ノイエ銀英伝12話感想・考察その2「アスターテ前哨戦における同盟軍の真の敗因」

12話「死線(後編)」
~帝国軍の優勢と第十三艦隊の奮戦~

帝国軍と同盟軍との戦いは熾烈を極めていた。コルネリアス・ルッツ中将の長距離砲撃により、第十二艦隊は8割の艦艇が航行不能となり、司令官のボロディン中将は自決する。オスカー・フォン・ロイエンタール中将と対峙した第五艦隊ビュコック中将は、正面の攻撃を戦艦で防御しつつ、包囲をを防ぐため巡洋艦を左右に展開させていた。

ウォルフガング・ミッターマイヤー中将は迅速な艦隊運用によって、第九艦隊アル・サレム中将の虚をつくことに成功する。アウグスト・ザムエル・ワーレン中将は、ルフェーブル中将の第三艦隊と、エルネスト・メックリンガー中将はアップルトン中将の第八艦隊と戦火を交えていた。キルヒアイス中将はホーウッド中将の第七艦隊を攻撃、9割を戦闘不能に至らしめる。

ウランフ中将が率いる同盟軍第十艦隊は、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将との戦闘で敗色が濃厚となり、逃亡か降伏かの二者択一を迫られていた。逃亡を決断したウランフは、生き残っていた分隊司令官ダスティ・アッテンボロー准将に戦闘不能艦を率いての脱出を命じる。自ら戦陣を切って中央突破を図ったウランフは、半数の味方を離脱に成功したことを知り、笑みをたたえたまま宇宙の藻屑と消えた。

戦況が全面的に帝国軍有利な状況となる中、ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、対峙するカール・グスタフ・ケンプ中将の艦隊に大きな損害を与えていた。敵が陣形を立て直すため後退を試みたタイミングに合わせて、ヤンは速やかな撤退を決断する。イゼルローンへ進路を取った第十三艦隊であったが、その途上第七艦隊を破ったキルヒアイス艦隊と遭遇。やむなく戦闘を開始する。

こうした前線の戦況は遠征艦隊司令部には正確に伝わっていなかったが、総参謀長グリーンヒル大将は事態の深刻さを理解していた。しかし、総司令官ロボス元帥は残存する艦隊の集結と再編を決断。全軍をアムリッツァ星系に集結させることを命令する。

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圧倒的劣勢に立たされた同盟軍

いよいよ、帝国軍と同盟軍の全面的な戦闘が開始されました。各地の戦況は前述したあらすじのとおりですが、基本的に同盟軍が劣勢に立たされています。この時点における各艦隊の被害は次のとおりです。

【実戦部隊】

第三艦隊:ルフェーブル中将 ワーレン艦隊と交戦中

第五艦隊:アレクサンドル・ビュコック中将 ロイエンタール艦隊と交戦中

第七艦隊:コーウッド中将 キルヒアイス艦隊により壊滅。

第八艦隊:アップルトン中将 メックリンガー艦隊と交戦中

第九艦隊:アル・サレム中将 ミッターマイヤー艦隊と交戦、劣勢に

第十艦隊:ウランフ中将 ビッテンフェルト艦隊により半数が壊滅

第十二艦隊:ボロディン中将 ルッツ艦隊により壊滅

第十三艦隊:ヤン・ウェンリー中将 ケンプ艦隊に打撃を与えた後、撤退

青:優勢

橙:交戦中 or 劣勢

赤:敗退

このように、各艦隊の状況を3種類に色分けしてみると、同盟軍が第十三艦隊を除いて全面的な劣勢に立たされていることがわかります。すでに述べたように同盟軍は補給に問題を抱えていますので、仮に現段階で互角の戦いを繰り広げている艦隊でも、長期的な視点に立てば徐々に劣勢に立たされていくであろうことは疑いありません。第十三艦隊で起きた「艦載機の整備不良」に見られたように、食料が足りないことによる弊害は戦場のいたるところで生じていくはずだからです。

地形や補給が戦闘に与える影響の大きさ

唯一、帝国軍に対して有利に戦闘を進めていたのがヤン率いる第十三艦隊でした。前回取り上げたシーンで見たとおり、周辺星域の地形を利用し艦載機による接近戦を試みたことが功を奏しました。整備ミスが解消された後のポプランの活躍を見ても分かる通り、ケンプ艦隊に打撃を与えることに成功しています。

