漫画やアニメには、主人公の敵となる「悪の組織」や、それに属する幹部が登場します。さらに、「同じ組織に属しているのに、お互いの利害の衝突や派閥争いから幹部同士が対立している」というケースもよくあります。こういったシーンを細かい会話のやり取りの中でいかに上手に描けるかどうかで、作品の面白さは大きく変わってくるといえるでしょう。
今回は、当ブログで何回か取り上げてきた「封神演義」(漫画版:藤崎竜、アニメ版「覇穹 封神演義」から、そうしたシーンを取り上げてみたいと思います。今回のシーンは、聞仲と王天君の駆け引き(心理戦)です。2人の会話から両者の心情変化を読み取ってみましょう。
「王天君と聞仲が協力するシーン」までの流れ
今回取り上げるのは、単行本13巻、アニメ版「覇穹 封神演義」では6話「老賢人に幕は降り」において、聞仲と王天君が劇中で初めて会話するシーンです。会話自体はほぼ同じなのですが、アニメ版は、漫画版に比べてかなりストーリーが省略されているので、まずは両者の違いを説明しなければなりません。
聞仲は本作の主人公・太公望と対立する敵役のひとりです。聞仲は金鰲島、太公望は崑崙山という、それぞれ仙人界の2大勢力に属しています。さまざまな紆余曲折の後、金鰲島は殷、崑崙山は周という人間界の国家に寄生して戦争を行うことになりました。これが本作中盤の山場である「仙界大戦」の大まかな流れです。
漫画版では、太公望と聞仲を取り巻く動きは次のように推移していきます。
太公望、人間界を乱す仙人妲己とそれが属する国家「殷」を滅ぼすことを決意。
- 殷を守る聞仲と太公望が対立。何度かお互いの勢力が激突する。
- 金鰲島が聞仲(殷)を支援。崑崙山も太公望(周)を支援する。
- 金鰲島、聞仲支援のため魔家四将、趙公明を派遣。太公望たちと戦わせる。
- 聞仲、金鰲島の実質的指導層である十天君と対立、捕らえられる。
- 趙公明が太公望に敗北。十天君、戦力補強のため聞仲を開放。
- 十天君のリーダー王天君が聞仲と会話、協力することになる。
アニメ版ではこのうち、魔家四将派遣~趙公明が太公望に敗北までの部分がカットされているため、王天君と聞仲の会話はそれぞれの立場やセリフの意味合いが異なっています。
派閥争いをする幹部同士が、やむを得ず共闘する際の会話
金鰲島と崑崙山は、お互いに対立する勢力です。太公望と対立する妲己・聞仲は元々金鰲島に属していた仙人なので、崑崙山が太公望を支援すれば、金鰲島は聞仲を支援するというふうに徐々に対立がエスカレートしていきました。
漫画版では、金鰲島が聞仲支援のために魔家四将や趙公明といった仙人を派遣しましたが、それぞれ太公望たち崑崙山の仙人によって撃退されています。敗戦が続いた金鰲島(を指導する十天君)は立場上対立していた聞仲を開放し、太公望と戦わせる手駒として使うことにしました。
聞仲は金鰲島と関係する仙人なので支援する。
金鰲島の支配層である十天君と聞仲は対立している。(十天君のほうが身分は上。聞仲の方が実力は上)
という事情があるため、金鰲島(十天君)として「素直に聞仲を支援するのは気に入らないが、崑崙山に負けるのは避けたい」という本音があります。作品を知らないとわかりにくいかもしれませんが、「同じ組織に属する幹部同士が、互いに派閥争いをしているが、共通の敵に対してやむなく協力しようとしている」とイメージすると理解しやすいでしょう。
問題のシーンのセリフ
今回はアニメ版のセリフを抜き出してみたいと思います。漫画版でも多少は異なりますが、概ね内容は同じです。
聞仲:金鰲島の内部に入るのは久しぶりだな。・・・王天君、十天君ともに私に協力しろ。
王天君:はぁ?あんた、そりゃ不躾だな・・・。俺たち十天君はあんたより位が上の仙人なんだぜ?
