機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)考察-第八話「月に墜(堕)ちる」の考察です。
※第七話放送終了後~第八話放送開始前までに視聴した感想・考察です。
第七話の考察はこちら
月に墜ちる
前半は1年戦争末期、ルナツー攻略戦から始まります。量産したビグ・ザムの投入により、戦況はジオン有利のまま決着が付きそうな場面。「最初からビグ・ザム一個戦隊を投入しておけば3日早く落とせたのだ」と呟くマ・クベです。ファーストガンダムのときから、冷徹に実利を優先する人物像が描かれていましたし、納得の行くセリフです。
「それではギレン総帥に借りを作ることになる」とマリガンが答えますが、結局ビグ・ザムは投入されているわけですから、最初からマ・クベの言う通りにしておいたほうが結果的に早く戦争を終えられたわけです。戦後、彼は大佐から中将に昇進しているのは、このときの功績もあってのことでしょう。
キシリアが5年後も少将のままなのは、ギレン・キシリアの派閥争いもあるでしょうが、このときにギレンに「借り」を作ったことも影響しているのかもしれません。シャアがルナツー攻略戦から外された理由は、マリガンが言う通りマ・クベの嫉妬かもしれませんし、あるいは戦後を見据えてシャアに必要以上の手柄を立てさせないようにしたのかもしれません。
キシリアが脱出しなかった理由
ときを同じくして、ワッケインによるグラナダへのソロモン落としが決行されます。このとき、キシリアが脱出しないことをファーストガンダムとの違いとして指摘する人もいますが、私はキシリアの人物像にはファーストとも一貫性があると思います。
ファーストでア・バオア・クーを脱出しようとしたときは、幼少のミネバを除けばキシリアが唯一の存命したザビ家の成員でした。またグラナダ・本国の戦力が残っている状態でもあったため、そこで再起を図ろうとしたこと自体は不思議ではありません。
また、キシリアが指揮するジオン突撃機動軍の本拠地がグラナダである、という点も重要です。ファーストのときは「自身の政治的本拠地が残っているから、そこで再起を図ろうと考えた」から逃げようとしたわけですし、今回は「本拠地を捨てて脱出することは、ギレンの風下に立つことを意味する」から残って戦おうとしているのだと考えます。
ソロモン攻略を企てていたシャア
ソロモン落下阻止へ向かうシャアの部隊は、シャリア・ブル、マリガンのほか、トクワン、デミトリー、ソドンの館長にはドレンがいるなど、ファーストガンダムでもおなじみのメンバーで固められています。
「ザクを4箇所で同時に起爆させ、ソロモンを破断する」というシャアの作戦に基づき行動することになりました。このとき、シャアとシャリアは2人だけで、秘密の会話をしています。「ソロモン攻略は、元々自分で考えていたのでは?」というシャリアの問いに「この戦いに勝てば、次はザビ家が相手だ。そのくらいは考えてある」と応えるシャア。第二話に引き続き「ニュータイプによる新しい時代を作る」という、共通の目的のために2人が同士になっている、という描写です。
少数ながらサイコミュで圧倒するシャア・シャリアのM.A.V
ソロモンにソドンを突入させるために、ビットを装備したガンダムと、シャリアのキケロガ、2人のM.A.V.戦術が披露されます。しかし、どちらもサイコミュ兵器を搭載し、ニュータイプが乗っている機体のため、数の上では圧倒的に有利な連邦側が逆に蹂躙されていくことになります。シャアが敵艦の攻撃を回避した際、シャリアがその隙をカバーすることはありましたが、マヴらしいコンビネーションはその程度で、基本的には2人の技量とサイコミュ兵器の力だけで十分に敵機を撃破していくことが可能でした。
ドックへの突入時は、シャッターを破る際にソドンのカタパルト部分が衝撃を吸収している描写があり、強襲揚陸艦としての機能が描写されます。ザクのほか、リックドムやゲルググなどの出撃する姿も確認できます。
