ノイエ銀英伝10話感想・考察その3「ヤンがイゼルローン攻略を任された真の理由」

10話「幕間狂言」
~シドニー・シトレの後継者となったヤン~

帝国領侵攻作戦の行動計画を決める会議は、発案者であるフォーク准将主導のまま得るところなく終わった。会議を終えた後、ヤン・ウェンリーは統合作戦本部長シドニー・シトレと2人で語り合う。シトレは「最小限の犠牲で遠征が失敗することを願う」と本音を吐露した。

フォーク准将を始め、軍内部には無能な軍人や腐敗した軍人が大勢いる。シトレがヤンの辞表を却下したのは、こうした動きに対抗してほしいと願う心からだった。ヤンのように有能で良心を持った軍人が高い地位に登れば、フォークのような軍人の台頭を抑えることができる。

一方、帝国首都星オーディンではラインハルト・フォン・ローエングラム元帥が部下の提督を集め、同盟の侵攻に対する迎撃の方法を協議していた。フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将、ウォルフガング・ミッターマイヤー中将らは回廊出口での迎撃を主張した。しかし、敵に決定的な打撃を与えることを企図するラインハルトは、同盟軍を帝国領内に誘い込むことを提案、オーベルシュタインに具体的な作戦を説明させる。

宇宙暦796年8月22日。自由惑星同盟遠征軍は総司令部をイゼルローン要塞内に設置。あい前後し、3000万の同盟軍将兵は艦列を連ね、一路帝国領遠征の途についた。

たった一言で部下を操る心理テクニック

キャラクターのリアクションに注目

今回取り上げるのは、遠征のための会議終了後のヤンとシトレの会話、及び帝国におけるラインハルトと部下たちの会話です。今回は、各キャラクターのリアクションに注目して、それぞれのキャラクターがどの場面で、どんな感情を抱いているのか考えてみたいと思います。

イゼルローン攻略を命じたシトレの本心

話し合いの最中、ヤンは上官であるシトレに対して背を向けるかのような姿勢をとっています。シトレもそれを受け入れていることから、2人は直前に行われた会議について、共通してなにか思うところがあり、それについて話し合うために2人きりになったのだと解釈していいでしょう。つまり、「お互い、同じ話題について話したいことはわかっているが、気まずいので姿勢をそらしている」ということです。

シトレは「イゼルローンを占領したことが遠征の遠因になった」と語りました。おそらく、2人が気まずい状態になっていたのはそれが原因でしょう。シトレはヤンに「イゼルローンをとればトリューニヒトら主戦派を抑えられる上に、君自身の立場も強固になる」としてイゼルローン攻略を命じました。ところが、実際はまったく真逆の結果になってしまいました。2人がお互いに気まずさを感じていたとしても無理からぬことでしょう。

従って、これ以後のシトレの語りは、今回の事態を招いたことへの「言い訳」と捉えることができます。特に、以下の一文は彼が主張したかったことの要点を述べている部分です。

どんな国家でもその双方(権力と武力)から無縁ではいられない。とすれば、無能で腐敗したものよりそうでないものの手に委ねられ、理性と良心に従って用いられるべきなのだ。

「権力と武力は理性と良心を持つ有能で信念ある人物に委ねられるべきだ」と置き換えることもできます。この後の話で「無能で腐敗したもの」の例としてフォーク准将の名前を挙げており、それとヤンを対比させているわけですから、ここでいう「理性と良心を持つ、有能で信念ある人物」とはヤンのことであるとわかるはずです。

以上の一文で示された内容は、おそらくシトレ自身の信念なのでしょう。だからこそ、彼は自らの理想を実現してくれる人間としてヤンを選び、彼を軍の支配的な地位に登らせるべくイゼルローンの攻略を命じた、というのが彼の本音だったと理解できます。

5話「第十三艦隊誕生」においてキャゼルヌ少将は「シトレは自分が次の選挙で勝つためにやんを利用しようとしているのではないか」と疑っていましたが、実際はそうではなくシトレもまた「信念の人」であったことが初めて本人の口から確かめられることになりました。

ヤンが驚きの表情を見せた理由は?

