【考察-4/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」 – 映画のテーマと「鬼太郎」とはなにか?

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の考察もいよいよ本記事で最後となりました。ここまでの考察を踏まえて全体を振り返りつつ、考察をスタートした際の疑問であった「ゲ謎」のテーマとはなにか?について考えていきたいと思います。... 続きを読む

【考察-3/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」- 時貞の正体と血桜の秘密

映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の作品としてのテーマは何なのか。この点について考察を進めてきました。前回までの2つの記事によって、私は「沙代は純真無垢な少女ではなく、心に闇を抱えた狡猾な殺人者である」、「ゲ謎のストーリーは、妖怪など不可思議な現象をすべて排除したとしても解釈可能なようにできている」という結論に至りました。... 続きを読む

【考察-2/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」- 沙代の真意と「妖怪を見ない」楽しみ方

ひとつ前の記事では「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」について、本作の大凡のストーリーと世間の評価軸について、制作陣はどのような意図で作品を作ったと語っているか順番に紹介してきました。... 続きを読む

【考察-1/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」- 世間の評価軸と制作陣の想い

「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家、水木しげる氏の生誕100周年を記念して作られた映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎(以下、ゲ謎)。血液銀行や「犬神家の一族」を彷彿とさせる因習村など、戦後間もない時代の雰囲気を残しながら、現代にも通じる問題をテーマとして扱った意欲作として話題を集めました。... 続きを読む

【ネタバレあり】ゴジラ キング・オブ・モンスターズの感想

2019年、レジェンダリー・ピクチャーズ製作のゴジラ映画2作目となる「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」が公開されました。キングコングを含む巨大怪獣が存在する世界観「モンスターバースシリーズ」の3作目ともなる本作では、ゴジラとはどのような存在なのか、なぜ「キング(怪獣王)」と呼ばれているのかといった部分に焦点が向けられています。ネタバレを含む本作の感想を語ってみようと思います。... 続きを読む

映画「コマンドー」感想その2:シンディが仲間になった理由

日本では平田勝茂氏の翻訳で、放映から30年以上経っても根強い人気を誇る映画「コマンドー」。本作では、たまたま主人公と出会ったことから彼の戦いに協力することになるヒロイン「シンディ」が登場します。今回は偶然出会っただけの彼女がなぜ主人公に味方してくれたのか、その理由を考えてみたいと思います。  

コマンドーのヒロイン「シンディ」について

まずは本作のヒロイン、シンディがどのようなキャラクターなのか確認しておきましょう。   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BC  
旅客機の添乗員。勤務予定の飛行機便がキャンセルとなり、空港ロビーで偶然サリーに口説かれたために、メイトリックスと行動することになる。当初は反抗するが、メイトリックスが娘のためにサリーを追跡していることを知り、彼に協力する。飛行士訓練学校に通っており、軽飛行機ではあるが飛行機の操縦経験もある。愛車はサンビーム・アルパイン。
  Wikipediaのキャラクター紹介を見ればわかる通り、彼女が主人公メイトリックスと出会ったのは完全な偶然です。しかも、かなり強引に協力を要請されたために、最初は事情もわからず混乱していました。一応、メイトリックスは「娘を誘拐された。救出に協力してほしい」と伝えてはいるものの、明らかに情報が足りておらず、彼女はまったく納得していませんでした。  

シンディはなぜメイトリックスを信用したか?

出会ってまだ間もないころ、メイトリックスに半ば無理やり敵の尾行に協力させられました。続けて「囮になって敵を自分のところまでおびき出してほしい」と依頼されたときは、完全に困惑した様子を見せています。ですが、これは彼女にとってチャンスでもありました。なぜなら、メイトリックスと出会って以来、初めて彼女が彼のそばから離れるチャンスだったからです。   シンディはこのとき、表面上はメイトリックスに協力するような素振りを見せながら、実際にはメイトリックスを「異常者だ」として近くにいた警備員に通報するなどの「裏切り行為」を働いています。事情もよくわからないうちに、協力を強要されてしまった彼女の境遇を考えれば無理からぬことですが、彼女は結局、メイトリックスを撃とうとした警備員を突き飛ばして彼をかばい、自らも追われる立場となってしまいました。なぜ彼女はこのような行動を取ったのでしょうか?  

シンディはメイトリックスをいつ信用したのか?

