【ネタバレあり】ゴジラ キング・オブ・モンスターズの感想

2019年、レジェンダリー・ピクチャーズ製作のゴジラ映画2作目となる「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」が公開されました。キングコングを含む巨大怪獣が存在する世界観「モンスターバースシリーズ」の3作目ともなる本作では、ゴジラとはどのような存在なのか、なぜ「キング(怪獣王)」と呼ばれているのかといった部分に焦点が向けられています。ネタバレを含む本作の感想を語ってみようと思います。... 続きを読む

ノイエ銀英伝(銀河英雄伝説 Die Neue These)考察・感想まとめ

銀河英雄伝説 Die Neue These(ノイエ銀英伝)1期の考察・感想まとめ

この記事は、当ブログで公開した銀河英雄伝説 Die Neue These(ノイエ銀英伝)の考察・感想をまとめたリンク集です。話数順に並んでいるので後から記事を順番に確認するときに利用してください。     1話「永遠の夜の中で」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その1「新アニメ版の作品テーマ」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その2「映像で見る心理描写とラインハルトの智謀」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その3「映像で伝えるSFとキルヒアイスの大手柄」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その4「有能・無能の基準とヤン・ウェンリーの登場」
    2話「アスターテ会戦」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その1「ヤン・ウェンリーの回りくどいセリフと本音」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その2「ヤンの存在意義と描かれなかった幻の作戦」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その3「1話と2話の演技の違いとヤンとラインハルトの情報格差」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その4「ラインハルトの人物像と戦いの中で示される作品のテーマ」
  3話「常勝の天才」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その1「キルヒアイスとオーベルシュタインの出会い」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その2「キルヒアイスがラインハルトと共に歩んだ理由」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その3「帝国社会の暗部とキルヒアイスの幸せ」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その4「ラインハルトが簒奪を決意した理由」
  4話「不敗の魔術師」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その1「不敗の魔術師・ヤン・ウェンリーの生い立ち」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その2「ヤンとジェシカの微妙な関係」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その3「ヤン・ウェンリーが過去から学んだこと」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その4「セリフやナレーションを使わない綿密な心理描写」
  5話「第十三艦隊誕生」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その1「アスターテ会戦のその後と、自由惑星同盟の暗部」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その2「ヤンの頑固な人柄と世話女房ユリアン」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その3「憂国騎士団の襲撃」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その4「ヤンの身を護るための困難な任務」
  6話「イゼルローン攻略(前編)」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その1「第十三艦隊主要メンバーの登場」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その2「ビュコックとシェーンコップの登場」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その3「ヤン・ウェンリーが次の世代に残したいもの」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その4「イゼルローン要塞の2人の司令官」
  7話「イゼルローン攻略(後編)」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その1「シェーンコップを待ち受ける4つの関門」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その2「ワルター・フォン・シェーンコップのキャラクター性」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その3「ヤンとラインハルトに共通する英雄の資質」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その4「理想と現実が乖離していくヤン・ウェンリー」
  8話「カストロプ動乱」
ノイエ銀英伝8話感想・考察その1「名実ともにNo.2となったキルヒアイス」
ノイエ銀英伝8話感想・考察その2「ラインハルトとオーベルシュタインの共通点」
  9話「それぞれの星」
ノイエ銀英伝9話感想・考察その1「同盟の政治家が無能になった理由」
ノイエ銀英伝9話感想・考察その2「疲弊する帝国・同盟とフェザーンの台頭」
ノイエ銀英伝9話感想・考察その3「言葉を交わさず考えを理解し合ったヤンとジェシカ」
  10話「幕間狂言」
ノイエ銀英伝10話感想・考察その1「同盟による帝国領への侵攻」
ノイエ銀英伝10話感想・考察その2「フォーク准将の雄弁・詭弁」
ノイエ銀英伝10話感想・考察その3「ヤンがイゼルローン攻略を任された真の理由」
  11話「死線(前編)」
ノイエ銀英伝11話感想・考察その1「ロボス、フォーク、グリーンヒルそれぞれの立場」
ノイエ銀英伝11話感想・考察その2「理想を実現できない同盟と勝利に近づく帝国」
  12話「死線(後編)」
ノイエ銀英伝12話感想・考察その1「メカニックとの対立を回避したポプラン」
ノイエ銀英伝12話感想・考察その2「アスターテ前哨戦における同盟軍の真の敗因」
ノイエ銀英伝12話感想・考察その3「実質的な主役はヤン・ウェンリー」
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ノイエ銀英伝12話感想・考察その3「実質的な主役はヤン・ウェンリー」

12話「死線(後編)」 ~ヤンとキルヒアイス最初の対決~

ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、キルヒアイスが指揮する帝国軍艦隊と戦いを繰り広げていた。装備と数の両面で勝る帝国軍は、スキのないキルヒアイスの運用によって徐々にヤンたちをを追い詰めていく。総司令部からアムリッツァ星系への転進命令を受け取ったヤンは、弩級戦艦に殿を任せつつ全軍を撤退させる戦術をとる。   第十三艦隊は予定通り戦場離脱に向けて動いていたが、帝国軍の追撃は激しく味方の犠牲は大きくなっていた。そのとき、すでに敗退したと思われていたホーウッド中将率いる第七艦隊の残存兵力が戦場に姿を現し、帝国軍の側面を突くことに成功する。ヤンは第七艦隊の奇襲を利用して戦場を離脱することを決断。シェーンコップ、ムライ、パトリチェフ、フレデリカらは命を捨てて自分たちを助けてくれた第七艦隊に対して静かに敬礼を捧げた。   同盟軍がアムリッツァ星系へ集結しつつあることは、ラインハルトの耳にも届いていた。オーベルシュタインは同盟軍が戦力を集中させ、再攻勢に出ようとしていると看破する。ラインハルトもまた同盟軍に決定的な打撃を与えるべく、帝国軍の全艦隊をアムリッツァに集結させることを決意した。   宇宙暦796年、銀河帝国歴487年10月14日。銀河帝国軍は自由惑星同盟軍が決戦の地と定める、アムリッツァ星系へと進路をとった。   ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラム。 両雄は再びアムリッツァの地で相まみえることとなる。    

ヤン・ウェンリー対ジークフリード・キルヒアイス

ノイエ銀英伝の最終話は、ヤン・ウェンリーとキルヒアイスの戦いを描いたシーンで締めくくられることとなります。このころ、キルヒアイスのCVを演じる梅原裕一郎氏が病気療養を余儀なくされたため、12話におけるキルヒアイスはまったくしゃべりません。残念なことではありますが、2人の名将の対決がどのような推移をたどっていったのか見ていきましょう。  

時間経過とともにヤンは不利になっていく

  第十三艦隊は当初ケンプ艦隊と交戦した後、艦載機を主体とした戦法で敵に打撃を与え、スキを突いての逃亡に成功しました。その後、第七艦隊が駐留していた中域で先に同艦隊を破っていたキルヒアイス艦隊と遭遇、戦闘に突入します。   ヤン・ウェンリーはキルヒアイスを「ケレン味のないいい用兵をする」と評価しました。ムライは敵艦隊の動きについて「数に勝る正面装備で押しつつ、後方では補給を行い間断なく火力を投入している」と表現しているので、こうした用兵こそヤンにとって望ましい艦隊運用であると考えられます。   数と装備の質で勝っているのなら真正面から戦っても戦闘を有利に進めることができます。損害を負った艦や弾薬を消耗した艦も後方で補給を受けられるということは、継戦能力の面でも優位に立てるはずです。逆に常に攻撃にさらされ続けることになる同盟軍は時間が経つほど不利になっていくと言えます。   ヤンはこれまで基本的に常に不利な戦況に立たされながら、奇想天外な策によってその状況を覆してきました。そうした部分が取り上げられて「魔術師」と評されていたわけですが、キルヒアイスの用兵に対しては特にこれといった奇策を用いられていません。これはキルヒアイスの用兵がつけ入るスキのないものであるゆえに、さすがのヤンもその裏をかくことができなかったためだと考えられます。  

