5話「第十三艦隊誕生」
~激動の一日を締めくくる「新しい任務」~
ヤン・ウェンリーを呼び出した統合参謀本部長・シドニー・シトレ元帥は、ヤンを少将に昇進させることを告げる。アスターテ会戦敗北による民衆の動揺を抑えるため、ヤンは「創られた英雄」に祭り上げられたのだった。
シトレは続けて、「君の作戦を採用していたら帝国に勝てていたか?」とヤンに質問する。ヤンは、「おそらくは勝てただろうが、ローエングラム伯は少数で多数に当たるような奇策は二度ととらないだろう」と答え、今後の帝国との戦いが簡単には進まないとの見方を示した。
しかし、そうした想いとは裏腹に、ヤンは新設される「第十三艦隊」の司令官に任じられ、イゼルローン要塞の攻略を命じられる。非常に困難な任務ではあるが、トリューニヒトにヤンの才幹を認めさせるためにも必要なことだとシトレに諭され、ヤンは渋々新任務を引き受けることとなった。
自宅への帰り道、ヤンはキャゼルヌから、新任務にはシトレの統合作戦本部長への再任と、トリューニヒトとの政争を優位に進める目的があることを知らされる。
「お前がどんな愚痴をこぼそうとも、軍はお前を離さないだろう。覚悟しておけ、ヤン・ウェンリー」
キャゼルヌが別れ際に放った言葉を聞いたヤンが、自宅の方を振り返ると、玄関を開けて出迎えるユリアンの姿があった。
かつての教え子と校長
憂国騎士団の襲撃を退けた直後、ヤンは統合参謀本部から突然の呼び出しを受けます。すでに夜も更けている時間帯ですから、急を要する事情があったのでしょう。
ヤンを呼び出したのは、統合参謀本部長であり、士官学校時代の校長でもあったシドニー・シトレ元帥でした。まずはチェスを交えてリラックスしながら話を切り出すあたり、したたかさと同時にヤンとの親しさも感じられます。
2人は士官学校時代からの知己とはいえ、お互いに立場も過去の勤務先も異なっていました。卒業後はヤンが「エル・ファシルの英雄」になり、統合参謀本部勤務になるまではそれほど会話する機会もなかったはずです。必然的に、シトレは自分が覚えている、士官学校時代からのヤンの人柄を引き合いに出しつつ会話を続けます。
慰霊祭の後のジェシカとの会話でもわかる通り、ヤンの物事に対する考え方や振る舞い方は士官学校時代から今に至るまでほとんど変わっていません。それはヤンの良さでもあり、同時に欠点でもあるといえるでしょう。
シドニー・シトレのしたたかさ
少将への昇進を告げられたヤンは、「大敗北から目をそらせるためだろう」として、あまり喜ぶ様子は見せません。シトレは話題を変え、アスターテ会戦でパエッタ中将に却下されたやんの作戦案について、「再び使うチャンスはあるはずだ」と話しました。ヤンは「ラインハルトはそれほど愚かではない」として、ここでも希望的観測を退けています。
昇進という表面上はおめでたい話から始め、ヤンの智謀を褒め称える話につなげているあたり、シトレは明らかにヤンの機嫌を取ろうと動いています。しかし、ヤンもそれを察知したのか、それとも率直に自分の感想を述べただけなのか、シトレの問いかけに否定的な反応を繰り返しています。シトレはヤンのこうした態度を好意的に評価しているようですが、「自分の意見を否定された」と捉える人もいるでしょう。
一通りの世間話を終えた後で、シトレはいよいよ本題の「第十三艦隊の設立」とその初任務である「イゼルローン要塞の攻略」に関して話し始めます。イゼルローン要塞の詳細についてはまだ語られませんが、ヤンの口ぶりから「第四・第六艦隊の残存兵力と新兵を寄せ集めた半個艦隊の戦力」となる第十三艦隊にとっては、実現困難な任務だと考えていいでしょう。
ではなぜ、シトレはそのような任務をヤンに課したのでしょうか?
第十三艦隊誕生の理由は「ヤンを守るため」
先程、シトレがアスターテ会戦で却下されたヤンの作戦案に触れたのは、「ヤンのご機嫌をとるため」と表現しましたが、演出上はもうひとつの意味があると思われます。それは、「少数で多数に当たるのは用兵の常道から外れている」というヤンの発言を引き出すためです。
この発言がイゼルローン要塞攻略を命じられる前に出てくることによって、その任務がいかに困難であるかを強調するとともに、「シトレは、なぜそのような困難な任務を命じようとしているのか?」という部分に視聴者の注意を向けることができます。シトレが語ったのは、「トリューニヒトにヤンを認めさせるため」という純粋に政治的な理由でした。
ヤンはこの日、トリューニヒトを支持する軍人と衝突した上に、そのことが原因で2度も襲撃を受けています。ヤンの上司であるシトレも当然そのことは知っていたでしょう。シトレはヤンを評価していますから、この優秀な部下を守るために何らかの対策を取る必要があったと考えられます。シトレとトリューニヒトは政治的に対立しているということも確かめられました。
「実現困難な任務」があえて与えられたのはなぜ?
ヤンをトリューニヒト派の手から守りたいのであれば、最も簡単な方法はヤンを前線に移動させることです。それも、トリューニヒト派の軍人に狙われる心配がないよう、ヤン自身を司令官とした艦隊を編成するのが最も安全な方法でしょう。
しかし、新しい艦隊を編成するなら、なにか最もな任務がなければいけません。それも、トリューニヒトを指示する軍幹部から反対されないような任務である必要があるはずです。たとえば、「誰の目にも明らかに困難な任務」であれば、トリューニヒト派は「失敗すればやんの責任を追求することができる」と考え大きな反対はしないでしょう。
以上のような理由から、第十三艦隊の設立とイゼルローン要塞の攻略は、ヤンをトリューニヒト派から守るのに必要な条件を満たした打ち手だったといえます。
自身の地位向上をも狙ったシトレ元帥の賭け
ヤンは渋々新任務を承諾しましたが、帰り道でキャゼルヌから今回の任務が決定した「裏の事情」を知らされます。シトレの統合参謀本部長としての任期が残り僅かであり、再任のためには実績が必要であること、トリューニヒトに対して政治的に優位な立場にたたなければならないことなどがことの背景にありました。
シトレも純粋にヤンを心配してこのような策を講じたわけではなく、この機を利用して自身の軍内部での政治的な立場を強化しようとしていたわけです。ただし、シトレもまたリスクを負っていることに変わりはありません。また、トリューニヒトとは異なり、あくまでも自分の権限で可能な正規な手段を講じているだけですから、別段悪質とは言えないでしょう。キャゼルヌが「トリューニヒトと比べたら本部長は聖人」と言っていたのもうなずけます。
「遅くなるから先に休んでいるように」と伝えていたヤンでしたが、ユリアンはきちんと起きて彼の帰りを待っていました。思わぬことから激動の一日をすごしたヤン・ウェンリーでしたが、新たな家族となったユリアンは彼の大きな心の支えになっている様子が見て取れます。