6話「イゼルローン攻略(前編)
~ヤンと部下たちの信頼関係~
第一三艦隊司令官ヤン・ウェンリー少将は、ローゼンリッター連隊の隊長、ワルター・フォン・シェーンコップ大佐と面会した。ローゼンリッター連隊のカスパー・リンツ中佐、ライナー・ブルームハルト大尉が同席する中、ヤンはシェーンコップにイゼルローン攻略の作戦を話した。
シェーンコップは作戦案に一定の関心を示しつつも「裏切りの噂がある自分を信用するのか?」とヤンに問いかける。ヤンは「信用しないことには作戦そのものが成立しない」と応えた。
シェーンコップは「なぜこのような困難な任務を引き受けたのか」と質問を続ける。ヤンの答えは「次の世代に平和な時代を託すため」というものだった。この答えを聞き、シェーンコップはヤンの依頼を引き受けることを決める。
オフィスに戻ったヤンは、フィッシャー准将、パトリチェフ大佐、ムライ准将の前でついに作戦案の全貌を明らかにした。幕僚たちは口々に「無謀な作戦だ」との感想を漏らしたが、作戦に反対するものは誰もいなかった。
新たにシェーンコップを加えたヤンの部下たちは、作戦に向けて準備に取り掛かる。
シェーンコップが知りたい「ヤンの人間性」
今回取り上げるシーンは、ヤンとシェーンコップの会話が主となります。彼らがどういう言葉を、どういう目的で交わしたのか見ていくことにしましょう。
まず、ヤンはシェーンコップにイゼルローン要塞攻略のための作戦案を話しました。視聴者に対してはぼかされていますが、今までの描写からおそらく「帝国兵になりすましたローゼンリッター連隊を要塞に潜入させる」という作戦だろうと予測できます。
シェーンコップは、作戦の中身そのものには反対する素振りは見せませんでした。そのかわり、自分に目をつけてきたヤンの人柄に興味をいだいた様子です。ここからは、ヤンの人間性や考え方を確認するシェーンコップとの問答が始まります。
問1:シェーンコップを信用するのか?
シェーンコップは、歴代隊長が数多く裏切ってきた部隊の隊長です。彼自身が裏切ったわけではありませんが、「帝国からの亡命者で構成されている」という部隊の性質も相まってか、「シェーンコップも同様に裏切るのではないか」というウワサが軍内部に広まっていました。
普通に考えれば、そんな彼とローゼンリッター連隊に重要な任務を任せようとは思わないはずです。それにもかかわらず、あえて彼のもとにやってきていたヤンに対して、当初シェーンコップは疑いの目を向けていたようです。
たとえば、部下たちがヤンの前で「悪ふざけ」を演じていたとき、彼はすぐに止めに入りませんでした。もちろん、離れた場所にいたなどの理由でたまたま気づくのが遅れた可能性もありますが、「ヤンの人間性を試すためにあえて部下の好きにさせていた」という可能性もあるでしょう。また、ヤンから「相談がある」と言われたときは、真剣で緊張感のある目線を向けています。
「自分が裏切った場合の備えはあるのか?ないのなら、そこまで自分を信用しているのか」という質問は、文字通りに捉えるよりもむしろ「自分(シェーンコップ)はあなた(ヤン)を信用してもいいのか?その根拠を示せ」と言っていると考えたほうがいいでしょう。
問2.なんのために困難な任務に取り組むのか
ヤンの応えは「信用できるかについて確信はないが、信用しないと作戦が成立しない」というものでした。しかし、シェーンコップにとってこの回答は答えをはぐらかされたもののように感じられたことでしょう。彼が知りたいのは自分と部下の命を預けることになる「ヤンの人間性」だからです。
そこでシェーンコップは質問の仕方を変え、「なぜ困難な任務を断らなかったのか」とヤンに問いかけます。彼を突き動かす原動力ともいえる感情は何なのか、それを聞き出そうとしたわけです。