ヤンの行動で振り返る「名将」の条件

イゼルローン方面への撤退を目指していたヤンでしたが、総司令部から「アムリッツァに集結せよ」との命令が下ったため、撤退に向けた動きを明確化します。大型の戦艦を最後尾に配置しつつ、陣形を縦長にして少しづつ敵軍から距離をとっていく戦術をとったのです。   陣形を縦長にすることで、数に勝る敵からの包囲を防ぐことができますし、先頭の艦は敵からの距離をとることもできます。しかし、同時に最後尾の艦には敵の火力が集中することになるので、味方に大きな犠牲が出ることを覚悟しなければなりません。実際、戦闘中にはムライが「損耗率はかつてないものになっている」と述べています。そして完全に離脱を図る段階では、最後尾の艦を実質的には見捨てるような形で離脱しなければならなくなるでしょう。   ヤンのこうした戦術は、1話で描かれた「指揮官に求められる資質」と完全に一致します。  
ノイエ銀英伝1話感想・考察その4「有能・無能の基準とヤン・ウェンリーの登場」
  1話で描かれた「資質」とは以下の2つです。   「物事の優先順位を正しく判断できる」 「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」   ヤンは繰り返し「撤退が(戦術的な)目的だ」という点を強調しています。遠征の続行や、敵艦隊に打撃を与えることなどはまったく気にしていません。従って、「物事の優先順位を正しく判断できる」という点は満たしていると言えます。   そして今回、味方の一部に犠牲を強いる方法で戦場からの離脱を図っていますが、これも「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」という点を満たしています。以上の2点から、物語上「ヤン・ウェンリーは名将として描かれている」ということが改めて確かめられました。言い換えれば、そのヤンと互角に戦っているキルヒアイスもまた「名将」と評価できるというわけです。  

「必要な犠牲」を出して「目的」を達成したヤン

ヤンは撤退に向けて着々と準備を進めていたものの、ここで思わぬ事態が生じます。すでに帝国軍に敗れ去ったと思われていた第七艦隊が戦場に現れ、キルヒアイス艦隊に攻撃をかけたのです。「エネルギーの残量は気にするな」、「判断を誤るなよ。ヤン・ウェンリー」といったホーウッドのセリフから、彼は第十三艦隊を逃がす囮となるために自ら進んで犠牲になったことがわかります。   先に述べたように、キルヒアイスは「スキのない名将」です。ヤンもまた名将とはいえども、数と装備に勝る敵がまったくスキを見せなければ目的を達成するのは極めて難しくなります。そのためになかなか完全に撤退するタイミングが図れず、キルヒアイス艦隊の追撃を許していたわけですが、第七艦隊の横槍によってそのスキを得ることができました。   結果的にヤンは第七艦隊の残存艦隊を犠牲にして脱出に成功したことになります。もし第七艦隊が現れなければ、おそらく自軍艦隊から最低でも同程度の犠牲を出して撤退しなければならない事態に追い込まれていたでしょう。  

ヤン・ウェンリーは理想の名将を具現化した存在

ヤンとキルヒアイスの戦いからは、以下のような示唆を得ることができます。   ①戦場につくまでは、補給(装備の質、味方の数、食料や燃料などの物資)が勝敗を左右する ②戦場についてからは、指揮官の質が勝敗を左右する   この①②は過去にヤン・ウェンリーが親友のラップに向かって語った自身の戦術論とそのまま合致します。つまり、ノイエ銀英伝の作中では「ヤン・ウェンリーの戦術論」が理想的なものとして描かれているのです。逆に「作中での理想的な指揮官をそのままキャラクター化したものがヤン・ウェンリーである」と表現することもできるでしょう。   そして、①②に加えて、12話までの作中の描写から新たに明らかになったことがあります。   ③優秀な指揮官がいても、戦略的に誤りがあれば戦いに勝つことはできない ④優秀な指揮官といえども、敵が同じくらい優秀であれば戦いに勝つことはできない   ③については、作戦参謀であったフォーク准将や、遠征艦隊総司令官のロボス元帥などを見ていれば明らかでしょう。ヤンやビュコックがどんな行動をとろうとも、結局司令部が犯した失敗を覆すことはできませんでした。   ④については、今回取り上げたヤンとキルヒアイスの戦いから読み取ることができます。ヤンとキルヒアイスはどちらも「優秀な指揮官」でしたが、補給と戦略の面で優位に立つキルヒアイスが終始有利に戦いを進めていました。第七艦隊の「特攻」はちょっとしたアクシデントというレベルに過ぎず、大勢に影響を与えていないためキルヒアイスの過失とはいえません。たとえ彼らが現れなくとも、時間はかかったかもしれませんがヤンは撤退に成功していたでしょう。  

ノイエ銀英伝1話~12話を振り返って

最後に、1話から12話までのストーリーを振り返ってみたいと思います。   1話において、ノイエ銀英伝という作品のテーマは「歴史」とその中で生きる「人々」であることが示されていました。その後、帝国側の主人公としてラインハルトが、同盟側の主人公としてヤン・ウェンリーが登場します。ストーリー展開の都合上、今回描かれた部分では主にヤン周辺の出来事が多く描かれていました。   ラインハルトの行動原理が「姉を皇帝から取り戻す」という極めて個人的なものに根ざしているのに対して、ヤンは「歴史」という物語のテーマそのものに興味を持っているため、序盤の狂言回しとしては扱いやすかったのだろうと思います。ラインハルトも生まれで身分が決まる帝国の体制には疑問をいだいているものの、それは「姉を奪った世の中」に対する恨みの感情に原因があるであろうことは否めません。少なくとも現段階においては、ヤンと比べてストーリーのテーマに個人の目的が絡む必然性が低いわけです。   実質的な「主役」となったヤンは、「優秀な指揮官」の理想形として扱われ、ジェシカやシェーンコップ、シトレら周囲の人間との関係性を通じて「歴史とは何か」を描くための手段として使われました。ノイエ銀英伝の1話から12話を一言でまとめるのなら「ヤンを通じて歴史を知る物語」と表現できるでしょう。   ノイエ銀英伝12話の続きは劇場版で公開されることが発表されており、「銀河英雄伝説」の物語はまだまだ続きます。たとえ時間がかかったとしても、すべてのストーリーを完結してくれるよう祈るばかりです。... 続きを読む

ノイエ銀英伝12話感想・考察その2「アスターテ前哨戦における同盟軍の真の敗因」

12話「死線(後編)」 ~帝国軍の優勢と第十三艦隊の奮戦~

帝国軍と同盟軍との戦いは熾烈を極めていた。コルネリアス・ルッツ中将の長距離砲撃により、第十二艦隊は8割の艦艇が航行不能となり、司令官のボロディン中将は自決する。オスカー・フォン・ロイエンタール中将と対峙した第五艦隊ビュコック中将は、正面の攻撃を戦艦で防御しつつ、包囲をを防ぐため巡洋艦を左右に展開させていた。   ウォルフガング・ミッターマイヤー中将は迅速な艦隊運用によって、第九艦隊アル・サレム中将の虚をつくことに成功する。アウグスト・ザムエル・ワーレン中将は、ルフェーブル中将の第三艦隊と、エルネスト・メックリンガー中将はアップルトン中将の第八艦隊と戦火を交えていた。キルヒアイス中将はホーウッド中将の第七艦隊を攻撃、9割を戦闘不能に至らしめる。   ウランフ中将が率いる同盟軍第十艦隊は、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将との戦闘で敗色が濃厚となり、逃亡か降伏かの二者択一を迫られていた。逃亡を決断したウランフは、生き残っていた分隊司令官ダスティ・アッテンボロー准将に戦闘不能艦を率いての脱出を命じる。自ら戦陣を切って中央突破を図ったウランフは、半数の味方を離脱に成功したことを知り、笑みをたたえたまま宇宙の藻屑と消えた。   戦況が全面的に帝国軍有利な状況となる中、ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、対峙するカール・グスタフ・ケンプ中将の艦隊に大きな損害を与えていた。敵が陣形を立て直すため後退を試みたタイミングに合わせて、ヤンは速やかな撤退を決断する。イゼルローンへ進路を取った第十三艦隊であったが、その途上第七艦隊を破ったキルヒアイス艦隊と遭遇。やむなく戦闘を開始する。   こうした前線の戦況は遠征艦隊司令部には正確に伝わっていなかったが、総参謀長グリーンヒル大将は事態の深刻さを理解していた。しかし、総司令官ロボス元帥は残存する艦隊の集結と再編を決断。全軍をアムリッツァ星系に集結させることを命令する。    