シンディが登場してから協力者になるまでの、物語の展開を確認してみましょう。   1.メイトリックス、強引にシンディの車に同乗。敵を追跡するよう強要する。 2.ショッピングモールに到着。シンディ、敵をおびき出すようメイトリックスに依頼される 3.シンディ、警備員にメイトリックスを捕まえるよう通報。 4.追跡していた敵(サリー)、シンディとメイトリックスに気がつく。仲間に知らせようとするもメイトリックスと銃撃戦に。 5.警備員に狙われたメイトリックスをシンディがかばい、そのまま協力者となる   このように見ていくと、シンディは「当初、メイトリックスを信用していなかったので警備員に通報した」、「後に、心変わりをしてメイトリックスに協力した」ということが見て取れます。従って、彼女の心変わりを促すきっかけがこれらのシーンの中に含まれているはずです。   シンディがメイトリックスを警備員に通報したのが「3」のタイミングですから、1~2は心変わりのきっかけにはなりえません。「1」の段階では自分の車の助手席を外されるなど、かなり乱暴な扱いを受けていますから、おそらくただただメイトリックスにおびえて仕方なく協力していたのでしょう。「2」の段階では「娘が誘拐された」と一応の事情は教えられていますが、状況が切迫していたこともあって十分な説明をする時間がなく、納得した様子は見せていません。彼女がちゃんとした事情を知ることができたのは、「5」の後、再び逃げた敵を追跡するシーンの途中です。   そうなると、消去法でシンディがメイトリックスを信用したのは「4」のタイミングしかありえないことがわかります。  

描写から読み取れるシンディの冷静さと頭の良さ

つまりシンディは「敵がメイトリックスに気が付き、仲間に知らせようと行動した」のを見て彼のことを信用した、ということになります。敵はメイトリックスに気がつくと、仲間に電話しようとそばに居たシンディから強引に小銭を奪っています。メイトリックスはこの動きに気がつくなり、「敵を電話ボックスごと持ち上げて叩き落とす」というかなり強引な方法で妨害を図り、そのまま警備員を含めた三つ巴の銃撃戦に突入しました。   シンディはメイトリックスと出会って以来、かなり無理やり協力させられているにもかかわらず必要以上に騒いだりせず、あくまで冷静に「事情を聞かせてほしい」と繰り返し訴えています。もちろん、メイトリックスに対する恐怖心もあったのでしょうが、彼の元を離れるときも、泣きわめいて逃げ出したりはせず、周囲の警備員に通報するというかなり落ち着いた安全な方法を取っています。   このような言動から、彼女はかなり冷静で肝が据わった性格であるということがわかります。だからこそ、メイトリックスの存在に気がついた敵がかなり焦った様子を見せたことから、「詳しい事情はわからないが、どうやら彼の言っていることは本当らしい」と判断したのではないでしょうか。「メイトリックスが追いかけていた敵の行動から逆算して、信用できるかどうかを判断した」というわけです。性格が冷静であるだけでなく、判断力があり頭もキレるキャラクターだといえます。   そんな彼女だからこそ、「第三次大戦」とも例えられるその後のメイトリックスの大暴れにも協力することができたのでしょう。日本語訳の独特な言い回しと、強引なストーリー展開、派手なアクションが注目されがちな「コマンドー」ですが、このようにキャラクターの内面が綿密に描かれているのも魅力のひとつだといえるでしょう。... 続きを読む

映画「コマンドー」感想その1:なぜベネットは銃と人質を捨てたのか?

1985年に公開された、アーノルド・シュワルツェネッガー主演のハリウッド映画「コマンドー」。日本では何度も地上波で繰り返し放送されてきたことから、馴染みの深い方も多いと思います。   特に平田勝茂氏の独特の翻訳から、ネット上ではさまざまな名言が現在に至るまで、スラングとして使われており、根強い人気を誇っています。今回はそんなコマンドーの面白さ、魅力について語ってみたいと思います。  

映画「コマンドー」の概要

まずはコマンドーについて簡単に復習しておきましょう。   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BC   かつて精鋭部隊「コマンドー」の指揮官であったジョン・メイトリックス大佐(シュワルツェネッガー)が、悪党によって娘を奪われ、それを取り戻すためにド派手なアクションを繰り広げるというストーリーです。  

