているように見えました。

ただ、それでもギギの心が完全にそこに留まっているかというと、私はそうは感じませんでした。ギギには伯爵への情はある。しかし“心が踊るもの”は別のところにある。そのズレが、次にギギがハサウェイとケネスのほうへ、より強く引き寄せられていく流れへ繋がっていきます。


ケネス合流は“ハサウェイに近づく手段”

ギギは「会議場所は変更なし」という情報をハサウェイ側へ伝えたあと、ケネスに合流してそのままオーストラリアへ向かいます。ここは動きとしては、ギギがケネスに接近していること自体は間違いありません。ただ私には、それが「ケネスに近づくこと」そのものを目的にしているというより、ケネスを利用してハサウェイへ接近しているように見えました。

ポイントは、オーストラリアへ行けばハサウェイに会える可能性が高い、という前提です。ギギは会議場所の情報を伝えると同時に、自分自身もそこへ向かう。これは単に情報提供ではなく、「あなたの行く先へ私も行きます」という意思表示のようにも見えます。映画の描写だと、ギギはケネスとハサウェイの間で揺れているというより、最初からハサウェイを選んでいるように感じました。

一方でケネスの側にも、ギギをそばに置く合理性があります。ギギの“直感”が、結果として戦果に繋がっていくからです。ダーウィンでの襲撃回避にせよ、マフティー側の別動への対処にせよ、さらに終盤でエアーズロックへ部隊を送る判断にせよ、ギギの言葉はケネス隊の行動を動かしていきます。ケネスがギギを連れているのは恋愛感情というより、戦況を有利にする「使える要素」として見ている面が強い、と私は感じました。

ただ、ここでさらに面白いのが、ケネスもまた、どこかでハサウェイとマフティーの関係を“薄く”察しているのではないか、という点です。もちろんケネスが理性の上で確信している、という話ではありません。ただ、ギギが繰り返しハサウェイの名前を出し続けることに加えて、短期間の出会いにしては不自然なほど、ケネスの会話の中にハサウェイが残り続ける。この不自然さは、深層心理のレベルで「関係がある」ことを前提にしてしまっているからではないか、という読み方もできると思います。

そして、ここまでの流れを踏まえると、ギギの立ち位置がよりはっきりしてきます。ギギは、どちらか一方の陣営に最初から忠誠を誓う存在ではありません。けれど、少なくとも恋愛感情や関心の方向としては、ハサウェイへ向いているように見える。そのうえで彼女は、ケネスの側にいることで情報や行動の自由度を確保し、結果的に状況を大きく動かしてしまう。つまりギギは、「戦場の中心に立つ兵士」ではないのに、二人の男の間で“導線”になり続けてしまう存在です。

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