圧倒的劣勢に立たされた同盟軍

いよいよ、帝国軍と同盟軍の全面的な戦闘が開始されました。各地の戦況は前述したあらすじのとおりですが、基本的に同盟軍が劣勢に立たされています。この時点における各艦隊の被害は次のとおりです。   【実戦部隊】 第三艦隊:ルフェーブル中将 ワーレン艦隊と交戦中 第五艦隊:アレクサンドル・ビュコック中将 ロイエンタール艦隊と交戦中 第七艦隊:コーウッド中将 キルヒアイス艦隊により壊滅。 第八艦隊:アップルトン中将 メックリンガー艦隊と交戦中 第九艦隊:アル・サレム中将 ミッターマイヤー艦隊と交戦、劣勢に 第十艦隊:ウランフ中将 ビッテンフェルト艦隊により半数が壊滅 第十二艦隊:ボロディン中将 ルッツ艦隊により壊滅 第十三艦隊:ヤン・ウェンリー中将 ケンプ艦隊に打撃を与えた後、撤退   青:優勢 橙:交戦中 or 劣勢 赤:敗退   このように、各艦隊の状況を3種類に色分けしてみると、同盟軍が第十三艦隊を除いて全面的な劣勢に立たされていることがわかります。すでに述べたように同盟軍は補給に問題を抱えていますので、仮に現段階で互角の戦いを繰り広げている艦隊でも、長期的な視点に立てば徐々に劣勢に立たされていくであろうことは疑いありません。第十三艦隊で起きた「艦載機の整備不良」に見られたように、食料が足りないことによる弊害は戦場のいたるところで生じていくはずだからです。  

地形や補給が戦闘に与える影響の大きさ

唯一、帝国軍に対して有利に戦闘を進めていたのがヤン率いる第十三艦隊でした。前回取り上げたシーンで見たとおり、周辺星域の地形を利用し艦載機による接近戦を試みたことが功を奏しました。整備ミスが解消された後のポプランの活躍を見ても分かる通り、ケンプ艦隊に打撃を与えることに成功しています。   おそらく、ヤンはポプランやコーネフら優れたパイロットが多く配下にいることをあらかじめ知っていたのでしょう。ケンプ艦隊の艦載機部隊がどの程度の実力を持っているかは不明ですが、仮に第十三艦隊と同等かそれ以下のレベルであれば、接近戦主体の戦いで有利な状況を築くことができます。   言い換えれば、それだけの実力を持つポプランたちですら、整備の行き届いていない機体ではそのポテンシャルを十分に発揮することはできなかったということです。いかに補給が戦況に与える影響が大きいか理解する教材としてこれ以上の事例はないでしょう。  

ロボスは「無能な指揮官」だったのか?

イゼルローンの司令部を描いた場面では、グリーンヒルとロボスが登場します。グリーンヒルは現場と司令部とをつなぐ「中間管理職」の立場です。これまでは画期的な軍事的勝利を望む政治家や司令部の意見と、穏便な撤退を希望する現場との間で板挟みになっていましたが、戦況が不利になったことで結果的に現場の意見を通しやすい状況になったと言えます。作戦の継続が誰の目にも明らかになれば、司令部が不可能な命令を無理強いすることは難しくなるからです。   総司令官のロボスも戦況の不利は認識していたものの、最高評議会への配慮から全面的な撤退を決断するには至らず、艦隊を再編して帝国軍との決戦に挑む意思を明確にします。味方を変えれば彼もまた「軍」と「政府」の間に挟まれた中間管理職であり、自身の「上司」に当たる最高評議会の意向を忖度するのはある意味当然であるとも言えます。   1話や2話で描かれた「アスターテ会戦」の描写を思い返してみてください。ノイエ銀英伝においては、   「物事の優先順位を正しく判断できる」 「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」   といった点が、「指揮官に求められる資質」あるいは、「有能・無能を分ける基準」として示されていました。第六艦隊のムーア中将や、第四艦隊のパエッタ中将のようにアスターテで敗北した提督たちは、こうした資質を持っていなかったことが原因で敗北したかのように描写されています。  
ノイエ銀英伝1話感想・考察その4「有能・無能の基準とヤン・ウェンリーの登場」
  では、以上の基準に照らし合わせた場合、ロボスは有能と無能のどちらに該当するのか考えてみましょう。   「物事の優先順位を正しく判断できる」という点で見ると、ロボスは優先順位の重みづけそのものがほかの軍人とは大きく異なっていることがわかります。彼が最も重視しているのは「政治的都合」であって、軍事的な常識や現実の戦況といった、通常の軍人が重視するであろう観点にはほとんど関心を払っていません。   そういった意味では、彼はすでに「軍人」という枠を外れているといえます。実際、階級は最高位となる元帥であり、宇宙艦隊司令長官の職にある彼にとって、軍人として目指すべきキャリアはもうほとんど残っていません。これ以上の栄達を望むならシトレが任じられている統合参謀本部長の席を狙うか、政治家にでも転身するしかないでしょう。ロボスが内心、どのような気持ちで本作戦に望んでいたのかは原作や旧アニメでもいくつかの描写があります。しかし、少なくともノイエ銀英伝においては軍司令官としての積極性や主体性にかけるような描写が目立つ人物だと言えるでしょう。   もう一つの「目的のためには必要な犠牲を厭わず実行できる」という点については、ロボス自身が犠牲を強いられるような場面がほぼ登場しないためにあまり良くわかりません。彼が率いる部下にはもはや十分すぎるほどの犠牲が出ているものの、彼自身がそれをあまり気にしていないように見えるため、それを「犠牲」と捉えるべきかどうかははなはだ疑問です。   そもそも、以上2点のポイントは「軍の指揮官としての資質」を判断するためのものでした。前述の通り、ロボスはもうすでに「軍人」としての枠を外れた人物なので、軍人として評価すること自体が間違っていると言えるかもしれません。同盟軍の不幸は、そのような人物を総司令官に任命してしまったことでしょう。   ヤンが出征の前にユリアンと話していたとおり、ロボスの上司に当たる最高評議会ら政治家の腐敗が今日のような事態を招いた根本的な元凶だと言えます。... 続きを読む

ノイエ銀英伝12話感想・考察その1「メカニックとの対立を回避したポプラン」

12話「死線(後編)」 ~現場に波及する、意識の違いに基づく対立~

同盟軍を領土内に誘い込むラインハルトの策略により、同盟軍は補給の危機に見舞われていた。当初は平穏が保たれていた占領地住民との関係も破綻し、兵士たちは補給を待ちながら残り少ない食料を分け合っていた。   ジークフリード・キルヒアイス中将は、同盟軍の補給艦隊を捕捉、攻撃を仕掛ける。わずかな犠牲で補給艦隊を壊滅させた帝国軍は、ラインハルトの指揮のもと全面的な反撃を開始した。ウランフ中将率いる同盟軍第十艦隊は、ビッテンフェルト中将の帝国軍黒色槍騎兵艦隊と遭遇。ビッテンフェルトは惑星を盾にして死角からの攻撃を開始する。他の同盟軍艦隊も次々に帝国軍と接触し交戦状態に突入していく。   ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、濃いガス帯に覆われた周辺星域の特徴を利用し、 空戦隊による接近戦で敵を撹乱してからの脱出する計画を立てる。オリビエ・ポプラン大尉、ウォーレン・ヒューズ大尉、サレ・アジズ・シェイクリ大尉、イワン・コーネフ大尉ら、第八十八独立空戦隊出身のパイロットたちは、スパルタニアン(艦載機)で出撃し、帝国軍のワルキューレと戦闘を開始した。   ところが、機体は思うように動かず、ヒューズ、シェイクリらは戦死してしまう。帰投したポプランはメカニックのトダ技術大尉に詰め寄るも、彼らが補給不足のために十分な食事が取れていないことを知る。ポプランはトダに非礼を詫び、今度こそ帝国に一矢報いることを誓った。    

なぜラインハルトは同盟の動きを察知できたのか?