5年前、ソロモンでのゼクノヴァ
自爆ザクを設置し、部下が他の場所へ向かった後、シャアは作戦が失敗する工作を開始。「連邦とザビ家が共倒れしてくれれば、私も勝ちの目が出てくる」と語りますが、隠れていたセイラ専用軽キャノンと戦闘になります。このとき、軽キャノンが落としたハンマーは、後にシュウジがクランバトルで使用したものでしょう。
シャアが軽キャノンのコックピットをビームライフルで撃ち抜こうとした瞬間。ニュータイプ同士の感応が発生。相手が自分の妹である「アルテイシア」だと言うことをシャアは知覚します。このとき、コマ送りすると一瞬だけ、ララァの姿が確認できます。
シャアは妹を撃たずに済んだものの、軽キャノンが発射したビームによる崩落に巻き込まれ、シャアは脱出できない状態に。ここで第七話でも描かれた「ゼクノヴァ」が発生します。時系列で言えば、こちらのほうが前、かつ大規模なものです。
「サイコミュが反応している、私にではない。一体、誰の精神に反応しているんだ」
とシャアが語っています。第七話のゼクノヴァでも同様に、赤いガンダムのサイコミュはパイロットであるシュウジ以外の、誰かの精神に反応してゼクノヴァを引き起こしていました。
グラナダの地下で例のオブジェクト=シャロンの薔薇が消失した、という連絡を聞いたキシリアは「これもシャロンの薔薇の仕業か」と口にします。素直に解釈するなら「ゼクノヴァはシャロンの薔薇によって引き起こされている」とも取れます。
シャリアは赤いガンダムそのものには関心はない
「何者なのだ、お前は」「向こう側から来たというのか」「なんということだ、刻が見える」
ゼクノヴァで消失する直前、シャアが誰かと会話しているのを通信で聞いていたシャリアは、5年後も赤いガンダムを追い続けることになります。「赤いガンダムが再び姿を現したということは、大佐もどこかで生きているということだ」という言葉から、シャリアの目的も推察できます。
シャリアは赤いガンダムそのものには、それほど強い関心は持っていません。この点は「ゼクノヴァ」という現象そのものに関心があるキシリアとは大きく違います。あくまで、シャリアの目的は「シャアを探すこと」であって、そのための目印として赤いガンダムが役に立つ、という程度の認識なのでしょう。
月に堕ちる
舞台は再び5年後、第七話の後の月のグラナダに移ります。キシリアによってジオンに招かれたニャアンは、キシリアの手料理であるアップルパイを振る舞われます。「私が料理をするのがそれほど意外か?」というセリフは、ニャアンに対してだけでなく、視聴者に対しても向けられたものでしょう。
ここで、ニャアンの自室の本棚にあった「ジオン工科大学」の名前が出てきます。キシリアの言葉では「今や最も優れた学府の一つ」として認知されているようです。かつては「棄民」という側面が強かった宇宙移民が、学問においても地球に負けない水準にまで到達できた「強さ」の理由を、キシリアはニャアンに問いかけます。
ニャアンは「虐げられてきたスペースノイドの恨みではないか」と応えますが、キシリアは「恨みなど、晴らしてしまえばそこで終わってしまう」「もっと先を見なければ強くはなれんぞ」と語ります。さらに、期待に答える働きができればスカラシップを約束すると続け、ニャアンに再びゼクノヴァを起こすことを求めました。
このシーンは、ファーストガンダムで描かれた「シャアとキシリアの会談」を明らかに意識して作られています。
ファーストガンダムにおけるシャアとキシリアの会談
まず、TV版「機動戦士ガンダム」第41話「光る宇宙」でのシーンと比較してみましょう。この話では、ララァとともにキシリアの元を訪れたシャアがキシリアと会談。キシリアが自分の素性を知っていること知り、自分の本心を伝える場面です。戦艦の中なので、さすがに手料理ではありませんが「キシリアがマスクを外し、自ら食事を振る舞う」という点でも共通しています。
おおよそ、次のような流れです。
