ノイエ銀英伝11話感想・考察その1「ロボス、フォーク、グリーンヒルそれぞれの立場」

11話「死線(前編)」
~上司と部下と中間管理職~

自由惑星同盟遠征軍はイゼルローン要塞より出撃。帝国領の占領を開始した。貴族階層はすでに逃げおおせており、残っているのは民衆のみ。予想に反して占領は容易に進むが、困窮した民衆は食料を要求してくる。補給計画を担当するキャゼルヌ少将は、全軍の2倍以上にも上る捕虜へいかに食料を供給するか頭を悩ませていた。

最高評議会で作戦継続の是非が問われるが、結果は否決。前線へと食料が運ばれるものの、すでに物資は枯渇しつつり同盟軍は危険な状態へと突入していた。諸提督は口々に司令部への不満を口にし、反感を募らせる。

ヤン・ウェンリーは第十艦隊司令官ウランフ中将と通信し、「補給が尽きる前に、速やかに撤退すべき」と意見を述べる。ウランフもこれに同調し、第五艦隊司令官ビュコック中将から他の提督、司令部への根回しを行ってもらうこととした。ところが、ここで第八艦隊の占領区で大規模な暴動が発生。同盟軍は占領地の民衆との間に決定的な亀裂を生じさせた。

ビュコックは撤退の裁可をもらうべく、ロボス元帥に通信会談を申込む。しかし、ロボスは姿を表さずフォーク准将が対応する。大言壮語を吐きながら他人に無理難題を要求するフォークをビュコックは一喝。フォークは精神的な発作を起こし倒れてしまう。

フォークに変わって説明に現れたグリーンヒルが「総司令官は現在休んでいる。敵襲以外は起こすなと命令されている」とビュコックに伝える。ビュコックは呆れて通信を切り、司令官の許しをまたずに撤退の準備を始めた。

中間管理録トネガワ(1) (ヤンマガKCスペシャル)

焦土戦術を選んだラインハルト

始まる前からさまざまな課題が表面化していた、同盟軍による帝国領侵攻作戦がいよいよ開始されました。予想に反して帝国軍の反撃はなく、占領地の住民も素直に同盟軍に従う様子を見せました。ヤン・ウェンリーもこうした状況に対して特にコメントを発していません。敵領土内への侵攻という初めての事態ですから、敵がどう対応してくるか正確に予想するのは難しかったと考えられます。

この段階で気になるのは、帝国民衆が飢えており食料を必要としていたことでしょう。10話「幕間狂言」のラストで明らかにされたとおり、ラインハルトは同盟軍を領土内へ深く誘い込む戦略をとると明言しています。従って、反撃がないことも貴族階級が占領地から脱出していたことも、彼の策によるものだったと考えていいでしょう。

過去の話の中に出てきた飢えた民衆の姿を見る限り、帝国の民衆には元々食料が不足していたはずです。しかし、「解放軍」を名乗る同盟への負担を強いるために、ラインハルトが占領地にあった食料をあらかじめ持ち去っていたのかどうかはわかりません。

無責任かつ信念のないロボス

前線からの報告や、補給を預かるキャゼルヌ少将からの意見具申を受けても、総司令官であるロボスは状況の深刻さを理解していない様子でした。単純に彼が無能だからと片付けることもできますが、それ以外にも理由は考えられます。

10話・11話での言動や振る舞いを見る限り、ロボスは「軍人」というよりも政治家や官僚としての性質のほうが強い人物です。補給物資について「足りなければ本国に要求を伝えればいい。官僚は反発するかもしれないが、政治家は送らない訳にはいかないだろう」とキャゼルヌに回答していることからもそれが見て取れます。つまり、ロボスは補給物資が足りないことを「軍事的な脅威」ではなく、「政治的に対処すべき問題」だと考えているわけです。

おそらくロボスは、今回の遠征について以下のように考えているのではないでしょうか。

・自分は軍人であり、政府が「やれ」といった作戦を実行しているだけ

・その過程で補給物資が必要になったのだから、政府に要求すればいい。対応するのは政府の責任。

・政府は政権維持のために今回の出兵を計画したのだから、政略的に考えて物資を送らないわけがない。

以上のような要素は、すべて間違いとはいえません。実際、このあと最高評議会は最終的に、補給物資の追加と作戦の継続を決定しています。従って、ロボスの読み自体は正しかったといえるわけです。

しかし、客観的に見るとこうしたロボスの態度は極めて近視眼的な見方であり、国家や軍全体に利益をもたらすものとはいえません。「問題が解決できなくとも、自分が責任を負わされなければそれで良い」、「自分は言われたことを言われたとおりにやっているだけでよい」という姿勢には、責任感も使命感もありません。全軍の総司令官として、決定的に必要な資質が欠けていると言わざるを得ないでしょう。

ヤンがウランフに撤退を相談した理由

実戦部隊を指揮する同盟軍の提督たちは、こうした司令部と政府の姿勢に怒りを顕にします。実行計画を決める会議の際は明確な反対をする者こそ少なかったものの、自分の部下たちが飢えることになるとあってはこれ以上おとなしくしているわけにはいかないと考えたのでしょう。

当初から出兵自体に反対であり、補給に問題が生じることを予測していたヤン・ウェンリーは、まずウランフ中将に「撤退するべきだ」と相談を持ちかけます。自分以外の提督たちも撤退に気持ちが傾いているかどうか確かめるためのサンプルとして、彼を選んだのでしょう。

ビュコックは第十三艦隊が発足した時点から、ヤンを陰ながら支持してくれていることがわかっていますし、この後ほかの提督たちを説得してもらう役目を引き受けてもらわねばなりません。ウランフはといえば、行動計画策定会議においてヤン・ビュコック・キャゼルヌ以外に慎重論を唱えた提督の一人です。自分の考えを支持してくれる可能性が高いと考えた結果の人選だと考えられます。