シトレの話を聞いている最中のヤンのリアクションに注目してみてください。黙ってシトレの話を聞いていたヤンでしたが、「フォーク准将、あの男はいかん」という言葉を聞いたとき、ハッとしたような表情を浮かべています。なぜこのようなリアクションをしたのでしょうか?

ヤンは会議中、ユリアンとの会話を思い返すなど終始上の空の様子でした。「自由の国である同盟では、政治家が決めた遠征を覆すことはできない」という考えから、議論することの無駄を悟り半ばあきらめていたのでしょう。遠征に前向きなフォークやロボスについても、自身の献策を取り上げなかったかつての上司、パエッタ中将と同じ「無能な軍人」のひとりとして捉えていたと考えられます。そのため、シトレが特にフォークを名指しで「危険」と表現したことの理由がわからず、驚いたような表情を見せたのでしょう。

シトレが「フォークは軍人として最高の地位を狙っている(だから危険だ)」と告げたとき、ヤンは「なるほど」と答えながらシトレに背を向けます。おそらく本音では「なんだそんなことか。出世欲の強い無能な軍人なんていくらでもいるだろう」と思い、興味が削がれていたのではないでしょうか。しかしその後「フォークがライバル視しているのは君(ヤン)だ」と告げられ、驚きつつシトレを振り返っています。

ここまでくると、シトレがヤンを引き止めた本音もかなりわかりやすくなってくるでしょう。シトレには「権力と武力は有能で信念ある人物に委ねられるべきだ」という考えがあります。しかし、現実ではフォークを始めとする、無能で腐敗したものが権力の座を手に入れようと息巻いており、同盟の将来は非常に危険な状態です。同盟の未来を明るい方向へ導くため、無能で腐敗したものへの対抗馬としての役割をヤンに期待していることがわかります。

後継者として、シトレの後ろを歩き出すヤン

シトレの本心を理解したヤンは、シトレが自分に与えようとしている課題を「重すぎる」と評価し、暗に「言いたいことはわかったが、できればやりたくはない」と伝えました。自分ひとりが国の将来を背負わされることになるわけですからこうした反応をするのも無理はないでしょう。ですが、シトレはこうしたヤンの姿勢を「怠け根性だ」と無視し、軽く笑いを浮かべます。このシトレの微笑みにはどんな意味が隠されているのでしょうか?

自分が笑ったのを見て驚くヤンに、シトレは「自分はこれでもいろいろ苦労をしてきた」、「後を託すものにも苦労をしてもらわないと不公平というものだ」と話します。実は、これらの話は直前の話題とつながっているのですが、シトレが笑った理由が理解できないと解釈するのが難しいかもしれません。

シトレがヤンを笑ったのは「自分もかつて同じ経験をしたから」ではないでしょうか。つまり、シトレもかつてはヤンと同じ「自分にできる範囲でできることをやり、後は気楽に暮らしたい」と考えている「怠け根性」の持ち主だったものの、何らかの理由でそうした姿勢を貫くことができなくなってしまった、ということです。

シトレが「怠けるのを断念した理由」も今回の会話の流れからおおよそ察しがつきます。過去のシトレにも、今のヤンから見た自分自身に当たるような「無理難題ばかりを言ってくる上司」が存在したのではないでしょうか。そしてあるとき、自分が上司の「後継者」に選ばれたということ、「無能な軍人に対抗しうる、有能で信念ある人物」として認められたことに気がついたのではないでしょうか。「自分は苦労してきたのに、後継者のお前が同じように苦労しないのは不公平だ」というのは、おそらく本音ではなくシトレなりのユーモアでしょう。

会議室を出る際、シトレが先に出口に向かい、ヤンが彼の後を追って歩き出します。この光景は、ヤンがシトレの理念に共感し、彼が背負ってきた重みを受け継ぐことを決意し、後継者となったことをビジュアルで表していると解釈できるはずです。