ラインハルトの計画では、補給が滞った同盟軍に後方からの補給が行われる際、それを襲った直後のタイミングで反撃することになっていました。補給が不足し、兵士たちが精神的にも肉体的にも疲弊する状況を待ってから攻撃することで、戦況を有利に導く意図があったと考えられます。   ですが、そのためには後方から補給艦隊が出撃したことをいち早く察知しなければなりません。劇中では特に語られていませんが、同盟軍の占領地周辺にも少数の偵察部隊を潜ませていたとみて間違いないでしょう。   今回の戦場は帝国にとっては自国領に当たります。当然、星域間の主要な航路はすべて把握しているでしょう。補給艦隊はイゼルローンを経て各前線部隊へ補給を届けるはずですから、それらの航路のいずれかに偵察部隊を潜ませておけば、動きを察知するのはそう難しくないはずです。  

補給艦隊の司令官は「無能」だったのか?

キルヒアイス艦隊と接触した同盟補給艦隊の司令官は、呑気にチェスに興じるなど全く危機感のない様子でした。おそらく自分自身が最前線にいるという自覚がないために、緊張感を持たなかったのでしょう。2万隻もの敵艦隊が現れた際も、なぜ自分たち補給艦隊が狙われたのかその戦略的な意義を理解できていませんでした。   この司令官が軍人として無能だったのは間違いありませんが、どちらかというとこういった描写は「前線と後方との意識の差」を強調する演出として解釈したほうがいいでしょう。もしかしたら、前線で戦う各艦隊の中にも、彼のような「無能な軍人」はいたかもしれません。しかし、彼らはすでに補給に窮し、苦しい状況に立たされています。このように緊張感のある状態であれば、たとえ無能な軍人であっても生き残るために最善を尽くそうと試みることでしょう。   12話ではこの後、同盟軍と帝国軍との戦いが描かれますが、その際この司令官のようなわかりやすい無能な軍人は登場しません。ですが、それは「前線には有能な軍人がいて、後方には無能な軍人がいる」ということではなく、単純に危機感の違いが行動に現れた結果だと言えます。こうした演出は、華々しく戦う者たちを美しく描きながらも、特定の役割を持つ者たちだけが「悪役」に見えないようにする配慮だといえるでしょう。その意図はすぐ次のシーンに当たる「空戦隊とメカニックの衝突」にも現れてきます。  

立場が違う者たちの「意識の違い」が描かれる

第十艦隊が帝国軍と接触したのを皮切りに、同盟軍の各艦隊は帝国軍との戦いに突入していきました。ヤンの第十三艦隊は撤退の準備こそ整えていたものの、すぐには引かず「ガスが濃い」という周辺星域の地の利を活かして接近戦を行った後、スキを見て脱出しようと計画します。すでに帝国領の奥深く進行してしまっているため、単純に引くだけでは却って追撃による危険が大きいと判断したのでしょう。   ポプランら空戦隊は出撃前には冗談を言い交わすなど強い自信と余裕を見せていました。彼らの描写は限られていますが、ベテランのパイロットであることはそのふるまいからひと目で分かります。ところが、戦闘に突入するや目立った活躍を見せることなく2名があっさり撃墜されてしまいました。戦いの最中、「照準が狂っている」、「出力が上がらない」といったセリフがあったように、彼らは整備不良によって思うように実力を発揮できなかったことが後に判明します。   当然、ポプランはメカニックを責め立てますが、対応したトダ技術大尉から「メカニックはほとんど飲まず食わずの状態にある」と告げられ思わず動揺する様子を見せました。メカニックらはトダ「技術大尉」という階級からもわかるとおり、兵士というよりも「技術屋」です。彼らのような技術将校は戦闘行為には参加せず、戦闘を行う兵士たちのサポートを行います。   https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1017336845   人的資源が枯渇している同盟の現状を考えれば、民間から徴用されたメカニックも数多くいたでしょう。さらに、補給が滞っている前線では、いざというときに戦闘に参加しない彼らへの食料配分は、それ以外の兵士たちと比べてかなり減らされていたと考えられます。戦いに負ければ彼らも命が危ないわけですから、さすがに意図的に整備ミスを見逃した可能性はないでしょうが、自分たちとは違い十分な食事をとっているパイロットたちに対して、鬱屈した感情を抱えながら整備を行っていたかもしれません。   ポプランは事情を察するや、すぐ彼らに謝罪しましたが、もしそうでなければ同盟軍は通常の士官と技術士官との間に見えない軋轢を生じさせてしまっていたかもしれません。あるいは、劇中で描かれていないだけで、同様の問題は各艦隊の、さまざまな場所ですでに顕在化しているとも考えられます。   11話「死線(前編)」における主要なテーマは、フォークやロボスといった司令部、本国にある最高評議会と前線との「意識の違い」です。特に司令部と前線との対立は危険な水準に達しており、「中間管理職」であるグリーンヒル総参謀長は頭を悩ませていました。   今回は、こうした部門ごと・立場ごとの意識の違いがまた別の側面から描写されたといえます。ポプランは自分と異なる立場にあるものの意識に触れ、行いを正しましたが、フォークやロボスには未だそれができていません。他者を理解し現実を正確に受け止められるものと、そうでないものがそれぞれどのような今後を歩むのか注目していきましょう。... 続きを読む

ノイエ銀英伝11話感想・考察その2「理想を実現できない同盟と勝利に近づく帝国」

11話「死線(前編)」 ~反撃に動き出すラインハルト~

イゼルローンから同盟軍前線へ補給艦隊が派遣される情報を察知したラインハルトは、キルヒアイスに迎撃を命じる。ラインハルトはキルヒアイスが内心、民に犠牲を強いる今回の作戦を快く思っていないことを察したが、キルヒアイスは優しく微笑み命に従った。   ラインハルトは提督たちを集め、出陣の盃を交わす。キルヒアイスが敵補給部隊を殲滅するのと同時に同盟軍を攻撃し、奪い返した領土の臣民には食料を供給する計画であった。諸提督の艦隊を率いて、ラインハルトが登場する旗艦ブリュンヒルトも戦場へと出撃する。    

補給艦隊の攻撃までラインハルトが反撃しなかった理由

同盟軍の司令部と前線指揮官の連携が乱れる中、帝国軍がいよいよ反撃の動きを見せ始めます。同盟の攻撃に対して今まで沈黙を保っていた帝国軍ですが、「イゼルローンから補給部隊が出撃した」との報を受け、ラインハルトはこの補給部隊を襲うことをキルヒアイスに命じました。   かつてヤン・ウェンリーは、「戦場につくまでは補給が、ついてからは指揮官の質が勝敗を左右する」と語っていました。今回はまだ帝国と同盟は戦闘に至っていないので、現段階で重要なのは補給だと言えます。ラインハルトが同盟の補給線をつくのを狙っていることはすでに判明していましたが、まさに戦術の常道に則った戦い方だと評価できます。   補給部隊の出撃が確認されるまで反撃を行わなかったのも、敵の補給に問題が生じたかどうかを見極めるためだったのでしょう。ヤン・ウェンリーはウランフ提督と撤退の相談をしたとき「撤退のタイミングが早すぎる、罠だと敵が考えてくれれば無傷で逃げられる可能性もある」と話していました。ラインハルトの立場からすると、敵を確実に仕留めるためには同盟軍が飢えつつある確実な兆候を掴む必要があります。「補給艦隊が見つかったらそれを攻撃。それと同時に全面攻勢に出る」というタイミングは、まさにベストな選択だったと言えるでしょう。  