- キシリアは、フラナガン機関でシャアのニュータイプ能力を調査。
- その過程で素性(ジオン・ダイクンの息子であること)を知る。
- シャアがガルマへの復讐のあと、なぜ復讐をやめてしまったのか疑問を持つ。
- シャアは「復讐を終えた後の虚しさに気づいた」と答える。
- 同時に(ララァを通じて)ニュータイプの可能性を信じるようになった。
- かつて父が言った「ニュータイプが作る新しい時代」を見てみたいと思うようになった。
「劇場版 機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙」でもほぼ同様の描写がありますが、おおよそ同じ流れを辿っています。詳しくは、岡田斗司夫氏の解説がわかりやすいです。
ファーストガンダムでの「シャアとキシリアの会談」との共通点に気がつくと、なぜ唐突に「恨み」の話になったのか、という点にもつながります。ニャアンは特段キシリアやジオンに恨みを持っているわけではないので「シャアとキシリアの会談」になぞらえるために、そうした会話を付け加える必要があったわけです。
では、なぜそこまでして「ニャアンとキシリアの会話」を「シャアとキシリアの会談」になぞらえる必要があったかといえば、それは「キシリアの真意」を表現するためでしょう。
そもそも、ファーストガンダムにおいてキシリアがシャアに「自分はお前の正体に気がついているぞ」ということを伝えたのは、シャアを政治的・軍事的にコマとして利用することが主だったとはいえ「自分もシャアと同じ気持ち=ニュータイプの可能性にかけてみたいと考えている」という点を伝えるためでした。
ただ、ファーストガンダムにおいては「すべては戦争に勝ってからのこと」と結論は保留にされていました。その後、シャアはアムロとア・バオア・クーで出会い「戦争を終わらせるためには、ザビ家を滅ぼすしかない」と決意。キシリアを抹殺することになります。
ジークアクスの世界では、シャアのほうが消えてしまったためシャアとキシリア間の決定的な衝突は起きていません。一見、2人の目的は同じようにも見えるので、このあたりがどのように描かれるのかは注目したいところです。
以上のようなことを前提にすると、キシリアが触れた「スペースノイドの強さ」の根源も明らかになってきます。キシリアは「スペースノイドは、自分たちの進む先にニュータイプの可能性があると信じているから強くなれた」と言いたかったのではないでしょうか。
キシリアはニャアンを「嫌っていない」
一連の会話を受けて、ニャアンのキシリアに対する印象は「この人は私のことを嫌っていない」というものでした。「好きか嫌いか」という、極めてシンプルな表現なので、これだけだとこのセリフが何を意味しているのかはわかりにくいです。
「劇場版 機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙」では、先程挙げた会談のシーンの最後で、キシリアがシャアに対して「ギレン総帥を私は好かん。それだけは覚えておいてくれ」と語っています。このセリフは色々な解釈ができますが「将来のギレンとの派閥争いで、お前にも味方してもらうぞ」という背景があるであろうことは推察できます。シャアを信用する代わりに、自分に加担しろと暗に要求しているわけです。
もし、ニャアンの感想がこのセリフと対になっているとしたら「キシリアは本人の言葉通り、ジオンの大学入学と引き換えにゼクノヴァの再現への協力を求めているだけで、それ以上のことは求めていない」と解釈できます。たとえば、シャアに求めたのと同じように「ギレン派との政争」に彼女を巻き込むつもりはないのだろうと予想します。(もちろん、結果的に巻き込まれてはしまうのでしょうが)
ニャアンは最初こそキシリア相手にオドオドした様子でしたが、会話するうちに悪意などはないと考えて心を開きつつあります。これはカネバンの面々やマーコに対するのとは明らかに違う態度です。
キシリアは「きれいなキシリア」になっているか?
