ノイエ銀英伝8話感想・考察その1「名実ともにNo.2となったキルヒアイス」

8話「カストロプ動乱」
~カストロプ動乱の鎮圧~

帝国領カストロプ星系領主カストロプ公オイゲン。皇帝フリードリヒ4世の財務尚書を務めていた彼は、その職にあった15年の間に多額の公金を横領していた。しかし、そのカストロプ公が事故で不慮の死を遂げたことによって横領の事実が発覚。帝国の財務、司法省は彼が不当に蓄えた財産を没収しようとした。だが、カストロプ公の息子マクシミリアンがそれに反発。こうしてカストロプ動乱は始まった。

とき同じころ、帝国元帥となったラインハルトは自らの元帥府を開き、帝国軍にあって少壮気鋭の艦隊指揮官たちを招集していた。そこに銀河帝国皇帝フリードリヒ4世からの勅命が下る。

カストロプ動乱の鎮圧を命じられたのは、ジークフリード・キルヒアイス少将であった。その裏には、キルヒアイスに手柄を立てさせNo.2としたいラインハルトの思惑が合ったが、キルヒアイスの実力を疑問視するラインハルト麾下の地提督たちは不満の声を漏らす。

マクシミリアン率いる1万のカストロプ艦隊に、キルヒアイスは5000の艦隊を率いて対峙。数に劣る勢力で敵を包囲するという「戦の定石」に反する戦術をとった。マクシミリアンは勝利を確信。方位の穴をついて中央突破を図るが、逆に味方を分断されてしまう。

「マクシミリアンを捕縛できれば、部下の身柄は捕虜として正当に扱う」とキルヒアイスはカストロプ艦隊に通告。粗暴な振る舞いで部下に信頼されていなかったマクシミリアンは裏切りによって死亡。カストロプ動乱は10日で鎮圧された。

任務を終えたキルヒアイスは中将に昇進。勲章を与えられる。しかし、どれだけ昇進を重ねてもキルヒアイスの心にあったのは常にラインハルトとアンネローゼへの想いだった。その後、キルヒアイスの元にイゼルローン要塞陥落の知らせが届く。

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8話のポイントはキルヒアイスのキャラクター像

今回は久々に帝国側・ラインハルト周辺の動向がメインに描かれることになります。後の描写から、時系列的にはイゼルローン要塞が同盟に奪われる少し前の時期ということになるでしょう。

新しい登場人物が続々と登場するのも8話の特徴です。リヒテンラーデや帝国軍三長官といった帝国軍で要職を務める面々や、元帥府を開いたラインハルトの元に集う艦隊指揮官たちなど、ラインハルトを取り巻くさまざまな人物が姿を現します。

ストーリーの本筋はキルヒアイスの活躍とその人間性を深掘りすることであり、4~7話でヤン・ウェンリーの背景が描かれたのと対象的です。

ラインハルトは元帥府を選び、下級貴族や平民出身の士官を多く集めました。どちらも潜在的に帝国の現体制に不満を抱いているであろう層であり、将来の簒奪を意識して自身を指示してくれることが期待される人材を集めていたと考えられます。

ですが、新しい部下がどれだけ増えたしてもラインハルトにとって最も信頼できる腹心がキルヒアイスだということに変わりはありません。現時点でのキルヒアイスの階級は少将であり、新たに元帥府に加えられた中将たちに比べて一段下に位置しています。キルヒアイスを本当の意味でNo.2とするため、ラインハルトは彼に何らかの手柄を立てさせる必要に迫られていました。

こうした背景がある中で、7話のタイトルともなっている有力貴族の反乱鎮圧「カストロプ動乱」がスタートします。

キルヒアイスに対する周囲の評価

ラインハルトはカストロプ動乱の鎮圧がキルヒアイスに命じられるよう、国務尚書リヒテンラーデに工作。リヒテンラーデはラインハルトに恩を売る目的からこの申し出を了承しました。ただし、部下であるワイツ政務秘書官との会話からラインハルトの野心を警戒している様子も伺えます。動乱鎮圧の命は純粋に政治的な決定であり、キルヒアイスの実力を信頼してのものではありません。

キルヒアイスの実力を疑問視しているのはリヒテンラーデだけでなく、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト、カール・グスタフ・ケンプ、コルネリアス・ルッツ、アウグスト・ザムエル・ワーレン、エルネスト・メックリンガーら、ラインハルト麾下の中将らも不満、不信の声を漏らしていました。