防衛戦で「攻勢」を主張したラインハルトの斬新さ

続いて、ラインハルトと部下たちの会話に注目してみましょう。ラインハルト麾下の提督たちは、彼から告げられて初めて同盟軍に大規模攻勢の計画があることを知ります。史上初の事態ですから、提督たちの表情にも緊張している様子が伺えます。

ところが、ラインハルトはここで口元に笑みを浮かべました。「帝国軍のほかの部隊は頼りにならない」、「功をあげて昇進するチャンスだ」と部下たちを鼓舞します。上官がこのように余裕たっぷりの態度を見せたことで提督たちの緊張もほぐれ、表情が和らぎました。

ラインハルトはここでじっくりと部下たちの様子を観察し、緊張がほぐれたのを確認してから「卿らの意見が聞きたい」と話し始めています。もしこの工程を挟んでいなかったとしたらどうなっていたでしょうか?今回の同盟の侵攻は、帝国にとっても前代未聞の事態です。緊張したまま会議をスタートしたのでは、提督たちの考えも後ろ向きになり、慎重論が多数になっていしまっていたかもしれません。

後の展開をみればわかるように、ラインハルトは同盟軍に逆攻勢をかけることを狙っています。そのためには最初から議論の方向性が前向きになっていたほうが望む方向に結論を誘導しやすいはずです。もちろん、専制政治の帝国ですから、上官であるラインハルトが「こうしろ」といえば部下に選択権はありません。しかし、あえて部下の意見を聞く姿勢を見せることで求心力を高めることもできるでしょう。このように見ると、ラインハルトは実に巧みに会議の雰囲気を操っていることがわかります。

自分の望む方向へ話を誘導するラインハルト

ラインハルトの目論見は完全に功を奏しました。意図したとおり、提督たちの中でも特に強気なビッテンフェルト、ミッターマイヤーらが「回廊出口での包囲」を主張したのです。実際には帝国は攻められる側、つまりは防衛戦であるのに「大軍を少数で迎え撃つ」という部分に含まれる受け身の要素が、功に流行る提督たちの戦意によって「敵を一歩も領土内に入れることなく迎撃する」という前向きな言葉に置き換えられているのです。

ラインハルトはビッテンフェルトらの主張を褒め称えた上で「単に敵を防ぐだけではなく、逆に攻勢をかける」と主張しました。防衛戦なのに敵に攻勢をかけるという意外な主張に、提督たちは驚きの表情を浮かべます。

もし、ラインハルトが前述のような手順を踏まずに最初からこの策を主張していたとしたら、どうなっていたでしょうか?おそらく、この後ビッテンフェルトが疑問を呈したように「叛徒どもに帝国領への侵入を許すのか」と反対する声がほかの提督たちからもあがったはずです。しかし、先に提督たちの戦意を鼓舞し、かつ特に強気な発言を褒めた上で「敵を水際で食い止めるよりも、さらに大きな打撃を与える方法」として、帝国領内への誘い込みを提案したことによって、反対意見は一切出ることがありませんでした。

その後はラインハルトに代わり、オーベルシュタインが具体的な作戦計画の説明を始めます。そもそも、今回の迎撃戦略自体が彼の発案によるものである可能性は高いでしょう。彼が発言する前に、ミッターマイヤーやキルヒアイスが訝しげな視線を送っており、彼は他の提督からは必ずしも快く思われていない様子が伺えます。

おそらく、前述のような会議の流れを作った上でオーベルシュタインに発言させるというところまでラインハルトの計算通りだったのでしょう。最初から敵を領内に誘い込むことを提案したり、その策をオーベルシュタインに説明させようとしたりしたのでは、部下たちの不安を呼び起こしたり、オーベルシュタインを快く思わない提督たちからの不必要な疑念を生んでしまう可能性もあります。

専制政治が行われている帝国にありながら、形式的に部下たちの意見を取り上げつつ、議論を自分の望む方向へと誘導していくラインハルトの姿は、まさに権力と武力を行使するのに最適な「有能で信念ある人物」の姿だと言えるかもしれません。