本作を見ていて、ハサウェイの“理想に殉じる姿”と同じくらい印象に残ったのが、ケネスという男の生き方でした。
彼は「体制側の人間」として描かれながら、単なる悪役でも、単なるエリートでもなく、むしろ現実の組織社会にいそうなリアルさをまとっています。ここでは、ケネスが体制内で成果を出す“現実適応者”としてどう描かれているのか、その光と影を整理してみます。
理想を掲げずに、現実を動かす男
ハサウェイが若さと理想主義で体制に反発する人物として描かれているとすると、ケネスはその対極にいる人物だと思います。
彼は体制側に身を置きながら、その中で成果を出し、できることの範囲を広げていく。いわば「現実に適応して勝つ」タイプです。
その上で印象的なのが、ケネスがブライト・ノアを尊敬しているという点です。
ブライトは、組織の重圧の中で現実と折り合いをつけながら、時にはニュータイプのような危うい才能を守り、理想と現実の間で踏ん張ってきた人物でもあります。ケネスがそこに敬意を示すということは、彼自身が目指す軍人像のどこかに、ブライト的な理想を置いているのだろうとも感じました。
ただし、ケネスは当然ながら完璧な人間ではありません。
むしろ本作のケネスは、成果を出す一方で、その裏側にある未熟さや荒さもはっきり見せてきます。
分かりやすいのは、部下への当たりの強さです。
ペーネロペーの整備に「2週間かかる」と言われたら「3日でやれ」と詰める。レーンが人質を取り逃がしてΞ(クスィー)にしてやられた件でも、体罰を含むような強い指導をする。ここにはパワハラ的な空気すらあります。
ただ、これが単なる性格の悪さというより、「結果を出さなければ守れない」環境で、無理やりでも間に合わせようとする焦りとして出ているのが厄介です。
その焦りを強めているのが、ケネスの置かれている状況です。
閣僚たちの護衛と移動手配をしながらマフティーを追い、さらにマンハンター(刑事警察機構)側からも圧がかかる。仕事が増え続ける中で、苛立ちが部下へ向くのも、現実としては理解できてしまう部分があります。
そして、ケネスを“現実適応者”として印象づけるのが、公私の扱い方です。
前作で知り合ったキャビンアテンダントの女性を呼び寄せ、閣僚の世話役として使うのは合理的でもありますが、同時にプレイボーイらしく口説きも並行している。部下たちがそれを薄々分かっていて、やや茶化す空気があるのも含めて、ケネスは組織の中の「よくいる上司像」としても妙にリアルです。
ここでポイントだと思うのは、ケネスが“欲望を捨てない”ことです。
ハサウェイが、罪や贖罪の感覚から、肉欲や日常を捨てて理想へ向かおうとしているのに対して、ケネスは世俗的な欲とも折り合いをつけながら、仕事も回して成果も出す。
きれいごとではなく、汚さも含めて現実に最適化していく。その生き方の強さが、ケネスという人物の魅力であり、同時に怖さでもあるのだと思います。