12話「死線(後編)」
~ヤンとキルヒアイス最初の対決~
ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、キルヒアイスが指揮する帝国軍艦隊と戦いを繰り広げていた。装備と数の両面で勝る帝国軍は、スキのないキルヒアイスの運用によって徐々にヤンたちをを追い詰めていく。総司令部からアムリッツァ星系への転進命令を受け取ったヤンは、弩級戦艦に殿を任せつつ全軍を撤退させる戦術をとる。
第十三艦隊は予定通り戦場離脱に向けて動いていたが、帝国軍の追撃は激しく味方の犠牲は大きくなっていた。そのとき、すでに敗退したと思われていたホーウッド中将率いる第七艦隊の残存兵力が戦場に姿を現し、帝国軍の側面を突くことに成功する。ヤンは第七艦隊の奇襲を利用して戦場を離脱することを決断。シェーンコップ、ムライ、パトリチェフ、フレデリカらは命を捨てて自分たちを助けてくれた第七艦隊に対して静かに敬礼を捧げた。
同盟軍がアムリッツァ星系へ集結しつつあることは、ラインハルトの耳にも届いていた。オーベルシュタインは同盟軍が戦力を集中させ、再攻勢に出ようとしていると看破する。ラインハルトもまた同盟軍に決定的な打撃を与えるべく、帝国軍の全艦隊をアムリッツァに集結させることを決意した。
宇宙暦796年、銀河帝国歴487年10月14日。銀河帝国軍は自由惑星同盟軍が決戦の地と定める、アムリッツァ星系へと進路をとった。
ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラム。
両雄は再びアムリッツァの地で相まみえることとなる。
ヤン・ウェンリー対ジークフリード・キルヒアイス
ノイエ銀英伝の最終話は、ヤン・ウェンリーとキルヒアイスの戦いを描いたシーンで締めくくられることとなります。このころ、キルヒアイスのCVを演じる梅原裕一郎氏が病気療養を余儀なくされたため、12話におけるキルヒアイスはまったくしゃべりません。残念なことではありますが、2人の名将の対決がどのような推移をたどっていったのか見ていきましょう。
時間経過とともにヤンは不利になっていく
第十三艦隊は当初ケンプ艦隊と交戦した後、艦載機を主体とした戦法で敵に打撃を与え、スキを突いての逃亡に成功しました。その後、第七艦隊が駐留していた中域で先に同艦隊を破っていたキルヒアイス艦隊と遭遇、戦闘に突入します。
ヤン・ウェンリーはキルヒアイスを「ケレン味のないいい用兵をする」と評価しました。ムライは敵艦隊の動きについて「数に勝る正面装備で押しつつ、後方では補給を行い間断なく火力を投入している」と表現しているので、こうした用兵こそヤンにとって望ましい艦隊運用であると考えられます。
数と装備の質で勝っているのなら真正面から戦っても戦闘を有利に進めることができます。損害を負った艦や弾薬を消耗した艦も後方で補給を受けられるということは、継戦能力の面でも優位に立てるはずです。逆に常に攻撃にさらされ続けることになる同盟軍は時間が経つほど不利になっていくと言えます。
ヤンはこれまで基本的に常に不利な戦況に立たされながら、奇想天外な策によってその状況を覆してきました。そうした部分が取り上げられて「魔術師」と評されていたわけですが、キルヒアイスの用兵に対しては特にこれといった奇策を用いられていません。これはキルヒアイスの用兵がつけ入るスキのないものであるゆえに、さすがのヤンもその裏をかくことができなかったためだと考えられます。
ヤンの行動で振り返る「名将」の条件
イゼルローン方面への撤退を目指していたヤンでしたが、総司令部から「アムリッツァに集結せよ」との命令が下ったため、撤退に向けた動きを明確化します。大型の戦艦を最後尾に配置しつつ、陣形を縦長にして少しづつ敵軍から距離をとっていく戦術をとったのです。
陣形を縦長にすることで、数に勝る敵からの包囲を防ぐことができますし、先頭の艦は敵からの距離をとることもできます。しかし、同時に最後尾の艦には敵の火力が集中することになるので、味方に大きな犠牲が出ることを覚悟しなければなりません。実際、戦闘中にはムライが「損耗率はかつてないものになっている」と述べています。そして完全に離脱を図る段階では、最後尾の艦を実質的には見捨てるような形で離脱しなければならなくなるでしょう。
ヤンのこうした戦術は、1話で描かれた「指揮官に求められる資質」と完全に一致します。
1話で描かれた「資質」とは以下の2つです。
「物事の優先順位を正しく判断できる」
「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」
ヤンは繰り返し「撤退が(戦術的な)目的だ」という点を強調しています。遠征の続行や、敵艦隊に打撃を与えることなどはまったく気にしていません。従って、「物事の優先順位を正しく判断できる」という点は満たしていると言えます。