キシリアがファーストガンダムで兄ギレンを暗殺するなど、様々な権謀術数を駆使するキャラクターであったためか、このジークアクスにおいても「裏でなにかを企んでいる」と解釈する人が多いように思います。たしかに、第七話で語られた「イオマグヌッソ計画」のように、不穏な動きを背後で進めているのは間違いありません。ニャアンにゼクノヴァを起こさせようとしていることも、そうした印象を強めるものです。
ただ、直近の描写(特に、ニュータイプとしての能力が開花しつつあるニャアンの目線から見たもの)で、キシリアの印象があまり悪く描かれていないのは、今回のキシリアは「きれいなキシリア」として描かれる予兆ではないか、と感じています。
イオマグヌッソ計画はたしかに不審ですし、後に様々なキャラクターによって語られるように、大きな危険性をはらんだものなのかもしれません。しかし、キシリアは単純に「ギレンとの派閥争いに勝ちたいから」といった、私利私欲のような理由で計画を推進しているのではない、と考えます。
ニャアンの言葉は「ニュータイプの直感によってニャアンがそのことに気づいた」という描写ではないでしょうか。
ジオンに拾われた難民出身の2人
エグザべが運転する車の中で、ニャアンは彼と会話をします。故郷のサイド2から脱出するときにMSの操縦を覚えたこと、本当は大学で学びたいことがあるわけではなく、学士号をとって永住権を取得したいから、といった話題について語り合います。ニャアンとエグザべは、ともに難民出身でジオンに拾われた、という共通点があります。これらはすべて、ニャアンだけでなくエグザべにも当てはまることです。
ニャアンはエグザべに「(今があるのは)才能があったからか」と尋ねますが、エグザべは「自分は運が良かった。(才能があったかどうかは)わからない、必死だったから」と答えます。これは後に、ニャアン自身の言葉とも重なります。
ジークアクスの2号機、呪われたジフレド
エグザべはニャアンを迎えに行く前、スクールの同期の墓参りに行っていた話をします。実は、この同期が亡くなった原因があるMSにあり、ニャアンはそのパイロット候補として選抜されたことがまもなく判明します。
二人が訪れたのは、ジオン突撃機動軍 グラナダ海軍工廠研究所でした。
ニャアンはそこでジークアクスの2号機であるMS「ジフレド」を目にします。
2人の前にエグザべのスクールの同期、ミゲルが現れます。
このとき「同伴出勤かい?」とエグザべをからかっていますので、
時間帯で言えば今は日中なのだとわかります。
グラナダは月の裏側なので、昼夜の変化がコロニーに比べてわかりにくいという演出でしょう。
月の1日は約29.5日あり、その間、地球の2週間が昼、2週間が夜として続くからです。
周囲が暗いので、おそらく現在は夜の期間に入っているのでしょう。
ミゲルは、ニャアンがジフレドの「3人目のパイロット候補」であることを伝えます。
3人目なのは、先にジフレドのパイロット候補に選抜された2人の同期が亡くなってしまったためでした。
エグザべは、自分がジークアクスのパイロットに選ばれたときに、ミゲルが手作りケーキを作って送別会をしてくれたことを話します。ニャアンは「仲のいい友達だったんですね」「友達の手作りケーキなんて食べたことない」とつぶやきます。ミゲルは「なら、歓迎の印にケーキを焼いてあげるよ」と返しましたが、ニャアンの直近の出来事との関連を感じさせるシーンです。
ニャアンは気まずくなってしまったマチュ・シュウジと一緒に餃子を食べようとしていました。しかし、それは果たせず3人はバラバラになってしまいました。そのことに悔いがあったためにこうしたセリフで願望が出てきてしまったのでしょう。
ただ、これまでのニャアンであればこうした願望を他人に話すことさえしなかったでしょう。キシリアやエグザベとの、ここまでの会話を通じて徐々に警戒心が和らぎ、マチュやシュウジに感じていたのと同じような親近感を抱きつつあるという表現かもしれません。
ジオンに漂う暗殺の影