コマンドーの悪役:黒幕のアリアス、ライバルのベネット

コマンドーについて語りたいところは無数にありますが、今回は「ベネットの最後」について取り上げてみたいと思います。そのためにはまず、2人の悪役について説明しなければなりません。   コマンドーには、個性的な悪役が何人も登場しますが、なかでもリーダー格と言っていい存在がベネットとアリアスです。ベネットはメイトリックスの元部下、残忍な性格が災いして舞台を追われ、ずっとメイトリックスに復讐する機会を狙ってきました。アリアスは、昔メイトリックス率いるコマンドー部隊によって国を追われた独裁者。ベネットを雇い、メイトリックスの娘を人質にして、故国の現大統領暗殺を強要した首謀者です。   2人はそれぞれ、主人公に個人的な恨みを持つ「ライバル」と、ストーリーの中で全体的な悪事を進行していく「黒幕」だと考えていいでしょう。どちらもヒーローアクションものには不可欠な悪役ですが、2人のキャラクター像はまったく異なった形に描かれています。  

自身を正義と信じて疑わない独裁者「アリアス」

先に「黒幕」、アリアスのキャラクター像から見ていくことにしましょう。メイトリックスは劇中で初めてアリアスと顔を合わせたとき、残忍な独裁者だった彼を罵りました。しかし、アリアスは少なくとも表面上は冷静に「故国を導くには(自分のように)厳格なリーダーが必要なのだ」と返します。つまり、「自分を悪人だと自覚していない悪役」として描かれているわけです。  

主人公への復讐に燃えるライバル「ベネット」

一方のベネットはというと、「主人公への復讐心」がクローズアップされたキャラクターとなっています。ベネットは物語の序盤、アリアスの命令でメイトリックスを捕らえましたが、「お前を殺せと言われたらタダでも喜んでやる」、「(捕らえるのではなく)本当は殺してやりたかった」という趣旨の発言をしています。そしてこれらのシーンでは、ベネットの顔には強い憎しみの表情が映し出されていました。  

ベネットの運命を変えたアリアスの一言

こうした2人のキャラクター像の違いが対象的に描かれているシーンがあります。英語と日本語訳のセリフを合わせて紹介しているサイトがあるので、そちらから引用させてもらい確認してみましょう。ほかにもコマンドーの名言・名台詞が多数紹介されているのでぜひ見てみてください。   http://toppoi.blog54.fc2.com/blog-entry-620.html   取り上げるのは、メイトリックスが自分たちを裏切ったことを知らず、大統領暗殺の知らせを2人がアジトで待つシーンの会話です。  
口だけは達者なトーシロばかり I love listening to your little pissant soldiers よく揃えたもんですな。 trying to talk tough. まったくお笑いだ。メイトリックスがいたら、奴も笑うでしょう。 They make me laugh. If Matrix was here, he’d laugh too. ベネット君、私の兵士はみな愛国者だ。 Mr Bennett, my soldiers are patriots. ただのカカシですな。 Your soldiers are nothing.
 
俺たちならまばたきする間に皆殺しにできる、 Matrix and I could kill every one of them in the blink of an eye. 忘れないことだ。 Remember that. 君は私を……脅しているのか? Are you trying to frighten me? 事実を言っているだけです。 I don’t have to try. 仕事を終えたらメイトリックスは娘を取り返しに来ます。 When Matrix finishes the job, he’ll be back for his daughter. 娘が生きていようがいまいがそいつは……関係ない。 Whether she’s alive or dead doesn’t matter. 奴はアンタを追いかける。 Then he’ll be after you. あんたをメイトリックスから守ることができるのは……俺だけです The only thing between Matrix and you… is me. 怖がっているのは、私ではなく君じゃないのかベネット? It is you that is afraid, Mr. Bennett. 君こそメイトリックスを恐れているんだ。 You are afraid of Matrix. もちろんです、プロですから。 Of course. I’m smart. しかしこちらには……切り札があります。 But I have an edge. I have his daughter.
  ベネットは、「(暗殺の成否、娘の生死にかかわらず)メイトリックスは必ず自分たちを殺しにやってくる。そのとき頼りになるのは自分だけだ」とアリアスに伝えます。ベネットの目的あくまでもメイトリックスへの復讐であり、最初からそのときを狙って返り討ちにするのが狙いだったということが示されているわけです。   ところが、アリアスはあくまで「大統領暗殺」と「自身の返り咲き」が目的のつもりなので、まったく話が噛み合いません。「私を脅しているのか?」、「メイトリックスを恐れているのは君じゃないのか?」と的はずれな返事をしてしまっています。ところが、このときのアリアスの指摘がその後のベネットの運命を大きく変えることになります。  

なぜベネットは挑発に乗ってしまったのか?