そして今回、味方の一部に犠牲を強いる方法で戦場からの離脱を図っていますが、これも「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」という点を満たしています。以上の2点から、物語上「ヤン・ウェンリーは名将として描かれている」ということが改めて確かめられました。言い換えれば、そのヤンと互角に戦っているキルヒアイスもまた「名将」と評価できるというわけです。
「必要な犠牲」を出して「目的」を達成したヤン
ヤンは撤退に向けて着々と準備を進めていたものの、ここで思わぬ事態が生じます。すでに帝国軍に敗れ去ったと思われていた第七艦隊が戦場に現れ、キルヒアイス艦隊に攻撃をかけたのです。「エネルギーの残量は気にするな」、「判断を誤るなよ。ヤン・ウェンリー」といったホーウッドのセリフから、彼は第十三艦隊を逃がす囮となるために自ら進んで犠牲になったことがわかります。
先に述べたように、キルヒアイスは「スキのない名将」です。ヤンもまた名将とはいえども、数と装備に勝る敵がまったくスキを見せなければ目的を達成するのは極めて難しくなります。そのためになかなか完全に撤退するタイミングが図れず、キルヒアイス艦隊の追撃を許していたわけですが、第七艦隊の横槍によってそのスキを得ることができました。
結果的にヤンは第七艦隊の残存艦隊を犠牲にして脱出に成功したことになります。もし第七艦隊が現れなければ、おそらく自軍艦隊から最低でも同程度の犠牲を出して撤退しなければならない事態に追い込まれていたでしょう。
ヤン・ウェンリーは理想の名将を具現化した存在
ヤンとキルヒアイスの戦いからは、以下のような示唆を得ることができます。
①戦場につくまでは、補給(装備の質、味方の数、食料や燃料などの物資)が勝敗を左右する
②戦場についてからは、指揮官の質が勝敗を左右する
この①②は過去にヤン・ウェンリーが親友のラップに向かって語った自身の戦術論とそのまま合致します。つまり、ノイエ銀英伝の作中では「ヤン・ウェンリーの戦術論」が理想的なものとして描かれているのです。逆に「作中での理想的な指揮官をそのままキャラクター化したものがヤン・ウェンリーである」と表現することもできるでしょう。
そして、①②に加えて、12話までの作中の描写から新たに明らかになったことがあります。
③優秀な指揮官がいても、戦略的に誤りがあれば戦いに勝つことはできない
④優秀な指揮官といえども、敵が同じくらい優秀であれば戦いに勝つことはできない
③については、作戦参謀であったフォーク准将や、遠征艦隊総司令官のロボス元帥などを見ていれば明らかでしょう。ヤンやビュコックがどんな行動をとろうとも、結局司令部が犯した失敗を覆すことはできませんでした。
④については、今回取り上げたヤンとキルヒアイスの戦いから読み取ることができます。ヤンとキルヒアイスはどちらも「優秀な指揮官」でしたが、補給と戦略の面で優位に立つキルヒアイスが終始有利に戦いを進めていました。第七艦隊の「特攻」はちょっとしたアクシデントというレベルに過ぎず、大勢に影響を与えていないためキルヒアイスの過失とはいえません。たとえ彼らが現れなくとも、時間はかかったかもしれませんがヤンは撤退に成功していたでしょう。
ノイエ銀英伝1話~12話を振り返って
最後に、1話から12話までのストーリーを振り返ってみたいと思います。
1話において、ノイエ銀英伝という作品のテーマは「歴史」とその中で生きる「人々」であることが示されていました。その後、帝国側の主人公としてラインハルトが、同盟側の主人公としてヤン・ウェンリーが登場します。ストーリー展開の都合上、今回描かれた部分では主にヤン周辺の出来事が多く描かれていました。
ラインハルトの行動原理が「姉を皇帝から取り戻す」という極めて個人的なものに根ざしているのに対して、ヤンは「歴史」という物語のテーマそのものに興味を持っているため、序盤の狂言回しとしては扱いやすかったのだろうと思います。ラインハルトも生まれで身分が決まる帝国の体制には疑問をいだいているものの、それは「姉を奪った世の中」に対する恨みの感情に原因があるであろうことは否めません。少なくとも現段階においては、ヤンと比べてストーリーのテーマに個人の目的が絡む必然性が低いわけです。
実質的な「主役」となったヤンは、「優秀な指揮官」の理想形として扱われ、ジェシカやシェーンコップ、シトレら周囲の人間との関係性を通じて「歴史とは何か」を描くための手段として使われました。ノイエ銀英伝の1話から12話を一言でまとめるのなら「ヤンを通じて歴史を知る物語」と表現できるでしょう。
ノイエ銀英伝12話の続きは劇場版で公開されることが発表されており、「銀河英雄伝説」の物語はまだまだ続きます。たとえ時間がかかったとしても、すべてのストーリーを完結してくれるよう祈るばかりです。