ジフレドを眺めるニャアンは「このMS、誰かに似てる」とつぶやきます。その背後では、ミゲルとエグザべが亡くなった同期たちのことについて話し合います。「パイロット候補になった直後に続けて死ぬのはおかしい」と、暗殺の可能性を疑います。
この話をニャアンも聞いていたので、エグザべはニャアンを宿舎に送る途中、ギレンとキシリアの政治的な対立について説明します。
「どちらも暗殺を警戒して戦後一度も会っていないこと」「サイコミュ技術をキシリアに独占されているのに対抗して、ギレンはクローン強化人間を研究、まもなく実戦投入されること」などについてです。「このグラナダでさえ、どこに暗殺者が潜んでいるかわからない」という厳しい状況をニャアンに理解させようとします。
ミゲルからケーキの誘い
送り際、ニャアンはエグザべに「彼のケーキは美味しかったか」と尋ねます。エグザべがそれになんと答えたのかはわかりませんが、まもなくニャアンのスマホにミゲルからのメッセージが届きます。メッセージはミゲルからのもので、ニャアンにケーキを食べさせようとする誘いでした。
・エグザべがグラナダを去ったあと、同期がジフレドのパイロット候補に選抜されるたびにケーキを焼いて祝っていたこと
・選抜試験が始まる前、今日中に食べてもらいたいと思っていたこと
・難民・孤児である自分たちがパイロット候補になるなんて夢みたいな話だから、お祝いしたかったこと
などを語りますが、ニャアンはケーキを食べる前にパイロット候補を暗殺していたのがミゲルだと気づき、彼にそれを指摘しました。
ニャアンはなぜミゲルの正体に気づいたか?
このとき、なぜニャアンはミゲルの正体に気がつくことができたのでしょうか?
論理的に考えれば、怪しい要素はいくつか揃っています。
・エグザべがジークアクスのパイロットに選ばれたときは「みんなで」お祝いをしたのに、その後はひとりずつにケーキを振る舞っていたこと
・「選抜試験が始まる前」にケーキを食べて貰う必要があったこと
・「パイロット候補に選ばれる」という最高の栄誉の直後に、過去2名の候補にも共通した起きたイベントだったこと
といった具合です。
おそらくこのシーンは、ニャアンのニュータイプとしての直感、特に危機察知能力が高まっていることを示すものでしょう。深層心理では上記のような推理を無意識のうちにおこなっていたのかもしれませんが、ニャアン自身は無自覚のまま、ミゲルの正体に気づいていたのではないでしょうか。
暗殺は「人間の心を守ること」
ニャアンが問い詰めると、ミゲルはあっさり自白しました。「3人目がこんなに早く見つかるとは想定外だった」と言っていますから、彼の目的はパイロット候補を空席のままにしておき、ジフレドが稼働するタイミングを少しでも遅らせることだったのでしょう。後に判明するように、ジフレドはイオマグヌッソとも何らかの関連性があると考えられるため、動かせるパイロットがいなければ計画を先延ばしにできるからです。
まもなくニャアンから連絡を受けていたであろうエグザべも到着。ミゲルはなぜ自分が自分の仲間を暗殺したのか、語り始めます。
・ジフレドが作られた本当の目的を知れば、誰だってこうする
・ギレンの諜報部から協力を求められたが、暗殺を実行したのは自分の意志
・大切な仲間をディアブロにするわけにはいかない
自分が殺した仲間について「彼らの優しい心を守った」と、暗殺を正当化するような発言もし、エグザべは理解に苦しみます。
無人のジフレドを動かすニャアン
ニャアンはテーブルを倒して逃走。ジフレドに捕まってよじ登り、上の通路まで逃げます。本来であれば、第七話のように命の危機を感じて焦っても良いはずですが、不思議とニャアンは落ち着いた様子です。ジフレドの顔を見て「このMS、キシリア様に似ているんだ」と考える余裕を見せています。
しかし、ミゲルに追いつかれ「人間の心を守ってあげるよ」と銃を突きつけられます。
このとき、命の危機を感じたニャアンに反応するかのように無人のジフレドが起動。「サイコスーツもなしにサイコミュを動かせるわけがない」と驚くミゲルに頭部のファンネルらしき武器がビームを発射、一瞬で蒸発させました。
ミゲルが語った「ディアブロ」とはなにか?
