無料Webコミック「ヤングエースUP」の掲載作品「ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~」の感想、考察を行っていくシリーズです。今回は、ハカバがワーウルフとのコミュニケーション方式の違いに戸惑う第2話を考察していきます。
「ヘテロゲニア リンギスティコ」第2話のあらすじ
言語学を学ぶハカバは、怪我をした教授の代わりに魔界の調査に向かう。現地で最初に出会ったのはワーウルフたち。教授とワーウルフの間に生まれた娘、ススキの家に厄介になる。
P1.(表紙)
Linguest Lv1(ハカバ)がNerewolf Lv30(ワーウルフ)と対峙している。
1ページ目上部には、RPGチックな「たたかう、とくぎ」等のコマンド選択ウィンドウがあります。カーソルは「はなす」に置かれており、この作品が「異種族とのコミュニケーション」を主眼においたものであることがコミカルに示されているといえるでしょう。
ハカバとワーウルフ、それぞれのLv(レベル)は戦闘力ではなく、「コミュニケーション力」を表していると考えられます。「ワーウルフたちのコミュ力にハカバがまだ満たない」という点は、この回の肝とも言えるポイントです。
P2.(無題)
子ども部屋で起床するハカバ。使っていた毛皮を気にしていると、ススキたちが作り方を教えてくれる。
ハカバが何も話していないのに、毛皮を凝視している様子を見たススキはすぐに彼が「毛皮の作り方」を気にしていると気づきます。一見、目線の動きから意図を探ったかにも見えますが、後の描写を見るに他にも匂い等のヒントがあったのかもしれません。
たとえば、匂いから「ハカバが寝不足」であることに気づき、寝不足の理由を彼が凝視している「毛皮」だと解釈したのなら、その後すぐに毛皮の説明を始めたのも納得できます。
ススキとは別にもう1人、子どものワーウルフがいますが、こちらについてはその後も特に言及がないため、教授の子どもではないと判断できます。おそらくはススキよりも年下のいとこ(ススキの母親のきょうだいの子ども)なのでしょう。
「おばあちゃんの毛皮」というセリフから、この子どもがススキと「共通の祖父母を持つ=いとこである」ことが示唆されていますし、次のP3ではススキがこの子を叱る=ススキより幼いことが示されるからです。
P3.(無題)
朝食にワーウルフの食物を振る舞われるハカバ。味は美味しいが正体はわからない。
ハカバたちが食べているのは謎の食べ物「ワン!」です。1話でもワーウルフが「魚の保存(加工)」をしていることが示されましたが、同様に料理や食材の加工といった文化的な生活をしていることが示されます。
そうなると次に気になるのは「食材」ですが、それはこの回のポイントとはずれるため、深く説明されることはありません。
P4.静かな
食事中、会話のないワーウルフの家庭に戸惑うハカバ。
ススキによれば朝食のメニューは「ワン!」を「オン!」したものとのことでした。この時点では適切な訳語が存在しないためわかりませんが、この「オン!する」というワードは後にストーリーの中で極めて重要な意味を持つことがわかります。
いよいよこの回のテーマである「ワーウルフは会話が乏しい(ように見える)」という点にフォーカスが当たりました。
P5.朝は冷える
屋外に出たハカバは多くのワーウルフとすれ違う。しかし全員が言葉をかわさない。
人間であれば、新参者のハカバはともかくとして「知り合い同士が顔を合わせても無言」というのはなかなか理解し難い事態です。ハカバが戸惑ったのも無理はありません。
1話では「初めて出会った異種族の、イメージと実物との違い」が主題でしたが、2話は「種族が違う以上、コミュニケーションの方式自体が違う可能性がある」というより抽象度の高い点に焦点が当たります。
P6.謎接近
ハカバは自分から積極的にワーウルフに話しかけるも、「体を擦り付けられる」など不自然なリアクションに合う。
一見すると、ワーウルフはハカバの反応を気にせず一方的に話を進めているようにも見えます。しかし、後に判明するように彼らには「嗅覚言語」があるため、「匂いによって得られる情報は会話で省略している」という理解が妥当でしょう。
