日経ビジネスで、有名企業のNVIDIAが「謎の半導体メーカー」と書かれたのはなぜか?

日経ビジネスで公開された記事の中で、アメリカの有名企業「NVIDIA」が「謎の半導体メーカー」と表現され話題を読んでいます。なぜ良く知られた大企業が、あたかもよく知られていないかのように報じられてしまったのか考察します。

事の発端は、2017年5月22日に日経ビジネスが公開した下記の記事です。

詳報:トヨタが頼った謎のAI半導体メーカー

記事の概要はリンク先にも記載されていますが、

トヨタ自動車が、AIによる自動運転実現のために、半導体企業のNVIDIAと提携した。世界のトヨタが提携先に選んだNVIDIAの実像を、密着取材で明らかにする。

という内容です。

この記事は、SNSなどでも取り上げられ、大きな話題を呼びました。ネット上で人々の反応を見ると

  • NVIDIAは時価総額9兆円、GPUなどで国際的に有名な大企業なのに「謎の会社」扱いはどうか?
  • PCにあまり詳しくない人間でもNVIDIAくらい知っている。
  • 日経の記者がNVIDIAのことを知らないのはまずいのではないか。

といった意見が聞かれます。一体どうしてNVIDIAは「謎の会社」扱いをされてしまったのでしょうか?

論点整理

まず、この話題の論点を整理したいと思います。さきほどご紹介したSNSなどでの声を参考にすると、論点は次の3つに要約できます。

  • 記事内のどの表現が問題視されたのか?
  • 記事を書いた記者はNVIDIAのことを知らなかったのか?
  • NVIDIAを「一般的に知られていない企業」として扱うのは適当か?

それぞれの論点について、順番に考察していきましょう。

記事内のどの表現が問題視されたのか?

考察に先立ち、私は元の記事をすべて読んでみました。おおよその内容は、「NVIDIAは半導体に組み合わせるAI技術で優位性をもっており、だからトヨタの提携先に選ばれた」というふうに、NVIDIAの技術力を褒め称える内容になっています。

ただし、冒頭部分では、

  1. 自動車産業では従来、市場シェアや企業規模に基づく強固な産業構造のピラミッドが存在していた。
  2. しかし、AIによる技術革新により、このピラミッドは崩れ去る。
  3. そのいい例が、トヨタとNVIDIAの提携である。NVIDIAは半導体の世界シェアで見れば10位以下の企業である。
  4. そんなNVIDIAのどこにトヨタが注目したのか取材した。

というふうに、記事ができた経緯が説明されています。この文脈の中においては、NVIDIAとトヨタの提携は「シェアに基づく、自動車業界の産業ピラミッドの崩壊」の1例と位置づけられています。つまり、「自動車業界の企業だったら、通常提携先は市場シェアで選ぶ。なのにトヨタが選んだ相手はそうではなかった」という意外性を強調する伝え方になっているのです。

記事への興味を引くための「王道の否定」

このように、最初に誰でも当然と思われる当たり前の前提を提示し、その後でそれとは真逆の事例を示して記事への興味を引く方法は、ライティングではよく用いられます。いろいろな表現がありますが、私はこうした表現を「王道の否定」と呼んでいます。

NVIDIAの半導体世界シェアが10位以下なのは事実です。ですから、ネット上の反応ではこの点を問題視していない人も少なくありませんでした。どちらかといえば、単に記事タイトルの「謎の半導体メーカー」という表現が引っかかった人が多かったのではないかと思います。

記事を書いた記者はNVIDIAのことを知らなかったのか?

元記事のタイトル下から、記事を書いた記者の情報を閲覧できます。記事を書いたのは日経ビジネス記者の「島津 翔」氏です。過去の執筆記事や来歴などを参照すると、自動車業界に対して造詣が深く、著書もいくつか出していることから、確かな実績のある方だとわかります。

島津氏がNVIDIAという企業を知っていたかどうかは本人に確認しない限りわかりません。ただし、現代の記者・ライターはほぼパソコンで作業を行うので、「知らなかった可能性は低い」と私は思います。もし仮に知らなかったとしても取材対象に対する下調べは間違いなくするはずなのでNVIDIAが一般的に「知られているか、知られていないか」は確認すると思います。

この点について、「『謎の半導体メーカー』と書いたということは、必要な下調べをしていなかった証拠ではないか?」という意見もあります。しかし、これはそうとは限りません。なぜなら「NVIDIAを知っていた」、もしくは「一般的に知られている企業だと知っていた」としても、あえて「謎の半導体メーカーと書いた」という可能性もあるからです。

NVIDIAを「一般的に知られていない企業」として扱うのは適当か?

記者・ライターが記事を制作するときは、基本的に記事が掲載されるメディアの主要読者層に伝わるような内容になるよう、心がけて書きます。この記事が掲載された日経ビジネスの読者層については、公開されているデータがあります。

日経ビジネス 媒体資料

リンク先から、「日経ビジネス 媒体資料」というPDFが閲覧できます。こちらの内容によれば、日経ビジネスの平均読者年齢は51.6歳で、最も多いのは「経営者」で24.2%の割合を占めています。

今回の記事も、当然これらの「50代経営者」をターゲットにして書かれたと推察できます。しかも、「自動車とAI」がテーマだったわけですから、「自動車業界、及びその関連業界に勤めている人」という条件も加わるでしょう。

となると問題は、「50代・自動車(及び関連)業界の経営者」という読者に対して、「NVIDIAという会社はGPUなどで有名な企業ですが、知ってますよね?」というスタンスで語るのが適切かどうか、ということになります。

私は、「自動車業界の50代経営者」といえば、自動車の部品などを製造する会社の経営者を想像します。パソコンは会社にはあるものの、使うのは部下に任せていて自分は簡単な操作しかできないという人も少なくないのではないでしょうか?そういう人が「NVIDIAを知っているか?」と聞かれると、私もあまり確信は持てません。

今回の問題に関する考察をまとめると以下のようになります。

記事内のどの表現が問題視されたのか?

本文はほぼ問題ない(そもそも、読まれていないかもしれない)。要約文の表現は少し気にかかるが、肝はタイトルにある「謎の半導体メーカー」という文言。

記事を書いた記者はNVIDIAのことを知らなかったのか?

知らなかった可能性もあるが、「知っていながらあえて『謎の半導体メーカー』と書いた」可能性もある。

NVIDIAを「一般的に知られていない企業」として扱うのは適当か?

掲載メディアの読者層への認知度を考えれば、あながち不適当とも言えない。

結局のところ、「知らない人に向けて書かれた記事とは言え、知っている人が見たら突っ込まれるような表現になってしまった」という点が問題の本質かもしれません。そのように考えると、「すべての人に誤解なく意図が伝わる表現」というのはなかなか難しいものだといえるでしょう。

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