唐突に出てきた「ディアブロ」というキーワードの意味について考えてみたいと思います。これまでの描写の中で特にヒントになるようなものはないので、過去のガンダムの描写などから類推するしかありません。
ディアブロ=イタリア語で「悪魔」というと、機動戦士ガンダム第三十六話「恐怖!機動ビグ・ザム」にて、ドズルが戦士する直前に、アムロが彼の背後に見た「悪魔」が思い出されます。
岡田斗司夫氏はこのアムロが見た「悪魔」について、ニーチェの「超人」思想を表現しようとしたものではないかと評しています。「ニュータイプであるアムロには、ドズルの中の『人間らしさ』が悪魔のように見えてしまう」ということを、視覚的に表現したものではないか、という解釈です。
以下、岡田氏の解説を要約すると、
- ニーチェは「人間の弱さ」を肯定せず、乗り越えるべき宿題として扱う
- ドズルのような「人間ドラマ」が描かれるのは弱さの現れである
- 悪魔の正体は「ニュータイプであるアムロにはもはや理解できない、ドズルという人間の弱さ(ジオンの栄光・この俺のプライドを「やらせはせん」という想い)」である
ディアブロはミゲルの発言からは「ニュータイプが一定の条件を満たすと変化するもの」であると解釈できますので、上記の「悪魔」の定義とは少し異なりますが、仮に両者は同じようなものを意味すると解釈するなら、
ディアブロ=ニュータイプが人間らしさを捨て去った状態
とも言えます。これなら「悪魔」とディアブロ、双方の意味合いが重なり合う上に、ミゲルが口にしていた「優しい心、人間の心を守る」という発言とも親和します。
さらに想像力をたくましくするなら、こうした「ディアブロ化したニュータイプ」の存在が求められるイオマグヌッソ計画とは「人類全体から人間らしさを剥ぎ取り、強制的にニュータイプへの変化を促す計画」であるとも推測できます。不思議と、過去のカラー作品であるエヴァンゲリオンの「人類補完計画」とも意味的に一致するはずです。
ジフレドはどこが「キシリアに似ている」のか?
ニャアンは何をもって、ジフレドが「キシリア様に似ている」と感じたのでしょうか。ニャアンはジフレドを外から見ただけなのですから、そのように解釈する理由はないはずです。
同じように「MSをまるで人間かのように表現する人」を我々はもうひとり知っているはずです。「~とガンダムがいっている」が口癖だったシュウジがそうです。私は過去の第四話の考察の中で「シュウジの目的は母親に会うことではないか」という考えを述べました。その仮説に基づくと「ガンダムはシュウジにとって『母親に似ている存在』だったのではないかとも考えられます。
同じように、ニャアンもまたキシリアの態度に「母性」を感じ、同じようにジフレドにもまた「母性」を感じたことによって、両者が「似ている」と感じたのではないでしょうか。
考えてみると、グラナダに来てからのニャアンはイズマコロニーのときと比べて、どこか様子がおかしいです。暗殺で命を狙われているというのに焦った様子も少なく、確信を持って危険を回避しています。それ以外のシーンでは、窓から宇宙(特に、ソロモンのゼクノヴァ跡)を見つめているシーンが多く、ゼクノヴァを間近で目撃したことでどこかシュウジに近い超然的な性格に代わってしまったのではないか、というふうにも見えます。
本当の才能には理由がない
事件は終わり、ニャアンは自室へ。おそらく今回、暗殺の標的にされたことやジフレドを起動させたことで、当初予定の宿舎よりも良い部屋へ移動になったのでしょう。
エグザべも「僕の部屋より遥かに広い」「窓なんてグラナダでは最高の贅沢だ」と語っています。ニャアンは「運が良かっただけ」と語りますが、これに対するエグザべの言葉は重要です。
「運?違うな。本物の才能には理由がないんだ。理由をつけたがるのは、才能がないものだけさ」
ニャアンはこれに「運ってあなたが言ったんですよ?」と返します。この返しもまた、同じように重要なセリフです。