ハカバに体を擦り付けたのは「ゴブリンの洞窟」がどのような場所かを「匂いで伝えた」のでしょうし、会話の最中によそ見しているのも「顔の横側の匂いを嗅がせてハカバに何かを伝えようとした」からでしょう。
P7.くらしのめも
教授の覚書に助けを求める。朝食の正体はわかったが特にヒントになるようなことはなかった。
朝食に出た「ワン!」の正体がP7で判明します。ワーウルフは環形動物(ミミズ)を食べていますが、どこからが彼らにとって「食料」に当たるのか、明確なラインはまだ示されていません。
教授の覚書にはろくなヒントはなく、丸投げされたかのような印象を受けますが、実際には彼が「フィールドワーク(実地研修)」を重視していたということも後に判明します。単なるギャグシーンにも深い意味が込められているの本作の魅力です。
P8.不足
あるワーウルフから「知り合いに渡してほしい」と毛皮を託される。しかし、渡す相手の情報がもらえない。
ハカバに話しかけてきたワーウルフは彼を「毛のない方」と呼んでいました。この時点ではまだわかりませんが、異種族たちは異なる種族を身体的な特徴で呼び分けるということが示されたシーンです。
ワーウルフがハカバに託した荷物の中身は毛皮であることが後に判明します。彼は他にも毛皮を持っており、おそらくは「(亡くなった仲間の)毛皮を加工する職人」なのでしょう。
P2では、「抜け毛で毛皮を作ったと思っていたら、死んだおばあちゃんの毛皮も使っていた」というギャグシーンが描かれますが、あれもやはり単なるギャグだけのシーンではなく、「死者の体の一部を使うことは弔いである」という異世界の価値観が示されているわけです。
P9.話嫌いでは
ススキに相談するハカバ。ススキは「匂いから情報を得ている」ことを教える。
ススキは荷物に巻かれたリボンを手に持ち「この匂いの人(に荷物を渡せばいい)」という事実を伝えます。2話における「謎解き」に当たるシーンです。
視覚や会話(音声言語)に頼るハカバ(人間)には、リボンは単なる紐にしか見えませんが、ワーウルフらにとっては「識別用のタグ」であったという大きなジェネレーションギャップが示されるわけです。
P9でもそうですが、基本的にススキが重要な事実を伝えるシーンは大きなコマで表情をアップにして描かれます。事実自体は単純であっても、重い意味を持っていることがビジュアル的にも示されるわけです。
P10.匂いの言語
ワーウルフのコミュニケーションで重きをなす「嗅覚言語」の正体が明らかに。
「嗅覚言語」に関する説明は、「ススキから聞いた話」に「ハカバの考察」を踏まえた内容になっているのでしょう。ススキは父親が人間ですから、以前にも同じように「自分にとって当たり前なことが父親には当たり前でない」経験があったと考えられます。
ススキはまだ幼いとはいえ「異種族同士の間に生まれた=異種族同士のコミュニケーションの大変さを知っている」という点からすると、まさにハカバにとっては最適のガイドだと言っていいでしょう。
P11.賑やかな村
嗅覚言語について思考していると、ススキが体を擦り寄せてくる。
「ワーウルフたちは近寄るだけで匂いから多くの情報が得られるため、挨拶のような会話はする必要がない」→「だから村中で会話が少ないように見えた」というのが今回のネタばらしです。
「匂いに特定の意図がある等、音声では名前のないものや概念があるかもしれない」というハカバの考察は極めて興味深く、後にはそうした条件に当てはまりそうなコミュニケーション手法も登場します。
P12.見送りの
ワーウルフの音楽に見送られ、次の目的地であるゴブリンの洞窟に向かう。
ワーウルフが演奏している楽器は、おそらくは動物の消化器を利用したであろう袋から空気を送り、リコーダーのようなものを演奏するアコーディオン的な方式でした。
ワーウルフには口が元まで裂けており人間のように「口内に息をためて吹き出す」ことができません。なのでこのような楽器の形体になったと考えられます。
また、ワーウルフの音楽はハカバにはほとんど聞こえないという描写から、たとえコミュニケーションに使用する五感が同じでも、コミュニケーションできない場合があると示唆されています。
村を後にするハカバはそっと託された荷物のリボンから匂いをかぎます。彼の嗅覚では到底宛先を判別することはできないわけですが、「異種族の気持ちを理解しよう」とする研究者としての性が現れていると言えるでしょう。