ラインハルトを「変えた」オーベルシュタインの存在

ラインハルトが今回選択した「敵を領土内に誘い込む」という戦術を巡っては、キルヒアイスとの間にわずかな見解の相違が見られる様子が描写されています。これまでキルヒアイスは、ラインハルトの考えを全面的に支持していましたので、物語の中では初めて見られた兆候だと言えます。   このような兆候が現れたのは、オーベルシュタインが陣営に加わったからでしょう。オーベルシュタインは初登場時や陣営に加わる段階で、繰り返しキルヒアイスと対比されてきたキャラクターです。彼が陣営に迎え入れられたことでラインハルトの行動に変化が生じ、それがキルヒアイスとの相違として現れ始めている様子が描かれているのでしょう。   しかし、2人の違いは少なくとも現段階においてそれほど大きなレベルには至っていません。ラインハルトは不本意な作戦に従っているキルヒアイスを思いやる素振りを見せていますし、キルヒアイスもそんなラインハルトに笑顔で返しています。  

キャラクターのセリフに見る同盟と帝国の対比

ラインハルトは出撃に際し、部下の提督たちを集めて酒を酌み交わし、ワイングラスを叩き割ります。   これは「別盃」という習わしで旅行など生きて帰れるかわからない危険な場所に向かうにあたって水盃を交わす習慣が変化したものです。人が亡くなったとき、水に口を含ませる末期の水(死に水)という習慣がありますが、危険な場所で突然亡くなってしまうような場合、いちいち口に水を含ませるような余裕があるとは限りません。そこであらかじめ出発する前に水盃を交わしておき、盃を割ることで「二度とこの盃は使わない(生きては帰らない)」という決意を固める儀式です。ちなみに、無事生還できた場合は「生まれ変わった」とみなされ先に行っていた別盃の意味は失われます。   ラインハルトの挨拶に先立ってあらためて作戦内容を説明したオーベルシュタインは、「補給部隊襲撃と同時に我が軍は大攻勢に転じます」と語りました。この「大攻勢」は明らかに10話「幕間狂言」で同盟軍のフォーク准将が語った「大攻勢」という言葉と対比されたものでしょう。フォーク准将の言葉が口先だけの弁舌だとすれば、オーベルシュタインの言葉は現実に有効な戦略として機能しているという点で大きな相違点があります。   ラインハルトは諸将に向かって「此度の戦いに勝ち、我らこそ地統べる力秀でたることを事実によって知らしめるのだ」と檄を飛ばしました。このセリフは、ビュコックがフォークに投げかけた「貴官は自己の才能を示すのに弁舌を持ってではなく、実績を持って示すべきだろう」というセリフに対応しています。ラインハルトはまさにビュコックが発言したとおり、自分自身の力量を勝利という結果によって示そうとしているのです。   個々のセリフに注目すると、「同盟軍にできなかったことを帝国軍が実践している」という事実に気がつくことができるでしょう。... 続きを読む

ノイエ銀英伝11話感想・考察その1「ロボス、フォーク、グリーンヒルそれぞれの立場」

11話「死線(前編)」 ~上司と部下と中間管理職~

自由惑星同盟遠征軍はイゼルローン要塞より出撃。帝国領の占領を開始した。貴族階層はすでに逃げおおせており、残っているのは民衆のみ。予想に反して占領は容易に進むが、困窮した民衆は食料を要求してくる。補給計画を担当するキャゼルヌ少将は、全軍の2倍以上にも上る捕虜へいかに食料を供給するか頭を悩ませていた。   最高評議会で作戦継続の是非が問われるが、結果は否決。前線へと食料が運ばれるものの、すでに物資は枯渇しつつり同盟軍は危険な状態へと突入していた。諸提督は口々に司令部への不満を口にし、反感を募らせる。   ヤン・ウェンリーは第十艦隊司令官ウランフ中将と通信し、「補給が尽きる前に、速やかに撤退すべき」と意見を述べる。ウランフもこれに同調し、第五艦隊司令官ビュコック中将から他の提督、司令部への根回しを行ってもらうこととした。ところが、ここで第八艦隊の占領区で大規模な暴動が発生。同盟軍は占領地の民衆との間に決定的な亀裂を生じさせた。   ビュコックは撤退の裁可をもらうべく、ロボス元帥に通信会談を申込む。しかし、ロボスは姿を表さずフォーク准将が対応する。大言壮語を吐きながら他人に無理難題を要求するフォークをビュコックは一喝。フォークは精神的な発作を起こし倒れてしまう。   フォークに変わって説明に現れたグリーンヒルが「総司令官は現在休んでいる。敵襲以外は起こすなと命令されている」とビュコックに伝える。ビュコックは呆れて通信を切り、司令官の許しをまたずに撤退の準備を始めた。    

焦土戦術を選んだラインハルト

始まる前からさまざまな課題が表面化していた、同盟軍による帝国領侵攻作戦がいよいよ開始されました。予想に反して帝国軍の反撃はなく、占領地の住民も素直に同盟軍に従う様子を見せました。ヤン・ウェンリーもこうした状況に対して特にコメントを発していません。敵領土内への侵攻という初めての事態ですから、敵がどう対応してくるか正確に予想するのは難しかったと考えられます。   この段階で気になるのは、帝国民衆が飢えており食料を必要としていたことでしょう。10話「幕間狂言」のラストで明らかにされたとおり、ラインハルトは同盟軍を領土内へ深く誘い込む戦略をとると明言しています。従って、反撃がないことも貴族階級が占領地から脱出していたことも、彼の策によるものだったと考えていいでしょう。   過去の話の中に出てきた飢えた民衆の姿を見る限り、帝国の民衆には元々食料が不足していたはずです。しかし、「解放軍」を名乗る同盟への負担を強いるために、ラインハルトが占領地にあった食料をあらかじめ持ち去っていたのかどうかはわかりません。  

無責任かつ信念のないロボス

前線からの報告や、補給を預かるキャゼルヌ少将からの意見具申を受けても、総司令官であるロボスは状況の深刻さを理解していない様子でした。単純に彼が無能だからと片付けることもできますが、それ以外にも理由は考えられます。   10話・11話での言動や振る舞いを見る限り、ロボスは「軍人」というよりも政治家や官僚としての性質のほうが強い人物です。補給物資について「足りなければ本国に要求を伝えればいい。官僚は反発するかもしれないが、政治家は送らない訳にはいかないだろう」とキャゼルヌに回答していることからもそれが見て取れます。つまり、ロボスは補給物資が足りないことを「軍事的な脅威」ではなく、「政治的に対処すべき問題」だと考えているわけです。   おそらくロボスは、今回の遠征について以下のように考えているのではないでしょうか。   ・自分は軍人であり、政府が「やれ」といった作戦を実行しているだけ ・その過程で補給物資が必要になったのだから、政府に要求すればいい。対応するのは政府の責任。 ・政府は政権維持のために今回の出兵を計画したのだから、政略的に考えて物資を送らないわけがない。   以上のような要素は、すべて間違いとはいえません。実際、このあと最高評議会は最終的に、補給物資の追加と作戦の継続を決定しています。従って、ロボスの読み自体は正しかったといえるわけです。   しかし、客観的に見るとこうしたロボスの態度は極めて近視眼的な見方であり、国家や軍全体に利益をもたらすものとはいえません。「問題が解決できなくとも、自分が責任を負わされなければそれで良い」、「自分は言われたことを言われたとおりにやっているだけでよい」という姿勢には、責任感も使命感もありません。全軍の総司令官として、決定的に必要な資質が欠けていると言わざるを得ないでしょう。  

ヤンがウランフに撤退を相談した理由

実戦部隊を指揮する同盟軍の提督たちは、こうした司令部と政府の姿勢に怒りを顕にします。実行計画を決める会議の際は明確な反対をする者こそ少なかったものの、自分の部下たちが飢えることになるとあってはこれ以上おとなしくしているわけにはいかないと考えたのでしょう。   当初から出兵自体に反対であり、補給に問題が生じることを予測していたヤン・ウェンリーは、まずウランフ中将に「撤退するべきだ」と相談を持ちかけます。自分以外の提督たちも撤退に気持ちが傾いているかどうか確かめるためのサンプルとして、彼を選んだのでしょう。   ビュコックは第十三艦隊が発足した時点から、ヤンを陰ながら支持してくれていることがわかっていますし、この後ほかの提督たちを説得してもらう役目を引き受けてもらわねばなりません。ウランフはといえば、行動計画策定会議においてヤン・ビュコック・キャゼルヌ以外に慎重論を唱えた提督の一人です。自分の考えを支持してくれる可能性が高いと考えた結果の人選だと考えられます。  