エグザべは「自分に才能があったかはわからない」「必死だった、運が良かった」と述べています。ニャアンの発言はそれを受けてのものになっていますから、同じように「自分に才能があったかはわからない」「必死だった、運が良かった」と考えているのでしょう。
エグザべは「自分にはない才能がニャアンにはある」と考えているから、そのニャアンが「運だ」と語るのに違和感を覚えたのでしょうが、ニャアンにしてみれば、マチュという「本物の才能」を持っている人を知っているからこそ「自分は運が良かった」と言い切れたのでしょう。
側近ですら裏切るイオマグヌッソの危険性
キシリアは自室で「ニャアンにおけるニュータイプの発生形態」というレポートを読んでいます。今回の事件を受けての、ニャアンのニュータイプ能力についてまとめたものでしょう。側近のアサーブは「彼女は本物かもしれません」と返しますが、キシリアは彼がミゲルをそそのかしたギレンのスパイだと看破。アサーヴに銃を向けます。アサーヴは最後の諫言として「イオマグヌッソを起動させてはいけない」「あれは悪魔の兵器」と語りますが、キシリアは「だからこそ総帥に渡すわけにはいかん」と引き金を引きました。
キシリアは倒れたアサーヴを一顧だにせず「ガンダムを追った先で見つけた娘、赤い彗星が導いてくれた縁なら、大事にせねばな」とつぶやくのでした。
キシリアはエグザべなど、スクール出身のニュータイプを「養殖」と表現しています。おそらくフラナガンスクールでは、戦闘訓練など技術的にニュータイプ能力を伸ばせるカリキュラムを敷いて、その中で適正があるものを選抜しているのでしょう。そのことを「養殖」と表現したのだと思います。
イオマグヌッソが先に述べた通り「すべての人類から人間らしさを取り除き、強制的にニュータイプへと進化させる機械」だとしたら、アサーヴやミゲルが命がけで妨害しようとしているのも頷けます。ただ、キシリアは「総帥に与えるわけにはいかん」と述べています。「与える」という表現になっているので「イオマグヌッソを作るのは自分だが、自分以外の誰か別のものに与えたい」と考えている可能性もあります。
直後に「赤い彗星=シャア」の話をしていますから、もしかしたら「シャアにイオマグヌッソを与えたい」と考えているのかもしれません。
ジークアクスで、シャリア・ブルの乗機「キケロガ」など一部設定に取り入れられている「トミノメモ」によると、キシリアは当初シャアとともに戦い、その後シャアの復讐を自ら受け入れる、という最後を辿っているので、あながちキャラクター崩壊とは言い切れないのではないでしょうか。
「トミノメモ」によれば、ギレンを排除する暇もなくグラナダで連邦軍と交戦し、自らも宇宙用アッザムでシャアとともに前線に出るものの敗北し、シャアに刺殺されて生涯を閉じる。テレビ版と同じくシャアの正体を見抜いていたため、無抵抗のまま彼に討たれる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%93%E5%AE%B6
ニャアンのことを語るキシリアもまた(ニャアンの部屋のそれよりもさらにサイズが大きい)窓から外を見ながら「大事にせねば」と語っているのが印象的です。これはニャアンとキシリア、2人には多くの共通点があることを表している演出ではないでしょうか。
シロウサとレオ・レオーニ
場面は変わって、宇宙港で会話する「ミス・ティルザ」と言う女性と、「シロウサくん」と呼ばれる金髪の若い男性が登場します。声と容姿からシャア・アズナブルその人ではないか、と多くの人が予想しています。
2人はどうやら研究者でイオマグヌッソの建設現場に配属され、そこに向かう途中のようです。ガンダムフレド(ジフレド)についても会話の中で触れていますし、ティルザの父親「レオ・レオーニ博士」はイオマグヌッソの建設において重要な役割を果たす人物のようです。
レオ・レオーニといえば、実在する絵本作家の名前です。有名な作品はいくつかありますが、今回特にジークアクスの世界観との関連性が予想されるのは「平行植物」についてでしょう。
平行植物(へいこうしょくぶつ)は、レオ・レオニの同名の著作に登場する架空の植物群である。「時空のあわいに棲み、われらの知覚を退ける植物群」と定義される。