(聞仲、視線をそらす)
聞仲:もうじき西岐、いや周と戦争が始まる。その前に十天君と私で崑崙山を落とし、周に降伏を勧告する。
王天君:随分回りくどいじゃないか。
聞仲:そうすれば、人間の犠牲は最小限で済む。
王天君:別にいいぜ。俺らも崑崙山の奴らが動き回ってんのが不快だったんだ。
聞仲:通天教主様に会う。貴様も来い。
王天君:フッフッフッフ・・・。
聞仲:王天君。
王天君:ああ?
聞仲:くだらない浅知恵を働かせないことだ。
王天君:・・・何のことやら。
アニメ版:王天君のほうが立場が上
アニメ版では、殷と周の戦争が不可避になったという情勢を受け、「人間の犠牲を最小限に抑えるため」に「聞仲が王天君に協力を要請する」という流れになっています。ですから、協力しろという上からの物言いに対して王天君が「不躾だな」と嫌味を言っているわけです。
王天君が協力を了承した後、聞仲は「下らぬ浅知恵を働かせるな」と釘を差しています。これは、「協力は共通の敵である崑崙山を倒すためで、それは双方の利益になるのだから、この期に応じて自分(聞仲)が損をして、お前たち(十天君)が得をするような策略しようと考えるな」と言う意味でしょう。
聞仲としては、「自分のほうが実力が上である」という強みを活かして十天君に協力を強いているわけですが、王天君から「自分たちの方が位は上だ」と言われると反論に窮し、視線をそらしています。「協力してくれ」と頭を下げているにも関わらず、上から目線で頼んでしまったので、その点を指摘されて困っているわけですが、この描写からアニメ版のこのシーンでは「王天君のほうが有利な立場にある」ように描かれていると言えるでしょう。
漫画版:聞仲のほうが立場が上
一方、漫画版ではこのシーンに至る前に、「金鰲島所属の魔家四将、趙公明が崑崙山の仙人に敗れる」という、アニメ版ではカットされた一連の流れが存在します。そのため、ほぼ同様のやり取りが行われているにも関わらず、このシーンは「金鰲島が戦いで不利になったので、王天君が聞仲に協力を要請する」という意味合いになっています。
さらに、漫画版の聞仲は、このシーンに至るまでの4ヶ月間、対立する十天君によって捕らえられていました。「気に入らないから」という理由で捕らえていたのに、「自分たちの勢力が不利になったので協力を要請した」という流れになっているわけです。なので原作では聞仲が「随分虫の良い話だな」と怒りを露わにする描写があります。こうした演出からも、原作では「聞仲のほうが王天君よりも立場が上」だと言えるわけです。
この後、漫画版でもアニメ版と同様「浅知恵を働かせるな」というセリフがありますが、これもアニメ版とは意味合いが異なっています。言うまでもなく、「お前たち(十天君)の都合で自分(聞仲)を捕らえたり開放したりするのはやめろ」と言っているわけで、この点においても十天君は「先に聞仲に手を出した」という弱みがあるわけです。
キャラ同士の立場の強弱、共闘すべき理由が不可欠
今回取り上げたシーンは、漫画・アニメでよくある「悪の組織の幹部が、会議でお互いの腹を探り合うシーン」に相当すると言えるでしょう。封神演義の場合、アニメは(おそらく尺の都合で)ストーリーの改変が見られるので、今回のように「立場の強いキャラクターが異なる」という違いが表れてくるわけです。
しかし、どちらにしても話の都合上、どれだけ仲が悪い幹部同士であろうと共闘してもらわないとストーリーが先に進みません。今回のように、「どちらがのほうが立場が上か」を描写したり、「互いにとって共通の敵(多く場合は主人公」といったもっともらしい共闘の理由を用意したりすれば、お互いのキャラクターを損なうことなく、無理のない「共闘」を描くことができます。