フォークが軽く叱責されただけで発作を起こした理由

ビュコックはロボスに会談を申込み、彼に変わって対応したフォークと問答に発展します。結果としてフォークは突如発作を起こし倒れてしまうのですが、いくら病気とは言えそれほど強く叱責されたわけでもないのに唐突に倒れたのを不自然に感じた人もいたのではないでしょうか。   描写されているシーンこそ少ないものの、実はビュコックとの会話以前からフォークが精神的に追い詰められていたことを示すシーンがあります。通信が始まった当初、フォークは作戦会議でのシーンと同様、詭弁や規則を盾にした言い訳でビュコックに反論していました。   ところが、参謀として無謀な作戦計画を立てたことへの責任を問われると、頬を引きつらせ表情を固くします。おそらく、フォークもこのビュコックとの通信の前から戦況が悪化していることを察しており、作戦が失敗して自分が責任を負わされることになるのを予期していたのでしょう。それを直接ビュコックから指摘されたために、動揺を隠しきれなくなったのだと思われます。   その後、ビュコックは作戦そのものの是非ではなく、フォークの軍人としての能力や人間性に論点を移しました。これはフォーク自身が自分の意見に反対する相手に反論するときによく用いていた方法です(ただし、個人に対する誹謗中傷ととられないよう言葉を巧みに選んでいましたが)。ビュコックはヤンや同盟軍の諸軍人から信望を集めるほどの人格者であり、本来こういった「相手を言い負かすための論法」は用いたくなかったはずです。それでも今回、そうした態度に出たのは、本人が語ったとおり「フォークの大言壮語に付き合うのに飽きたから」でしょう。   フォークはビュコックの態度が変わったことにも苛立ちを覚えた様子で、手を押さえるような仕草をします。その後、再び顔を引きつらせ、目が大きく泳いだ後に卒倒してしまいました。   このシーンだけに注目していると、ビュコックに叱責されたことが原因で発作を起こしたように見えますが、彼がどのような文言に反応したのかと、徐々に様子がおかしくなっていっている過程に目をやると、実際にはビュコックによる叱責は単なる引き金に過ぎなかったことが理解できるはずです。「自分の思い通りに作戦が進まないこと」、「作戦が失敗したら、自分が責任を負わされること」に会見の時点で強い恐れと不安を感じており、それが顕在化したことが発作の直接的な原因だと考えていいでしょう。   フォークは作戦参謀として、常にロボスの傍らにいました。ロボスは政治家職の強い軍人なので、実務的な仕事はすべてフォークら部下に任せていた可能性が高いと考えられます。フォークもそうした状況を利用し、自分にとって都合のいい情報だけをロボスの耳に入れ、そうでない情報は伝えないこともあったのではないでしょうか。もしそうであれば、ロボスが昼寝をしていてビュコックとの会談に応じられなかった事態が生じた原因の一部も、フォークにあると言えるかもしれません。   しかし、そんなその場しのぎの方法が通用するのはあくまで戦局が有利に働いているときだけです。同盟が危機に陥りつつある現時点において、もうフォークは己の立場を守ることはできません。  

グリーンヒルにみる中間管理職の悲哀

フォークが去り、代わって対応したグリーンヒルは「ロボス総司令官は休んでいるので合うことはできない」とビュコックに告げます。グリーンヒルは少なくともロボスやフォークと同様、単純に無能なだけの軍人には見えません。それなのに彼がこのような杓子定規ともとれる対応をとったことに疑問を持った人もいるのではないでしょうか。   こうしたグリーンヒルの態度は、彼の人柄と立場を考えると理解できます。グリーンヒルは総参謀長という立場にありますが、実質的には司令部と実戦部隊との間を取り持つ「中間管理職」としての役割を果たしています。組織の中で「上と下」との関係を円満に保つことが主な仕事です。   もし彼がここでロボスを起こし、ビュコックとの会見に連れてきたとしたらどうなるでしょうか?ロボスは「現場が危機的な状態にあるときにのんきに昼寝をしていた司令官」という評価が確定してしまい、彼の面目は失われてしまいます。そうなれば、たとえ内心ではビュコックの撤退意見に賛成したとしても、メンツを失うのを恐れて感情的に撤退を許さないかもしれません。現実的に可能性は皆無であるものの、もし帝国軍の反撃がなく本国からの補給が間に合えば、ここで撤退を許さなかったとしてもロボスの過失とはなりません。   実際、現在おかれている状況に対して、論理的に考えられる最善の策をとろうとするよりも、自身のプライドや対面を保つことを優先する人間は世の中に大勢います。ロボスは「政治家職の強い軍人」ですから、「そういう種類の人間」だと見て間違いないでしょう。従ってグリーンヒルのとった行動は「上と下」との間に決定的な衝突を生まないための中間管理職としてのやむをえざる配慮だったと考えられます。   遠征計画の会議の際も、積極策を押すロボスとフォークと、慎重論を唱えるヤン・ビュコック・キャゼルヌらの意見がぶつかり合いそうになった際、グリーンヒルは「(迎撃の任に当たるであろう)ローエングラム伯ラインハルトはまだ若い。失敗する可能性もある」と主張してヤンの慎重論に釘を差そうとしていました。   これはグリーンヒルが本気でラインハルトの能力を軽んじていたと考えるよりも、「会議の中で積極論と慎重論との対立色が強まり、それが『上と下の対立』となることを恐れたから」と考えたほうがより適切でしょう。単純に中間管理職として「上と下」との対立を緩和する緩衝材になろうとしていたのだと思います。... 続きを読む

ノイエ銀英伝10話感想・考察その3「ヤンがイゼルローン攻略を任された真の理由」

10話「幕間狂言」 ~シドニー・シトレの後継者となったヤン~

帝国領侵攻作戦の行動計画を決める会議は、発案者であるフォーク准将主導のまま得るところなく終わった。会議を終えた後、ヤン・ウェンリーは統合作戦本部長シドニー・シトレと2人で語り合う。シトレは「最小限の犠牲で遠征が失敗することを願う」と本音を吐露した。   フォーク准将を始め、軍内部には無能な軍人や腐敗した軍人が大勢いる。シトレがヤンの辞表を却下したのは、こうした動きに対抗してほしいと願う心からだった。ヤンのように有能で良心を持った軍人が高い地位に登れば、フォークのような軍人の台頭を抑えることができる。   一方、帝国首都星オーディンではラインハルト・フォン・ローエングラム元帥が部下の提督を集め、同盟の侵攻に対する迎撃の方法を協議していた。フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将、ウォルフガング・ミッターマイヤー中将らは回廊出口での迎撃を主張した。しかし、敵に決定的な打撃を与えることを企図するラインハルトは、同盟軍を帝国領内に誘い込むことを提案、オーベルシュタインに具体的な作戦を説明させる。   宇宙暦796年8月22日。自由惑星同盟遠征軍は総司令部をイゼルローン要塞内に設置。あい前後し、3000万の同盟軍将兵は艦列を連ね、一路帝国領遠征の途についた。    

キャラクターのリアクションに注目

今回取り上げるのは、遠征のための会議終了後のヤンとシトレの会話、及び帝国におけるラインハルトと部下たちの会話です。今回は、各キャラクターのリアクションに注目して、それぞれのキャラクターがどの場面で、どんな感情を抱いているのか考えてみたいと思います。  

