5話「第十三艦隊誕生」
~ユリアンの登場とジェシカとの再会~
アスターテ会戦から帰還したヤン・ウェンリーは、トラバース法に基づいて引き取ったユリアン・ミンツに起こされ、目を覚ます。その日は、アスターテ会戦で戦死した150万人の将兵の慰霊祭だった。
同盟中央政府国防委員長・ヨブ・トリューニヒトは、慰霊祭の演説で、「150万の将兵は祖国と自由を守るために死んだ。帝国の専制的全体主義を打倒するために団結すべし」と叫び、聴衆から喝采を浴びる。
しかし、ヤンはトリューニヒトの演説に共感せず、クリスチアン大佐から見咎められる。そのとき、会場に婚約者をアスターテ会戦で失ったジェシカ・エドワーズが現れる。
ジェシカは「理想のための犠牲を賛美しているが、あなた自身それを実行しているのか」とトリューニヒトを糾弾。ヤンはトリューニヒトの護衛に拘束されそうになったジェシカの手を引き、会場を脱出する。
ユリアン・ミンツの登場
これまで交互に帝国側(ラインハルト)、同盟側(ヤン・ウェンリー)周辺の出来事が描かれてきたわけですが、第5話は4話に続いて同盟側の話になります。4話のラストで、ヤン・ウェンリーはトラバース法に基づき、戦災孤児を引き取り養子にすることになったわけですが、引き取られた子どもである「ユリアン・ミンツ」が登場します。
視聴者は、ユリアンがどんな人物であるか、開始後すぐに理解することが可能です。朝、やんを起こし、完璧な朝食を用意して、慰霊祭に遅刻しないよう何度も注意しています。ヤンよりも年下であるのにもかかわらず、まるで世話女房のような存在と化しているといえるでしょう。
最初に養子を引き取ることを勧めたキャゼルヌは、ヤンに「お前が教えられることのほうが多いかもしれない」と言っていましたが、まさにこの指摘の通り、ユリアンによってヤンの生活力のなさがサポートされる形になりました。
4~5話の間で何年経過しているか?
4話は、ヤンがシルバーブリッジに引っ越してきた後、通信でラップとジェシカの婚約を知り、ユリアンが家にやってきたところで終了していました。5話はそのときから数えると、また少し時間が経過していることが見て取れます。
4話終了時の時系列は、「ヤンがユリアン・ミンツを引き取った直後」のはずですが、ユリアンは彼のことを「准将」と呼んでいます。また、4話では、家の周囲には雪が積もっていましたが、5話では芝生が生い茂り、温かい陽気となっています。
ノイエ銀英伝では、エル・ファシルの事件が何年前の出来事なのか具体的に語られなかったため、作中の描写を見る限りでは「おそらく数年後の話なのだろう」ということだけしかわかりません。しかし、厳密に何年経過しているかが重要な場面でもないので、演出が省略されたのだろうと考えられます。ちなみに、原作などから、時系列的変化は以下のようになっていることがわかっています。
宇宙暦788年 「エル・ファシルの英雄」となる (少佐)
宇宙暦792年より後 ユリアン・ミンツを引き取る (大佐) ※4話終了時点
宇宙暦796年 アスターテ会戦 (准将)
ユリアンを引き取った正確な年月日が不明なため、4話から5話までにどれだけの時間が経過しているのかは正確にはわかりません。そのことも、時間経過の描写がぼかされた理由のひとつではないでしょうか。
自由・民主主義を重視するヤンの政治スタンス
アスターテ会戦の戦死者を弔う慰霊祭では、同盟中央政府国防委員長のヨブ・トリューニヒトが演説を行いました。演説の内容は、会戦の死者を「祖国と自由を守るために戦った」と称えるもので、同時に国民を帝国との戦いに向けて鼓舞するものでした。
軍人を中心に、式典に集まった人々の大半はトリューニヒトの演説を指示し、起立して歓声を上げましたが、ヤンはただ一人起立を拒み、彼を支持するクリスチアン大佐に咎められることになります。
4話までにおいて、ヤンの「戦いに対する考え方」は明らかにされましたが、政治に対してどういったスタンスを持っているのかは描かれていませんでした。トリューニヒトとの対比から、彼が「自由や民主主義といった概念を重要視していること」が伺えます。
ですが、こうしたヤンの姿勢は彼を支持する人にとっても、諸手を挙げて賛成できるものとは言えないでしょう。なぜなら、政治的なスタンスを明確にしてしまうことで、反対する人々から敵視される可能性も高まってしまうからです。こうした危惧は、後に杞憂ではないということが明らかになっていきます。
決して尻尾を出さない悪役・トリューニヒト
演説の途中、ヤンがかつて想いを寄せていたジェシカ・エドワーズが姿を表し、トリューニヒトを批判します。彼女が賢明だったのは、トリューニヒトの考え方を正面から批判しなかったところでしょう。「あなたの考えは正しい(祖国や理想を守るために自己を犠牲にするのは尊いこと)だが、あなた自身はそれを実行しているのか(家族や自分の身を危険にさらしているのか)」という言い方で彼を批判したのです。ヤンもまた「安全な場所から主戦論を唱えるのはたやすい」と、別の言葉で同じ趣旨のことを指摘しています。
これらのシーンで注目するべきは、トリューニヒト自身はこれといって「悪役」に見えるような嫌味な行動・言動は一切とっていない、という点でしょう。トリューニヒトは、自身の演説にヤンが起立しなかったとき、彼を咎めたクリスチアン大佐を表向きは制止し、演説を続けました。同様に、ジェシカが会場に姿を表したときも、彼女が表立って自身の批判を始めるまで、おとなしく話を聞いています。
つまり、ヤンやジェシカの行動を通じて、トリューニヒトが「なんとなく悪そうな人物なのだろう」ということが視聴者には伝わるのですが、彼自身は決して「しっぽは出さない」という描かれ方をしているわけです。
そのおかげで、かえってトリューニヒトの狡猾さが際立つ形になっています。
ヤンとジェシカの関係が変わる兆しが見え始める
ヤンは、トリューニヒトの護衛に拘束されそうになったジェシカをかばい、会場を後にします。先にトリューニヒトを批判していることもあって、トリューニヒトの取り巻きに目をつけられてしまうことになりましたが、彼としてはかつての想い人でもあり、亡き親友から後を託された女性である彼女を見捨てることはできなかったのでしょう。
2人の関係を振り返ってみると、ヤンとジェシカは互いに異性として惹かれ合っていたことが4話で描かれています。ラップに対する配慮から結ばれることはありませんでしたが、お互いに考え方に惹かれる部分があったのは間違いありません。
ジェシカは4話で「未来を見つめていたい」と発言しており、ヤンもまた「過去を学ぶことは未来を予測することになる」と語っています。2人は「未来」に関心があるという点で共通しているわけですが、ヤンは自分の考えをジェシカに伝えていないので、ジェシカはそのことに未だ気がついていません。
しかし、今回ジェシカを助け出したことによって、ヤンははからずも自分の価値観がジェシカに近いということを、行動で表明してしまうことになりました。告白したわけではありませんが、これまではひた隠しにしてきた彼女への好意を、図らずも行動で示してしまったわけです。
もちろん、「友人がまずい状況におかれていたからやむなく助けた」と捉えることも可能ではありますが、ヤン自身が先立ってトリューニヒトに反発する行動をとっていたことが事態をより複雑にしていきます。ヤン、そしてジェシカは、トリューニヒトを支持するものたちから目をつけられてしまったのです。