目論見通り、娘を取り戻しにやってきたメイトリックスに対し、ベネットは「娘を人質にとり、利き腕を負傷させた上、飛び道具を持たない相手に銃を突きつける」という圧倒的に優位なポジションをとることに成功しました。この時点でほとんど勝利は確実だったはずですが、メイトリックスから「銃なんか捨ててかかってこい!」と挑発されると、あっさり娘を開放。銃も手放して格闘戦を始めてしまったのです。「プロ」を自称していたにもかかわらず、いったいなぜこんな行動を取ってしまったのでしょうか?  

ベネットはメイトリックスに「トラウマレベルの恐怖心」を抱いていた?

私はベネットが銃と人質を手放した理由は、「メイトリックスへの恐怖心」によるものだったと考えています。   ベネットがメイトリックスを恨んでいる理由について、劇中では「戦いを楽しむ性格を疎まれ隊を追われたから」と説明されていました。ベネットを訓練したのはコマンドー部隊の隊長であったメイトリックスであり、軍の精鋭部隊のことですから、当然厳しいシゴキもあったことでしょう。そんな中で、ベネットはメイトリックスに対してトラウマレベルの強い恐怖心を抱いたのではないかと思われます。彼が執拗にメイトリックスへの復讐にこだわるのも、そうした恐怖心を振り払い、トラウマを克服するためだったのではないでしょうか。   そのことを示す根拠となるシーンが、先ほどご紹介したアリアスとの会話です。会話の中で、アリアスは「君はメイトリックスを恐れている」と指摘していました。しかし、ベネットは落ち着いた様子で「もちろんです」と応え、特に大きなリアクションは見せていません。ですから、彼の言葉通り「メイトリックスを恐れてはいるが、それはプロとしての戦力分析から来るものだ」と解釈することもできるでしょう。  

「怖いのか?」の一言が秘められたトラウマを刺激

ですが、そのように解釈すると今度は、メイトリックスと対峙するシーンでの行動に説明がつきません。メイトリックスの挑発に対して、最初ベネットは至って冷静に応じる様子を見せませんでした。ところが、徐々にメイトリックスへの憎しみを露わにしていき、「怖いのか?」と言われたのをきっかけに人質と銃を手放しています。そして「てめぇなんか怖くねぇ!」と絶叫。このとき、劇中で最もメイトリックスへの憎しみが現れた表情をしていました。   このときのベネットのリアクションこそ、先のアリアスからの問いかけに対するベネットの「本音」だったのでしょう。第三者から指摘されたときは表面上、冷静に応えられたものの、いざトラウマの原因であるメイトリックス自身に「怖いのか」と指摘されると、それまで押さえつけていた恐怖心が湧き上がってきてしまい、それをかき消そうとあえて強気な態度を取ろうとしたのだと思います。このときのベネットの顔も、よく見ると純粋な憎しみというよりは、恐怖心が入り混じっているようにも見える表情をしていました。   もしかしたら、先にアリアスから「メイトリックスを恐れているのか?」と指摘されていなければ、ベネットは最後まで冷静に戦い、メイトリックスに勝利できていたかもしれません。そういった意味では、彼自身気づいていなかったかもしれない、過去のトラウマを表面化させたアリアスの一言は、ベネットにとって自身の末路を決定づける言葉だったといえるでしょう。... 続きを読む

【ネタバレあり】映画感想:2017年版「オリエント急行殺人事件」

2017年に公開されたケネス・ブラナー監督・主演の映画「オリエント急行殺人事件(原題:Murder on the Orient Express)」の感想です。ネタバレなしの感想では語り尽くせなかった、本作の魅力をご紹介したいと思います。   ネタバレなしの感想も合わせてご覧ください。  
映画感想:2017年版「オリエント急行殺人事件」(ネタバレなし)
 