フォークが軽く叱責されただけで発作を起こした理由

ビュコックはロボスに会談を申込み、彼に変わって対応したフォークと問答に発展します。結果としてフォークは突如発作を起こし倒れてしまうのですが、いくら病気とは言えそれほど強く叱責されたわけでもないのに唐突に倒れたのを不自然に感じた人もいたのではないでしょうか。

描写されているシーンこそ少ないものの、実はビュコックとの会話以前からフォークが精神的に追い詰められていたことを示すシーンがあります。通信が始まった当初、フォークは作戦会議でのシーンと同様、詭弁や規則を盾にした言い訳でビュコックに反論していました。

ところが、参謀として無謀な作戦計画を立てたことへの責任を問われると、頬を引きつらせ表情を固くします。おそらく、フォークもこのビュコックとの通信の前から戦況が悪化していることを察しており、作戦が失敗して自分が責任を負わされることになるのを予期していたのでしょう。それを直接ビュコックから指摘されたために、動揺を隠しきれなくなったのだと思われます。

その後、ビュコックは作戦そのものの是非ではなく、フォークの軍人としての能力や人間性に論点を移しました。これはフォーク自身が自分の意見に反対する相手に反論するときによく用いていた方法です(ただし、個人に対する誹謗中傷ととられないよう言葉を巧みに選んでいましたが)。ビュコックはヤンや同盟軍の諸軍人から信望を集めるほどの人格者であり、本来こういった「相手を言い負かすための論法」は用いたくなかったはずです。それでも今回、そうした態度に出たのは、本人が語ったとおり「フォークの大言壮語に付き合うのに飽きたから」でしょう。

フォークはビュコックの態度が変わったことにも苛立ちを覚えた様子で、手を押さえるような仕草をします。その後、再び顔を引きつらせ、目が大きく泳いだ後に卒倒してしまいました。

このシーンだけに注目していると、ビュコックに叱責されたことが原因で発作を起こしたように見えますが、彼がどのような文言に反応したのかと、徐々に様子がおかしくなっていっている過程に目をやると、実際にはビュコックによる叱責は単なる引き金に過ぎなかったことが理解できるはずです。「自分の思い通りに作戦が進まないこと」、「作戦が失敗したら、自分が責任を負わされること」に会見の時点で強い恐れと不安を感じており、それが顕在化したことが発作の直接的な原因だと考えていいでしょう。

フォークは作戦参謀として、常にロボスの傍らにいました。ロボスは政治家職の強い軍人なので、実務的な仕事はすべてフォークら部下に任せていた可能性が高いと考えられます。フォークもそうした状況を利用し、自分にとって都合のいい情報だけをロボスの耳に入れ、そうでない情報は伝えないこともあったのではないでしょうか。もしそうであれば、ロボスが昼寝をしていてビュコックとの会談に応じられなかった事態が生じた原因の一部も、フォークにあると言えるかもしれません。

しかし、そんなその場しのぎの方法が通用するのはあくまで戦局が有利に働いているときだけです。同盟が危機に陥りつつある現時点において、もうフォークは己の立場を守ることはできません。

グリーンヒルにみる中間管理職の悲哀

フォークが去り、代わって対応したグリーンヒルは「ロボス総司令官は休んでいるので合うことはできない」とビュコックに告げます。グリーンヒルは少なくともロボスやフォークと同様、単純に無能なだけの軍人には見えません。それなのに彼がこのような杓子定規ともとれる対応をとったことに疑問を持った人もいるのではないでしょうか。

こうしたグリーンヒルの態度は、彼の人柄と立場を考えると理解できます。グリーンヒルは総参謀長という立場にありますが、実質的には司令部と実戦部隊との間を取り持つ「中間管理職」としての役割を果たしています。組織の中で「上と下」との関係を円満に保つことが主な仕事です。

もし彼がここでロボスを起こし、ビュコックとの会見に連れてきたとしたらどうなるでしょうか?ロボスは「現場が危機的な状態にあるときにのんきに昼寝をしていた司令官」という評価が確定してしまい、彼の面目は失われてしまいます。そうなれば、たとえ内心ではビュコックの撤退意見に賛成したとしても、メンツを失うのを恐れて感情的に撤退を許さないかもしれません。現実的に可能性は皆無であるものの、もし帝国軍の反撃がなく本国からの補給が間に合えば、ここで撤退を許さなかったとしてもロボスの過失とはなりません。

実際、現在おかれている状況に対して、論理的に考えられる最善の策をとろうとするよりも、自身のプライドや対面を保つことを優先する人間は世の中に大勢います。ロボスは「政治家職の強い軍人」ですから、「そういう種類の人間」だと見て間違いないでしょう。従ってグリーンヒルのとった行動は「上と下」との間に決定的な衝突を生まないための中間管理職としてのやむをえざる配慮だったと考えられます。

遠征計画の会議の際も、積極策を押すロボスとフォークと、慎重論を唱えるヤン・ビュコック・キャゼルヌらの意見がぶつかり合いそうになった際、グリーンヒルは「(迎撃の任に当たるであろう)ローエングラム伯ラインハルトはまだ若い。失敗する可能性もある」と主張してヤンの慎重論に釘を差そうとしていました。

これはグリーンヒルが本気でラインハルトの能力を軽んじていたと考えるよりも、「会議の中で積極論と慎重論との対立色が強まり、それが『上と下の対立』となることを恐れたから」と考えたほうがより適切でしょう。単純に中間管理職として「上と下」との対立を緩和する緩衝材になろうとしていたのだと思います。