シェーンコップが想像していたヤンの「原動力」は名誉欲や出世欲でした。何しろ、彼は「エル・ファシルの英雄」として有名になった彼の評判しか知らないはずです。「若くしてたまたま出世した成り上がりが、調子に乗って欲に駆られ、無理難題を引き受けてきたのではないか」と疑ったとしても仕方ありません。実際には、ヤンに対する彼の態度から、そこまで強い疑いを持っていたわけではないのでしょうが、まだヤンの命令に心から従えるほどの強い信頼を抱くには至っていなかったと思われます。
ヤンの目論見は「イゼルローン要塞を占領して帝国軍の進路を絶ち、有利な状況で和平を目指す」というものでした。しかし、シェーンコップは「仮にその和平が実現できても、恒久平和には至らないのでは」と問い返します。ここで思い返す必要があるのは、彼らが暮らしている時代は「150年以上に渡って銀河規模で戦争を続けている時代」だということです。彼らにとっては「戦乱が続いている状態」こそ一般的であって、「平和な時代」はかなり珍しいものだといえます。
21世紀の日本で生きる人々にとっては、「和平を結んで平和を実現する」というヤンの考えはもっともなものに映るかもしれません。しかし、「戦乱が100年以上続く時代」に暮らす彼らにとって、こうしたヤンの考え方はかなり奇異なものに映ったでしょう。もちろん、学者や民間人、政治家などにこうした主張をする人物は存在したのでしょうが、軍人でしかも若くして「英雄」になったヤン・ウェンリーがこのような意見を持っているとは想像していなかったはずです。
「次の世代に平和を残したい」というヤンの想い
話はいよいよ、確信であるヤンを突き動かす「原動力」の部分に触れていきます。ヤンは「うちにいる14歳の男の子(ユリアン)に、何十年かの平和な時代を与えたい」と述べ、シェーンコップからの質問に対する最終的な回答としました。
「次の世代になにか遺産をを残すとするなら、やはり平和が一番だ」
「それぞれの世代が後の世代への責任を忘れないでいれば、結果として長期間の平和が保てるだろう」
こうしたヤンの意見を聞くころには、シェーンコップは再び真剣な面持ちに戻っていました。
一連の回答を聞いた後、シェーンコップはヤンを「正直者、もしくはルドルフ大帝以来の詭弁家」と評します。この答えはどのように解釈するべきでしょうか?おそらく、シェーンコップはヤンの話の内容自体には納得できたのでしょう。しかし、ヤンの人間性そのものを信用するにはまだ確信が持てなかったのではないでしょうか。なにしろ、シェーンコップとヤンは出会ったばかりです。ヤンが弁舌に長けており、シェーンコップを納得させようとしてもっともらしい理由をこじつけた、という可能性もありえないわけではありません。
「ヤンの人間性が信頼できるかどうか確信が持てなかったが、話の内容には納得できたのでとりあえず協力することにした」という解釈が妥当なところではないでしょうか。つまり、シェーンコップも「ヤンを信用しない限り作戦が成立しないので、信用することにした」ということです。2人はどちらも相手に確信が持てないまま、一種の「賭け」として信頼し合うことになりました。
「信頼」を頼りに困難に立ち向かう男たち
ヤンはフィッシャー、パトリチェフ、ムライ、キャゼルヌを加えた席でも、シェーンコップに伝えたのと同じ趣旨の話を繰り返しています。部下たちに「自分を信じてくれとは言わないが、ほかに方法がないから従ってほしい」と要求したのです。司令官としては弱気にも思える言動ですが、シェーンコップが「正直者」と称したヤンの人間性がよく出た、率直な命令だといえます。頼もしくも、彼の命令を拒否したり、疑ったりするものは誰もいませんでした。
いうまでもありませんが、ヤンは決して「詭弁家」ではありません。「銀河英雄伝説 Die Neue These」の6話は、キャラクター同士の「信頼」がひとつの大きなテーマになっているといえるでしょう。