イゼルローン攻略を命じたシトレの本心

話し合いの最中、ヤンは上官であるシトレに対して背を向けるかのような姿勢をとっています。シトレもそれを受け入れていることから、2人は直前に行われた会議について、共通してなにか思うところがあり、それについて話し合うために2人きりになったのだと解釈していいでしょう。つまり、「お互い、同じ話題について話したいことはわかっているが、気まずいので姿勢をそらしている」ということです。   シトレは「イゼルローンを占領したことが遠征の遠因になった」と語りました。おそらく、2人が気まずい状態になっていたのはそれが原因でしょう。シトレはヤンに「イゼルローンをとればトリューニヒトら主戦派を抑えられる上に、君自身の立場も強固になる」としてイゼルローン攻略を命じました。ところが、実際はまったく真逆の結果になってしまいました。2人がお互いに気まずさを感じていたとしても無理からぬことでしょう。   従って、これ以後のシトレの語りは、今回の事態を招いたことへの「言い訳」と捉えることができます。特に、以下の一文は彼が主張したかったことの要点を述べている部分です。   どんな国家でもその双方(権力と武力)から無縁ではいられない。とすれば、無能で腐敗したものよりそうでないものの手に委ねられ、理性と良心に従って用いられるべきなのだ。   「権力と武力は理性と良心を持つ有能で信念ある人物に委ねられるべきだ」と置き換えることもできます。この後の話で「無能で腐敗したもの」の例としてフォーク准将の名前を挙げており、それとヤンを対比させているわけですから、ここでいう「理性と良心を持つ、有能で信念ある人物」とはヤンのことであるとわかるはずです。   以上の一文で示された内容は、おそらくシトレ自身の信念なのでしょう。だからこそ、彼は自らの理想を実現してくれる人間としてヤンを選び、彼を軍の支配的な地位に登らせるべくイゼルローンの攻略を命じた、というのが彼の本音だったと理解できます。   5話「第十三艦隊誕生」においてキャゼルヌ少将は「シトレは自分が次の選挙で勝つためにやんを利用しようとしているのではないか」と疑っていましたが、実際はそうではなくシトレもまた「信念の人」であったことが初めて本人の口から確かめられることになりました。  

ヤンが驚きの表情を見せた理由は?

シトレの話を聞いている最中のヤンのリアクションに注目してみてください。黙ってシトレの話を聞いていたヤンでしたが、「フォーク准将、あの男はいかん」という言葉を聞いたとき、ハッとしたような表情を浮かべています。なぜこのようなリアクションをしたのでしょうか?   ヤンは会議中、ユリアンとの会話を思い返すなど終始上の空の様子でした。「自由の国である同盟では、政治家が決めた遠征を覆すことはできない」という考えから、議論することの無駄を悟り半ばあきらめていたのでしょう。遠征に前向きなフォークやロボスについても、自身の献策を取り上げなかったかつての上司、パエッタ中将と同じ「無能な軍人」のひとりとして捉えていたと考えられます。そのため、シトレが特にフォークを名指しで「危険」と表現したことの理由がわからず、驚いたような表情を見せたのでしょう。   シトレが「フォークは軍人として最高の地位を狙っている(だから危険だ)」と告げたとき、ヤンは「なるほど」と答えながらシトレに背を向けます。おそらく本音では「なんだそんなことか。出世欲の強い無能な軍人なんていくらでもいるだろう」と思い、興味が削がれていたのではないでしょうか。しかしその後「フォークがライバル視しているのは君(ヤン)だ」と告げられ、驚きつつシトレを振り返っています。   ここまでくると、シトレがヤンを引き止めた本音もかなりわかりやすくなってくるでしょう。シトレには「権力と武力は有能で信念ある人物に委ねられるべきだ」という考えがあります。しかし、現実ではフォークを始めとする、無能で腐敗したものが権力の座を手に入れようと息巻いており、同盟の将来は非常に危険な状態です。同盟の未来を明るい方向へ導くため、無能で腐敗したものへの対抗馬としての役割をヤンに期待していることがわかります。  

後継者として、シトレの後ろを歩き出すヤン

シトレの本心を理解したヤンは、シトレが自分に与えようとしている課題を「重すぎる」と評価し、暗に「言いたいことはわかったが、できればやりたくはない」と伝えました。自分ひとりが国の将来を背負わされることになるわけですからこうした反応をするのも無理はないでしょう。ですが、シトレはこうしたヤンの姿勢を「怠け根性だ」と無視し、軽く笑いを浮かべます。このシトレの微笑みにはどんな意味が隠されているのでしょうか?   自分が笑ったのを見て驚くヤンに、シトレは「自分はこれでもいろいろ苦労をしてきた」、「後を託すものにも苦労をしてもらわないと不公平というものだ」と話します。実は、これらの話は直前の話題とつながっているのですが、シトレが笑った理由が理解できないと解釈するのが難しいかもしれません。   シトレがヤンを笑ったのは「自分もかつて同じ経験をしたから」ではないでしょうか。つまり、シトレもかつてはヤンと同じ「自分にできる範囲でできることをやり、後は気楽に暮らしたい」と考えている「怠け根性」の持ち主だったものの、何らかの理由でそうした姿勢を貫くことができなくなってしまった、ということです。   シトレが「怠けるのを断念した理由」も今回の会話の流れからおおよそ察しがつきます。過去のシトレにも、今のヤンから見た自分自身に当たるような「無理難題ばかりを言ってくる上司」が存在したのではないでしょうか。そしてあるとき、自分が上司の「後継者」に選ばれたということ、「無能な軍人に対抗しうる、有能で信念ある人物」として認められたことに気がついたのではないでしょうか。「自分は苦労してきたのに、後継者のお前が同じように苦労しないのは不公平だ」というのは、おそらく本音ではなくシトレなりのユーモアでしょう。   会議室を出る際、シトレが先に出口に向かい、ヤンが彼の後を追って歩き出します。この光景は、ヤンがシトレの理念に共感し、彼が背負ってきた重みを受け継ぐことを決意し、後継者となったことをビジュアルで表していると解釈できるはずです。  

防衛戦で「攻勢」を主張したラインハルトの斬新さ

続いて、ラインハルトと部下たちの会話に注目してみましょう。ラインハルト麾下の提督たちは、彼から告げられて初めて同盟軍に大規模攻勢の計画があることを知ります。史上初の事態ですから、提督たちの表情にも緊張している様子が伺えます。   ところが、ラインハルトはここで口元に笑みを浮かべました。「帝国軍のほかの部隊は頼りにならない」、「功をあげて昇進するチャンスだ」と部下たちを鼓舞します。上官がこのように余裕たっぷりの態度を見せたことで提督たちの緊張もほぐれ、表情が和らぎました。   ラインハルトはここでじっくりと部下たちの様子を観察し、緊張がほぐれたのを確認してから「卿らの意見が聞きたい」と話し始めています。もしこの工程を挟んでいなかったとしたらどうなっていたでしょうか?今回の同盟の侵攻は、帝国にとっても前代未聞の事態です。緊張したまま会議をスタートしたのでは、提督たちの考えも後ろ向きになり、慎重論が多数になっていしまっていたかもしれません。   後の展開をみればわかるように、ラインハルトは同盟軍に逆攻勢をかけることを狙っています。そのためには最初から議論の方向性が前向きになっていたほうが望む方向に結論を誘導しやすいはずです。もちろん、専制政治の帝国ですから、上官であるラインハルトが「こうしろ」といえば部下に選択権はありません。しかし、あえて部下の意見を聞く姿勢を見せることで求心力を高めることもできるでしょう。このように見ると、ラインハルトは実に巧みに会議の雰囲気を操っていることがわかります。  

