9話「それぞれの星」
~ヤンとジェシカ、それぞれが掴む星~
ヤン・ウェンリーと彼の養子であるユリアン・ミンツは、レストランにたまたま居合わせたグリーンヒル父子と夕食をともにした。別れ際、ドワイト・グリーンヒル大将はヤンに「結婚するつもりはないのか?」と尋ねる。フレデリカは顔を赤らめたが、ヤンは「婚約者を残して逝ってしまった友人もいる」と応えて話をはぐらかせた。
帰り道、車の中でニュースを見ていたヤンは、旧友のジェシカがテルヌーゼン惑星区から議員として選出されたことを知る。同時に、ジェシカが自分の留守中に自宅を訪ねてきたことをユリアンから聞かされた。その直後、交通管制システムの麻痺により、ヤンたちが乗る車は道路上で立ち往生してしまう。原因が「人為的ミス」と知ったヤンは、戦争が市民生活に悪影響を及ぼしている現状を嘆く。
歩いて家に帰る途中、ヤンはユリアンから訪ねてきた際のジェシカの様子を聞いた。夜空に浮かぶ星を眺めながらジェシカとユリアンに思いを馳せたヤンは、頭の中で言葉をつぶやく。
「人は誰でも自分だけの星を掴むべきなのだ。それがどんな凶星であっても」
議員となったジェシカは、支持者の前で演説を行う。歴史とは過去のものではなく、今を生きる自分たちが作っていくものだということ、自分たちの歴史がこれからも戦争とともにアルべきか、自分たち自身で考えていくべきだと訴え、聴衆は彼女に喝采を送った。
娘の想い人の意思を確かめようとしたグリーンヒル
グリーンヒルは別れ際、唐突にヤンに「結婚するつもりはないのか?」と質問を投げかけました。これは明らかにヤンに好意を寄せている娘のフレデリカを意識しての発言だったでしょう。
ヤンとフレデリカが出会ったのは、彼女がまだ幼いころです。彼女は当然、ヤンと同じ軍人である父親に対して、「あこがれの人」であるヤンの話を沢山下に違いありません。彼女自身が自分の恋心を明確に語ったかはわかりませんが、父親が娘の気持ちを察するのには十分だったでしょう。
実際、グリーンヒルがこの話を始めるやいなや、フレデリカは慌てた様子で父の方に目をやり、その後顔を赤らめています。これは父親が明確に自分のことを意識した上でヤンに話を振っているのが察しられたからでしょう。あえて食事の最中には話さず、別れ際にたまたま思いついたという体で聞いたのもミソです。答えにくい質問ですし、食事の最中に話題に出してしまっては、「お見合い」のような雰囲気が出てしまい、ヤンとフレデリカを明確に意識させることになってしまっていたでしょう。それでは2人が今後気まずくなってしまうリスクもあるので、そうした事態を避ける配慮だったといえます。
もっとも、ヤンもこうしたグリーンヒルの意図を知ってか知らずか、「婚約者を残して逝ってしまった友人=ラップ」のことを引き合いに出して結婚の意志がないことを伝えました。こうなればグリーンヒルといえども引き下がらざるを得ません。
ジェシカはなぜヤンに伝言を残さなかったのか
ヤンはレストランからの帰り道、ジェシカが議員に立候補し選出されたこと、そして自分に会いに家を訪ねてきていた事実を知ります。ヤンは実際にジェシカと顔を合わせたユリアンに事情を尋ね、ジェシカが何を考えているのか探ろうと試みました。
ユリアンは、ジェシカが訪問してきた目的を「ヤンになにか相談があったのではないか」と解釈しています。しかし、ジェシカは特に伝言を託すこともなく家を後にしました。なぜ彼女はこのような行動をとったのでしょうか?
