ノイエ銀英伝7話感想・考察その3「ヤンとラインハルトに共通する英雄の資質」

7話「イゼルローン攻略(後編)」
~無能と英雄の違い~

シェーンコップはヤンやムライらを要塞に迎え入れる。要塞内に流した催眠ガスによって、司令部以外にいる50万人もの軍人も根こそぎ捕虜にできる手はずであった。

未だ事態に気がついていない要塞駐留艦隊司令官ゼークト大将は、「イゼルローンで反乱が発生した」との虚報におびき出される。幕僚のオーベルシュタインは「敵の罠だ」と警告するも、ゼークトは耳を貸さない。

ヤンは戻ってきた駐留艦隊に対して、要塞主砲を発射。降伏、もしくは退却するように通信で伝える。ゼークトはどちらも良しとせず、あくまでも抗戦する意思を示した。「武人の心」を盾に部下に無駄な犠牲を強いるゼークトに、ヤンは強い不快感を現した。

ヤンはゼークトが乗る旗艦を標的に主砲を発射。旗艦を失った帝国兵は散り散りとなり勝敗は決した。戦いは終わり、ヤンはフレデリカに本国への通信を指示する。司令室を去る際、シェーンコップのそばでヤンは「何が武人の心だ」とつぶやく。

一方、ゼークトを見限って戦場を脱出したオーベルシュタインは本国に向けて帰還しつつ、今後の身の振り方を思案していた。

英雄の条件

催眠ガスで50万人を無力化

イゼルローンの司令部を無事占拠したシェーンコップでしたが、まだ問題は残っています。要塞内にいる帝国兵と、回廊内におびき出した要塞駐留艦隊をいかに無効化するかです。駐留艦隊に関しては、要塞という戦力を手に入れたため迎え撃つのは容易でしょう。となると、当面の問題はやはり要塞内の帝国兵への対処です。

ヤンは抜かりなく「空調を通じて催眠ガスを散布する」という手段を用意していました。50万人分の催眠ガスとは膨大な量ですが第13艦隊は数千~数万隻の戦闘艦がいるはずなので運搬事態に大きな支障はなかったでしょう。直接戦闘をせずに大半の兵士を無力化できたのは幸運でした。

有効な仕組みが上官の意向で無視される帝国

ここで、ヤンやムライが要塞に入港。シェーンコップとの合流を果たします。ムライは自分が内心シェーンコップを疑っていたことを謝し、シェーンコップは素直に許しました。黙っていればわからないものをわざわざ謝罪するあたり、ムライの誠実な人柄が伺えます。

ここでようやく、回廊内に出撃していたゼークトが要塞での異変に気が付きます。オーベルシュタインの発言から、要塞占拠後にヤンが電波妨害を解除し「要塞内で反乱が勃発した」との虚報を流したと考えていいでしょう。目的はもちろん、駐留艦隊をおびき出して迎え撃つためです。

オーベルシュタインはヤンの策に気がつきましたが、ゼークトは彼の意見を聞こうともしません。このあたり、同じく作戦案を提案し却下されたアスターテ会戦におけるヤンとは微妙に状況が異なります。ヤンは参謀としての役割から「進言する権利」は持っていましたし、パエッタ司令官も結果的には取り上げなかったとはいえ彼に進言を求めていました。ゼークトは最初から参謀としてのオーベルシュタインを頼りにしてすらおらず、軍内部での役割や命令系統よりも司令官の意志が優先される帝国軍の内情が見て取れます。

イゼルローン占領の際も、おそらくは規則で決まっているであろう「IDカードの確認」がシュトックハウゼンの命令でなし崩し的に実行されなかった結果、要塞のダッシュを許してしまいました。「上官の意志で有効なシステムが無視される」という点は帝国軍の大きな弱点だと言えるでしょう。

シュトックハウゼンとゼークトの共通点

ヤンは接近してきた駐留艦隊に対して要塞主砲を撃ちますが、わざと狙いを外し犠牲を最小限にとどめています。すでに勝敗は決しており、敵が撤退すればこれ以上の犠牲は出さなくて良いという判断でしょう。このあたり、5話でジェシカに語ったとおり「敵を大勢殺すのも、味方を大勢殺すのも同じこと」と考えているヤンらしい配慮です。