おそらく、ヤンはポプランやコーネフら優れたパイロットが多く配下にいることをあらかじめ知っていたのでしょう。ケンプ艦隊の艦載機部隊がどの程度の実力を持っているかは不明ですが、仮に第十三艦隊と同等かそれ以下のレベルであれば、接近戦主体の戦いで有利な状況を築くことができます。

言い換えれば、それだけの実力を持つポプランたちですら、整備の行き届いていない機体ではそのポテンシャルを十分に発揮することはできなかったということです。いかに補給が戦況に与える影響が大きいか理解する教材としてこれ以上の事例はないでしょう。

ロボスは「無能な指揮官」だったのか?

イゼルローンの司令部を描いた場面では、グリーンヒルとロボスが登場します。グリーンヒルは現場と司令部とをつなぐ「中間管理職」の立場です。これまでは画期的な軍事的勝利を望む政治家や司令部の意見と、穏便な撤退を希望する現場との間で板挟みになっていましたが、戦況が不利になったことで結果的に現場の意見を通しやすい状況になったと言えます。作戦の継続が誰の目にも明らかになれば、司令部が不可能な命令を無理強いすることは難しくなるからです。

総司令官のロボスも戦況の不利は認識していたものの、最高評議会への配慮から全面的な撤退を決断するには至らず、艦隊を再編して帝国軍との決戦に挑む意思を明確にします。味方を変えれば彼もまた「軍」と「政府」の間に挟まれた中間管理職であり、自身の「上司」に当たる最高評議会の意向を忖度するのはある意味当然であるとも言えます。

1話や2話で描かれた「アスターテ会戦」の描写を思い返してみてください。ノイエ銀英伝においては、

「物事の優先順位を正しく判断できる」

「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」

といった点が、「指揮官に求められる資質」あるいは、「有能・無能を分ける基準」として示されていました。第六艦隊のムーア中将や、第四艦隊のパエッタ中将のようにアスターテで敗北した提督たちは、こうした資質を持っていなかったことが原因で敗北したかのように描写されています。

ノイエ銀英伝1話感想・考察その4「有能・無能の基準とヤン・ウェンリーの登場」
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では、以上の基準に照らし合わせた場合、ロボスは有能と無能のどちらに該当するのか考えてみましょう。

「物事の優先順位を正しく判断できる」という点で見ると、ロボスは優先順位の重みづけそのものがほかの軍人とは大きく異なっていることがわかります。彼が最も重視しているのは「政治的都合」であって、軍事的な常識や現実の戦況といった、通常の軍人が重視するであろう観点にはほとんど関心を払っていません。

そういった意味では、彼はすでに「軍人」という枠を外れているといえます。実際、階級は最高位となる元帥であり、宇宙艦隊司令長官の職にある彼にとって、軍人として目指すべきキャリアはもうほとんど残っていません。これ以上の栄達を望むならシトレが任じられている統合参謀本部長の席を狙うか、政治家にでも転身するしかないでしょう。ロボスが内心、どのような気持ちで本作戦に望んでいたのかは原作や旧アニメでもいくつかの描写があります。しかし、少なくともノイエ銀英伝においては軍司令官としての積極性や主体性にかけるような描写が目立つ人物だと言えるでしょう。

もう一つの「目的のためには必要な犠牲を厭わず実行できる」という点については、ロボス自身が犠牲を強いられるような場面がほぼ登場しないためにあまり良くわかりません。彼が率いる部下にはもはや十分すぎるほどの犠牲が出ているものの、彼自身がそれをあまり気にしていないように見えるため、それを「犠牲」と捉えるべきかどうかははなはだ疑問です。

そもそも、以上2点のポイントは「軍の指揮官としての資質」を判断するためのものでした。前述の通り、ロボスはもうすでに「軍人」としての枠を外れた人物なので、軍人として評価すること自体が間違っていると言えるかもしれません。同盟軍の不幸は、そのような人物を総司令官に任命してしまったことでしょう。

ヤンが出征の前にユリアンと話していたとおり、ロボスの上司に当たる最高評議会ら政治家の腐敗が今日のような事態を招いた根本的な元凶だと言えます。