考えられる理由は、「ユリアンとの出会いで、彼女がヤンに相談したかったことが解決した」というものです。その後の行動を見る限り、彼女がヤンに相談しようとしていたことは「議員として立候補すること」だと考えて間違いないでしょう。ヤンの家を尋ねる前に教師をやめているので、正確に言えば「立候補することを伝えにやってきた」と解釈できます。
ではなぜ、ヤンに伝言を残さずそのまま帰ってしまったのでしょうか?その理由は「何も伝えなくても、ヤンなら後で自分の気持ちを理解してくれるだろう」と考えたからだと思います。まず、議員に立候補し当選したことはニュースなどでも事後的にわかるため、必ずしも伝える必要はありません。そうなると、残るは「なんのために立候補したのか」というジェシカの気持ち・目的がヤンに伝わるかどうかが問題となります。
ジェシカがユリアンとの会話で悟ったこと
ジェシカはヤンの家でユリアンと出会ったとき、「あの」ヤンが養子をとったという事実に驚きます。これは「彼女の知るヤン・ウェンリーは養子をとるような人間ではない」ということを表していると言えるでしょう。つまり、ヤンはジェシカと過ごしていた時期よりも人間的に成長しており、ユリアンの存在を持ってジェシカもその事実に気がついたと言えます。
ヤンとジェシカは5話「第十三艦隊誕生」において再開を果たしていますが、そのときの空港での会話で、ジェシカはヤンを「あなたは変わらないわね」と評しています。つまり、この時点においてジェシカは「ヤンの成長」に気がついておらず、ユリアンと直にあって初めて気がついたということです。
別れ際、ジェシカはユリアンに「あなたも(ヤンのように)軍人になりたい?」と質問しました。ユリアンはこれに「自分はなりたいが、提督は僕が大人になるころには平和になる、と言っている」と応えます。この言葉を聞いたジェシカははっとしたような表情を浮かべた後、安堵して笑顔のまま彼の元を去っていきました。
彼女がユリアンの言葉から何を悟ったのかは、続く演説のシーンで明らかにされます。
数年ごしにヤンの考えを理解したジェシカ
ジェシカが支持者の前で行った演説は、主に以下のような要素にわけられます。
①自分が立候補した理由
②「歴史を作るのは自分たちである」という主張
③戦争をすべきか否か決めるのは、戦場に赴く将兵の家族や戦士した将兵の遺族であるという主張
①立候補した理由については特に説明は不要でしょう。それに続く、②「歴史を作るのは自分たちである」という主張は、文脈を考えるとやや唐突な印象があります。しかし、これは支持者に対する呼びかけであると同時に、「ヤンに伝えたかったこと」でもあると解釈すると意味がつながります。
学生時代、過去の歴史ばかりに興味を持つヤンに対して、ジェシカはずっと疑問を持っていました。4話「不敗の魔術師」ではそんなヤンに「自分は過去よりも未来を見つめていたい」と主張しています。一方、その主張に対するヤンの応えは、「エル・ファシルの英雄」となって統合作戦本部に移動した後のラップとの会話の中に見つけることができます。
「過去の戦いを見つめることは、未来の戦いを予測することになる」
ですが、この言葉は当然、ジェシカに直接伝えられたわけではありません。従って、ジェシカはヤンのこうした考えを知ることはありませんでした。
ここで再びジェシカの演説を見返してみると、そのセリフの中に「ヤンの考えを踏まえた内容」が含まれていることがわかります。該当するのは次の部分です。
「以前私はこう思っていました。歴史とはほこりを被った過去のものだと。でも違うのです。
歴史とは今生きている私たちがつくっていくものなのです。歴史書にその名を残す人たちだけのものではなく、今生きている私たちひとりずつがつくり出すべきものなのです。私たちの一歩一歩が未来へとつながっているのです」
ヤンは士官学校時代に投げかけられたジェシカからの問いかけには、結局直接応えることはありませんでした。しかし、自分の中に回答がなかったわけではないということは、すでにご説明したとおりです。ジェシカに直接応えることがなかったのは、そうすることによって自分とジェシカの距離が縮まり、彼女に想いを寄せている友人ラップの恋路を邪魔する結果になるのを恐れたためでしょう。
しかし、ジェシカがユリアンと出会ったことによって、この状況に変化が生じました。ジェシカはユリアンの存在から、ヤンも自分と同じように年齢を重ねて成長していることを察します。そしてそこから生まれた何気ない興味から、ユリアンに将来軍人になるつもりかどうか尋ねたのです。
ヤンが「次の世代を育てる」という新たな行為に挑戦している事実と、その次の世代に「平和」を残そうとして戦っていることを知り、ジェシカは彼が歴史から学んだこと=未来を予測することを理解しました。だからこそ、ユリアンの回答を聞いた後に笑みを浮かべていたのだと思います。自分と同じように、ヤンもまた「未来」に目を向けていることを知ったからです。だからこそ、長年の疑問が晴れ、迷いなく議員としての活動に臨むことができたのでしょう。
ノイエ銀英伝のテーマは、1話で語られたとおり、「歴史」と「その中で生きる人々」です。9話では、ヤンとジェシカ2人の間の関係性を用いて「歴史」が人々にとってどういう役割を持っているかが描かれました。このように、作品全体のテーマをここのキャラクターの振る舞いやセリフのレベルにまで落とし込み、表現しているところが本作の大きな魅力だと言えるでしょう。