しかし、ゼークトはこうした彼の姿勢を「武人の心を知らない」として一蹴。あくまで戦う意志を見せます。この対応にヤンは珍しく怒りを顕にし、要塞主砲で旗艦を撃沈、帝国軍を撤退へと追いやりました。

このときのゼークトの姿勢は、人によって評価が異なるかもしれません。「すでに勝敗は決しているのに、戦闘継続を命令して部下の命を無駄にした」と評価する人もいるでしょうし、一方で「部下を巻き添えにしたのは評価できないが、自分の命よりも名誉や義務を優先した心意気は理解できる」と考える人もいるでしょう。また、ヤンがゼークトに怒りを表しているのは、前者の解釈をとっているからだ、と思う人もいるかも知れません。

ゼークトの判断に対する個人的な評価はいろいろあるでしょうが、「ストーリー上どのように評価されるべく描かれているか」は、物語を読み解くことで解釈することができます。たとえば、シュトックハウゼンと対比させる方法がわかりやすいでしょう。シュトックハウゼンは先に捉えられており、ゼークトと同じく「無能な司令官」として描かれています。従って、彼らには共通する何らかの「無能な資質」が存在しているはずです。それを読み解けば、ノイエ銀英伝において「無能」がどのように定義されているか理解できます。

シュトックハウゼンは、自らの死を恐れて降伏しました。この点では、死を恐れずに最後まで戦ったゼークトと対象的に見えるかもしれません。しかし、私はこの2人の思考にはそれほど大きな違いはないと考えています。

シュトックハウゼンは一言で言うと「リスクを恐れる人物」です。回廊内に電波妨害が行われていたとき、彼は出撃を志向するゼークトに反対し様子を見るよう提案しました。結果から見ればこれはオーベルシュタインのような論理的推論に基づくものではなく、駐留艦隊が要塞を離れた間に不測の事態が生じるリスクを恐れてのものだったのでしょう。

その後、「同盟がイゼルローンを無力化する手段を見つけた」という偽情報を掴まされたときには、すぐさまシェーンコップを自らの元に連れてくるよう、部下に命令を出しています。このことからも彼は決して冷静で判断力があるわけではなく、単に自分にリスクが降りかかるのを恐れているだけだということがわかるはずです。死より降伏を選んだのも、単に追い詰められて選択肢がなく、よりリスクが低い方を選んだに過ぎません。

ゼークトも、シュトックハウゼンと同じように「リスク恐れているだけの人物」と見れば、その行動が何を意図しているのかより正確に理解できます。ヤンに降伏しなかったのは、もはや「撤退か降伏する道しかない」という現実を受け入れられなかった結果に過ぎません。

戦い続けている限り、彼は「命がけで戦う帝国の司令官」でいられるのであり、それが終われば惨めな敗北者になってしまいます。その結論が受け入れられず、決断を先延ばしにしているうちに死んでしまったというのが実情でしょう。「死を恐れず勇猛に戦った」というわけでは決してなく、「不名誉を負う」というリスクを恐れるあまり冷静な判断ができず、「死」という結末を引き寄せてしまったという評価のほうがより正確だと思われます。

シュトックハウゼンとゼークトは、どちらも「リスク恐れる」という傾向を持っています。そのため、目の前に大きなリスクが発生すると、判断を誤ったり先延ばしにしようとして却って事態の悪化を招いてしまうのです。このあたりはアスターテ会戦におけるパエッタ、ムーア、パストーレと大きな違いはありません。

英雄に求められる「真の勇気」という資質

一方、ヤン・ウェンリーやラインハルトは、リスクがあることを承知しつつも、必要な行動を実行できる豪胆さを持ち合わせています。オーベルシュタインは、「怒気あって真の勇気なき小人」と心の中でゼークトを罵っていましたが、彼の言う「真の勇気」とは、ラインハルトやヤンが持つ豪胆さのことでしょう。

ラインハルトは、「参謀たちが皆反対し、失敗すれば自分が全責任を負う」というリスクを抱えながらアスターテ会戦に勝利しました。ヤンもまた「シェーンコップが裏切る可能性」や様々な不確定要素を抱えたままイゼルローン占領を実現しました。彼らのような資質を持たないものは、「銀河英雄伝説」における「英雄」とは言えないのかもしれません。