幻想博物誌の類、鼻行類のような架空の生物の系譜に属する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E8%A1%8C%E6%A4%8D%E7%89%A9
平行植物の記録は、それらが平行化する前後の化石のような痕跡か、観測者によるスケッチと伝聞によるしか手段が無かった。しかしながら、月光に含まれる「o因子」の発見、ポリエフェメロール・レンズの発明、特殊な樹脂(ステオフィティシロール)による封入法の開発、カンポーラ研究所による新たな環境隔離装置の研究などにより、いままで「言葉」でしかなしえなかった平行植物の研究が可能となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E8%A1%8C%E6%A4%8D%E7%89%A9
このように、平行植物は「別の時空に存在すると言われる架空の植物群」を、レオ・レオーニが地震の想像力で作り出したものですが「観測者による体験によってしか記録する手段がなかった」というところから、技術の進歩で様々な方法での研究が可能になった、という設定は注目すべきところです。
ティルザの言葉から「イオマグヌッソにはシャロンの薔薇も関連している」ということがわかります。
私はシロウサの正体は、普通にシャア・アズナブルであろうと考えています。(前半ラストのシャリアのセリフ、後半ラストのキシリアのセリフとの整合から)
また、レオ・レオーニの名前が使われているのは、先に述べた脇役キャラやイオマグヌッソのネーミングとも関連していると考えています。これらは「嘘」というよりも「自分の想像力で偽物の世界を作った人」に関連する名前がつけられている、と解釈するほうが良いでしょう。
2014年に物議を醸した人々はともかく、ジェームズ・チャーチワード(ムー大陸)やレオ・レオーニ(平行植物)、イオマグヌッソ(クトゥルフ神話)などは、個々の作者の想像力によって創られた世界に登場するものだからです。
これは「ジークアクスの世界そのものが『偽物の世界』である」という、私の当初からの仮説につながっていくヒントではないかと考えています。
「マチュは本物」の真意とは?
舞台は再びグラナダのニャアンとエグザべへ。エグザべは「ジークアクスがソドンを脱走した」というニュースを受け取ります。信じられないといった表情のエグザべに、ニャアンは「マチュは本物だから」と答えます。グラナダは月の裏側で、地球は見えません。ニャアンが見上げる窓の先には、ただ穴の空いたソロモンが浮かんでいるだけでした。
ニャアンから見たマチュは(エグザべから見たニャアンがそうであるように)「本物の才能」の持ち主です。ジークアクス視聴者の中には、第一話~第七話までのマチュを見ていて、
- 恵まれた環境にありながらなぜそんな行動をするのか理解できない
- 行動に至る背景が描かれていないから、キャラクターにライドできない
- アンキーが言うように「悪い男に入れ込んで破滅するお嬢さん」のようにしか見えない
といった受け取り方をする人が一定数いたようです。こうした意見は理解できなくもありません。
私はこうした一連のマチュに対する描写は「行動の背景をあえて詳細に描写しないことで『元々こういう性格のキャラクターである』というふうに受け取ってもらいたかったから」だと解釈していました。なので、前述したような感想を抱く人々とは異なる見方だったのですが、今回のラストシーンに登場した「単騎で大気圏突入するジークアクス」のシーンで、この認識に確信が持てました。
これまでマチュの心情を掴みかねていた視聴者の方々も、このシーンを見たことで「マチュは環境や体験のせいで、ああいう行動に至ったのではなく、元々の性格から現在の状況に至ったのだ」ということが、一瞬で理解できたはずだからです。
これこそがニャアンやエグザべが語った「理由がない本物の才能」であり、鶴巻監督が本作で描こうとしている「肯定的なニュータイプ像」を体現する主人公マチュの姿ではないでしょうか。