ライター業をやる上で、最も難しいのが代理店のディレクターとのコミュニケーションです。ライティング業界には、ディレクションに「決まったやり方」というものがありません。そのため、広告代理店はそれぞれ異なったやり方でディレクションを行っているのですが、これがライター・ディレクター間のコミュニケーションを難しくする原因なのです。
新しい代理店と付き合うときは、「使っている言葉の意味」をチェックしよう
ライターは通常、広告代理店から記事制作の依頼を受けて記事を書きます。このとき、今までやり取りしてきた代理店が相手であればいいのですが、初めて取引する代理店の場合、まず「言葉が通じるかどうか」をチェックしなければいけません。
ここでいう「言葉が通じる」という意味は「言葉を自分と同じ意味で使っているか?」という意味です。「同じ業界の人なんだから、同じ意味で使っているに決まってるじゃないか」と思う人もいるかもしれませんが、実はこの背景にはライティング業界特有の事情があるのです。
「Web制作業界」成立の流れ
Webライターが作ったコンテンツは、主にWebニュースメディアや企業ホームページ、オウンドメディアなどで使われます。そしてこうしたデジタルメディアは「ホームページ制作会社」によって作られてきたという経緯がありました。
インターネット混迷期、まだブログサービスなどが一般的ではなかった時代、ホームページをつくるのはデザイン会社の仕事でした。こうして複数のデザイナーやプログラマーなどが集まり、ホームページ制作を代行する仕事を始めたのがホームページ制作会社の始まりです。
その後、ネット社会の進展により、ここに新たな概念としてSEO(検索エンジン最適化)が加わりました。ネットユーザーの多くが検索エンジンを利用して目的のページへたどり着くようになったため、どれだけいいホームページを作っても検索エンジンで上位表示されなければ見てもらえないという状況が生じてしまったのです。さらに、企業はホームページに加えて、ニュースメディア、オウンドメディアといったデジタルメディアを作り、自社のマーケティングに利用するようになりました。
おおよそこのような展開を受けて、「デザイナー・プログラマー・SEO屋が中心となって、ホームページやデジタルメディアを制作する」という、Webメディア業界の基本的な構造が確立したのです。
「紙メディアの編集文化」がWebに進出した流れ
先ほどご紹介したようなWebメディア業界の発展の裏で、平行的に発展してきたのが「紙メディア業界の編集文化」です。新聞や雑誌、専門誌など、紙媒体はインターネットの登場以前から存在していました。紙メディアのコンテンツ作りは、基本的にメディアの運営者の理念、あるいは書き手の感性を中心に進められます。メディアが「こういうテーマを取り上げたい」という方針を示せば、その方針に従ってライターは記事を書き、ライターが「こういう面白いネタがある」といえば、取り上げて記事にする、といった具合です。そして、そういった面白いコンテンツの集客力を利用して、広告枠を売るというのが紙メディアの基本的なビジネスモデルとなりました。
インターネットが発達し、ニュースメディアやオウンドメディアなどのWebメディアでコンテンツの需要が高まったとき、紙メディアの編集者やライターにとっても、活躍の場が増えました。それと同時に「Web制作業界」と「紙メディアの編集文化」という2つの異なる流れが、ひとつに合流することになったのです。
同じ言葉でも、業界が違うと捉え方が違う
Web制作業界は、デザイナーやプログラマーを中心として発達してきた文化です。彼らのとってのWebメディアとは、「ホームページを発展させたもの」であるといえます。ですから、そこに掲載する記事は、彼らにとって「素材」のひとつに過ぎません。決められたレイアウトに従ってロゴや画像を配置するのと同じように、「記事」という素材を配置する、それがWeb制作業界に属する人にとっての「記事」の捉え方なのです。
一方、紙メディアの編集文化では、記事について全く違った捉え方をしています。彼らにとっての記事とは「メディアの主張を読者に伝えるもの」であり、「書き手の感性を文章の形で表現したもの」になります。まず、記事があって、その記事を読みに来た読者に見せるために記事の合間や脇に「広告」が挿入される紙メディアと同じように、記事自体になんらかの主張があり、その主張を伝えるために適切なWebレイアウトが決まる、というのが紙メディアの編集文化に合わせたデジタルメディアのあり方です。
このように、Web制作業界と紙メディアの編集文化では、記事に対する捉え方が全く違います。そのため、同じものについて話しているようであっても、取り扱う意味がぜんぜん違うということも十分ありうるのです。
具体的な例を挙げて説明しましょう。記事にはいくつかの「見出し」が必要です。この「見出し」についても、Web制作業界と紙メディアの編集文化では、見方がまったく違います。Web制作業界にとって、見出しとは「h2やh3といったhtmlタグで表され、検索エンジンから評価対象とみなされるもの」です。特に、SEO的な見地からみれば、「見出しは記事が検索上位を狙うキーワードを含んでいることが望ましい」ということになります。
一方、紙メディアの編集文化では、見出しは「その章の内容を簡潔に要約し、読者の目を引くもの」という意味になります。どちらかといえば、キャッチコピーのような感覚を持っているでしょう。
もし、広告代理店のディレクターがWeb制作業界出身だった場合、記事に求めることは主に「SEOで有利になり、上位表示されること」です。文章がどのような主張を伝えるか、どんな論理構成を持っているかということには関心がない、もしくは最初から理解できない、といってもいいでしょう。
多くの場合、実際の紙メディアでの執筆経験があるかどうかはともかく、ライターは紙メディアの編集文化に近い価値観を持っています。そのため、ある程度紙メディアの編集文化にディレクターが知らない場合、コミュニケーションがなかなかうまくいきません。これが、Webライティングにおいてディレクターとライターのコミュニケーションが障害となる大きな理由なのです。
私は過去の経験上、代理店の担当ディレクターが紙メディアの編集文化への理解が薄いと考えられるお仕事は断ることにしています。昔は引き受けたこともあったのですが、なかなかディレクターとのコミュニケーションが大変で、お互いに苦労したことを覚えています。Webライター、広告代理店の方はどちらとも、お互いのコミュニケーションには注意した方がいいでしょう。