自分の望む方向へ話を誘導するラインハルト

ラインハルトの目論見は完全に功を奏しました。意図したとおり、提督たちの中でも特に強気なビッテンフェルト、ミッターマイヤーらが「回廊出口での包囲」を主張したのです。実際には帝国は攻められる側、つまりは防衛戦であるのに「大軍を少数で迎え撃つ」という部分に含まれる受け身の要素が、功に流行る提督たちの戦意によって「敵を一歩も領土内に入れることなく迎撃する」という前向きな言葉に置き換えられているのです。   ラインハルトはビッテンフェルトらの主張を褒め称えた上で「単に敵を防ぐだけではなく、逆に攻勢をかける」と主張しました。防衛戦なのに敵に攻勢をかけるという意外な主張に、提督たちは驚きの表情を浮かべます。   もし、ラインハルトが前述のような手順を踏まずに最初からこの策を主張していたとしたら、どうなっていたでしょうか?おそらく、この後ビッテンフェルトが疑問を呈したように「叛徒どもに帝国領への侵入を許すのか」と反対する声がほかの提督たちからもあがったはずです。しかし、先に提督たちの戦意を鼓舞し、かつ特に強気な発言を褒めた上で「敵を水際で食い止めるよりも、さらに大きな打撃を与える方法」として、帝国領内への誘い込みを提案したことによって、反対意見は一切出ることがありませんでした。   その後はラインハルトに代わり、オーベルシュタインが具体的な作戦計画の説明を始めます。そもそも、今回の迎撃戦略自体が彼の発案によるものである可能性は高いでしょう。彼が発言する前に、ミッターマイヤーやキルヒアイスが訝しげな視線を送っており、彼は他の提督からは必ずしも快く思われていない様子が伺えます。   おそらく、前述のような会議の流れを作った上でオーベルシュタインに発言させるというところまでラインハルトの計算通りだったのでしょう。最初から敵を領内に誘い込むことを提案したり、その策をオーベルシュタインに説明させようとしたりしたのでは、部下たちの不安を呼び起こしたり、オーベルシュタインを快く思わない提督たちからの不必要な疑念を生んでしまう可能性もあります。   専制政治が行われている帝国にありながら、形式的に部下たちの意見を取り上げつつ、議論を自分の望む方向へと誘導していくラインハルトの姿は、まさに権力と武力を行使するのに最適な「有能で信念ある人物」の姿だと言えるかもしれません。... 続きを読む

ノイエ銀英伝10話感想・考察その2「フォーク准将の雄弁・詭弁」

10話「幕間狂言」 ~目的と必要性のない出征~

同盟軍は主要な提督、参謀を集めて帝国領侵攻作戦についての会議を行っていた。総司令官には宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥が任命され、全軍の6割に当たる8個艦隊が投入される旨が伝えられる。   ヤン・ウェンリーは会議の最中、ユリアンと今回の出兵について話していたときのことを思い出す。自身が指揮したイゼルローン攻略での犠牲があまりにも少なかったため、主戦論が勢いづいてしまったこと、選挙が近いために、支持率回復を目指す最高評議会が政治的な思惑から戦争を始めようとしていることなどを危惧する。   会議は侵攻作戦の具体的な内容を話し合うことが目的であったが、作戦立案者であるフォーク准将は抽象的な観念論を振りかざし、作戦内容については「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する」と述べるのみであった。第十艦隊司令官ウランフ中将、第五艦隊司令官ビュコック中将らは「作戦の目的を明らかにせよ」と詰め寄るが、「出兵そのものが帝国にとっては打撃となる」と主張するロボス元帥の意見もあり、議論は硬直する。   ヤン、ビュコック、キャゼルヌ少将らは戦線が伸び切り兵力が分散すること、補給が難しくなることなどを挙げて慎重論を唱えるが、フォークは詭弁ともとれる弁舌で反論し、まったく議論はかみ合わない。ヤンは「自由の国である同盟の軍人である以上、選挙で選ばれた政治家が行った決定には従わざるを得ない」と、再びユリアンと会話した際の自身の発言を思い返していた。    

同盟史上最大規模となる動員兵力

最初に、今回の同盟による帝国領侵攻作戦の陣容をご紹介しましょう。   【遠征艦隊司令部】 総司令官:ラザール・ロボス元帥 総参謀長:ドワイト・グリーンヒル大将 作戦参謀:コーネフ中将 以下3名 情報参謀:ビロライネン少将 以下2名 後方参謀:アレックス・キャゼルヌ少将 以下1名   【実戦部隊】 第三艦隊:ルフェーブル中将 第五艦隊:アレクサンドル・ビュコック中将 第七艦隊:コーウッド中将 第八艦隊:アップルトン中将 第九艦隊:アル・サレム中将 第十艦隊:ウランフ中将 第十二艦隊:ボロディン中将 第十三艦隊:ヤン・ウェンリー中将 (その他独立部隊含む) 総勢:3022万7400名   同盟だけでなく、帝国やフェザーンもその動員兵力を聞いたときに驚きの声をあげていたことから、この陣容がかつてないほど大規模なものであるとわかります。  

「選挙のため」の開戦に憂鬱なヤン

ヤンはキャゼルヌの説明を聞きながら、ユリアンとの会話を思い返していました。自分が難儀性もなしにイゼルローンを攻略してしまったために、かえって不必要な戦火拡大を招いてしまった奇妙な因縁に思いを馳せていたのです。イゼルローン攻略がうまくいきすぎて国内の主戦論が息づいたこと、選挙を見据えた政治家が軍事的な成果を望んだことが今回の開戦の理由でした。   現実にも、政治的・軍事的現実より政略的な思惑が優先されてしまうケースは多々あります。一部の政治家の個人的な都合や政治的抗争で有利に立つことが優先されて政治的決定が歪められてしまうのです。今回は特に動員兵力が多く、同盟で初めてとなる帝国領への侵攻になるという点に問題がありました。   本来なら、こうした政略的都合まで計算に入れた上で振る舞い方を変えるほうが、政治家も軍人も賢いやり方ではありますが、一軍人に過ぎないヤンにそこまで期待するのは無茶というものでしょう。  

個人的都合で国を動かしたフォーク准将

その点、本作戦の発案者であるフォーク准将は極めてうまく立ち回ったと言わざるを得ません。9話「それぞれの星」において、今回の侵攻作戦は若い作戦部の士官=フォーク准将が直接国防委員会に持ち込んだことが判明しています。つまり、政治的な目的から発案されたわけではなく、「一軍人の個人的な思惑に政治家が便乗した」というのが正しい評価だといえるでしょう。   現実のビジネス会でも、一部の社員の思惑で発案されたプロジェクトが公に認められることは多々あります。ただし、それが会社全体にとっての利益になるものだと認められなければそうはなりません。では、今回の場合はどうであったのか、という点が問題です。   会議のメンバーで、作戦そのものを支持しているのはフォーク及びロボスですが、そのどちらも作戦の具体的な目的を説明できていません。目的が決まってそもそも作戦が成功したのか失敗したのかすら判定できないでしょう。この時点ですでに作戦そのものに無理がある様子が伺えます。  

「目的なき作戦」に積極的に反対しなかった理由

会議での各発言者の、侵攻作戦に対するスタンスを表すと次のようになります。   賛成:フォーク、ロボス 反対:ヤン、ビュコック、ウランフ、キャゼルヌ   このようにみると、作戦そのものに疑問をいだいているか、反対している人のほうが多いことがわかります。もちろん、総司令官となるロボスが賛成側に回っているという点は考慮するべきですが、全体的に反対者のほうが多いという点は留意するべきでしょう。参加者の多くは、すでにこの「目的なき作戦」に無理があるという事実に気がついているわけです。   それなのに、多くの参加者が口をつぐみ、またフォークの詭弁ともとれる反論を許したのは、「たとえここで何を話しても、作戦自体は覆らない」と考えていたからでしょう。実際、事前に侵攻作戦に反対する姿勢を示していたシトレは(会議の進行役であるとは言え)反対の意思を示していません。   原作、及び旧アニメ版の「銀河英雄伝説」では、「専制政治(帝国)」と「民主共和制(同盟)」の違いがしばしばクローズアップされています。ヤン・ウェンリーも自由惑星同盟の建国理念と政治思想を支持する姿勢を明確に示していますが、「銀河英雄伝説 Die Neue These」ではそうしたシーンは今のところ控えめです。   ヤンが会議中に思い返していたユリアンとの会話はそうした部分を描いた数少ないシーンです。「自由の国の軍隊である以上、民主的に決定された事柄には従わざるを得ない」と考えたヤンは、最終的に望まない出征に赴くこととなりました。... 続きを読む
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