彼らはまだわずかなシーンしか登場していませんが、名前に皆「フォン」の称号がないという共通点を持っています。つまり、貴族の出身ではなく皆平民出身の指揮官であるということです。

彼らに加えて、ウォルフガング・ミッターマイヤー、オスカー・フォン・ロイエンタール両中将も登場します。彼らはラインハルトが元帥になる前から共に戦った経験があるとして前述の提督たちと区別されていますが、キルヒアイス個人に対する評価については特に言及していません。彼らの会話から読み取れるのは、少なくともミッターマイヤーとロイエンタールの2人はラインハルトに簒奪の意志があることを理解しており、それを指示する姿勢を見せているということです。その文脈の中で「ラインハルトがキルヒアイスをNo2にすることが有益だと思っているのなら、自分たちは信じて従うだけだ」と考えている様子が伺えます。

「犠牲」を嫌うキルヒアイス

ストーリーの展開は早く、このあとすぐにカストロプ軍とキルヒアイスの艦隊が対峙するシーンに移ります。すでに述べたように、キルヒアイスの艦隊指揮官としての実力は周囲の人々にとってはまったくの未知数と評価されているようです。アスターテ会戦までは佐官であり、指揮官としての実績がまるでない状態なので無理からぬことでしょう。

敵であるマクシミリアンは私兵として1万もの艦隊を揃えており、その財力の確かなことが伺えます。しかし、部下に暴力を振るうなど指揮官としての資質には疑問を持たざるを得ません。

キルヒアイスは数が劣る味方で敵を包囲する姿勢を見せ、わざと包囲網に穴をひとつ作りました。マクシミリアンはキルヒアイスの策にかかり、包囲網の穴に艦隊を突入。旗艦を中心とする艦隊の半数が味方と分断される格好になりました。

このとき、マクシミリアンの読みそのものは間違っていたとは言えないでしょう。キルヒアイスがとった策はどれも「戦の定石」には反しており、分断した敵に挟撃されれればひとたまりもありません。問題は、指揮官を務めるマクシミリアンが部下からまったく信頼されていなかったことです。

「マクシミリアンを捕縛できれば部下の罪は問わない」とのキルヒアイスの通告に、あっさり部下が応じたことから、いかにマクシミリアンが信頼されていなかったかが伺えます。キルヒアイスの戦術は作戦としては「奇策」の部類に入ります。非常に短期間で、かつ犠牲を出さずに戦に勝利した姿勢は、6・7話におけるヤン・ウェンリーの活躍とも重なります。このカストロプ動乱を通じてキルヒアイスは、類まれな頭脳を持つ戦略家であると同時に「敵味方の犠牲を嫌う指揮官」として描かれているといえるでしょう。

ヤンとキルヒアイスの共通点

「わずか10日で敵味方に犠牲を出さずに反乱を鎮圧する」というずば抜けた実績を示したキルヒアイスの実力は、帝国軍内で広く認められるところとなりました。キルヒアイスは中将に昇進するとともに、勲章を与えられているため、この時点でラインハルト麾下の中将から一歩頭が抜きん出たことになります。名実ともにNo.2の地位を獲得したわけです。

しかし、周囲からの評価が変わっても、キルヒアイス自身の価値観が変わるわけではありません。彼の心は以前と変わらずラインハルトとアンネローゼにあり、彼らのために身命をなげうつ姿勢は一貫しています。このように、周囲の状況変化にかかわらず一貫した価値観を持っているのもヤン・ウェンリーとの共通点だといえるでしょう。

中将に昇進したキルヒアイスのもとに、イゼルローン要塞陥落の知らせが届きます。ここで帝国側の物語と同盟側の物語の時系列がリンクするわけですが、ヤン・ウェンリーのイゼルローン攻略とキルヒアイスのカストロプ動乱鎮圧を同時期に描いたのは、単純にストーリー展開の都合だけではないはずです。

ヤンとキルヒアイスにはキャラクター像における共通点が多く、それらの要素を対比させるためにあえて対立する勢力同士で似たような状況を創り出したのだと考えられます。今後のストーリーでは、ヤンとキルヒアイスはひとつのペアとして解釈したほうがより面白い見方ができるかもしれません。