本作のポアロは「2時間ドラマの刑事」っぽい

本作は、主人公のポアロがエルサレムで朝食をとっているシーンから始まります。エルサレムは、ユダヤ・キリスト・イスラムからなる三大宗教の聖地。事件解決を依頼されているのに、「朝食のゆで卵2個の大きさが違っている」としょうもないことにこだわって何度も作り直しをさせているところから始まります。   このシーンで、ポアロがバランスを重視する気難しい性格だということ、そしてそんな人物であっても、周りがおとなしく付き合わなければいけないほど実力を認められた優秀な探偵だということが視聴者にひと目で伝わるようになっています。   ポアロは早速謎解きを開始しますが、ロジカルなトリック解説などはせず、ただ淡々と証拠をいくつか上げ、それを元に容疑者の中から犯人を断定しました。   このことから、本作におけるポアロは、機械的なトリックを科学的な推理によって解き明かすタイプの探偵ではなく、複数の証拠から最も怪しい容疑者を問い詰めていくタイプの探偵である、ということが視聴者に示されます。誤解を恐れずにいえば、日本の2時間ドラマに出てくる刑事の謎解きと同じ方式だと言ってもいいかもしれません。   実をいえば、私は日本の2時間ドラマは少し苦手にしています。刑事役が犯人を感情的に追い詰めるシーンや、犯人が犯行に至った経緯を情緒的に説明する、いわゆるお涙頂戴の演出が好きではないからです。しかし、そんな私でも本作のポアロによる捜査シーンは楽しめました。お涙頂戴的な演出はあることはあるのですが、ストーリーの展開が速くテンポが良いため、日本のドラマほど演出がくどくなかったからです。  

作品を彩る独自の映像美

次は、ネタバレのなしの感想の方で軽く触れた、独特の絵作りについてご紹介したいと思います。本作では、普通にやってしまうと似たような絵の繰り返しになってしまいがちな「密室での事件捜査」を、美しい背景描写と細やかな場面の切り替えによって動きのあるものにしています。   たとえば、ポアロたちがオリエント急行に乗り込むイスタンブールでは、列車が出発する際、あえて近くの建物の上、それも列車に向かって手を振る人々の上というかなり離れたアングルから撮影しています。そうすることによって、アジアとヨーロッパの文化が融合した美しいイスタンブールの風景をスクリーンに映し出す機会を意図的に作り出しているのです。   映像的な山場のひとつである、オリエント急行が雪崩に巻き込まれるシーンでは、雪山に雷が轟き、山から雪崩が列車に向かって襲いくるシーンをこちらも遠巻きにとらえています。  

「見せたい場面を効果的に見せる」独特のカメラワーク

これらに加えて特筆したいのがカメラワークです。まず取り上げたいのが、ポアロが被害者の遺体を発見するシーン。列車の通路を、天井から見下ろす形で捉えるというアングルで撮影しています。映像的な斬新さも去ることながら、鍵がかかったドアを杖を使ってこじ開け、中に入るポアロの手際の良さも心地良いシーンです。   部屋に入ったポアロは、変わり果てた被害者の姿を発見します。このとき、続けて「医者の先生を呼んでくれ」、「被害者はいかがですか?」、「12箇所もいろいろな方向から刺されている」というふうに、犯行現場の状況が説明されていくのですが、カメラは屋内に移動せず、廊下の外を映したままなのです。そのため、視聴者は言葉だけで犯行現場の状況を想像しなければなりません。   そして、そのまま場面が切り替わり、犯行現場が映されることなく、数人の容疑者への事情聴取が行われます。その後、再びポアロが現場を調査する場面で、先ほどと同じように天井から床を見下ろすアングルで、ようやく犯行現場の様子と、被害者の姿が映し出されるのです。   わざわざポアロが被害者を発見するシーンと、視聴者に被害者の様子を見せるタイミングを分けることによって、インパクトのある絵面をより効果的に演出しているのです。もちろん、ポアロが部屋に入るときと、被害者の様子を映すカメラアングルが一致しているのは意図的なものでしょう。   もうひとつ、特徴的な絵作りとして、ポアロが列車に同乗していた、旧知の仲である鉄道会社の重役から事件の捜査を依頼されるシーンをご紹介しましょう。このシーンは、社内の窓から外を眺めるポアロと、その後ろから説得を行う重役の姿を、窓の外側から映すアングルで撮影されています。   カメラの焦点は最初、ポアロの方に合っていて、「休暇中だ、警察に任せればいい」と捜査協力に難色を示すポアロの表情が映し出されます。その後、一旦背後にいる重役にカメラの焦点が移動し、ポアロを説得する様子が映し出された後、焦点は再度ポアロの方に戻ります。このような演出を行う意図は、その後のポアロの表情の変化に注目させるためでしょう。   「警察に任せたら、彼らは予断と偏見で犯人を決めてつけるだけだ。過去に犯罪歴のあるものや、黒人の乗客が犯人に仕立て上げられるかもしれない」という重役の言葉を聞いたとき、ポアロの表情が一変します。犯罪捜査においては、善と悪をきっちり区別するのが本作のポアロです。「無実の人間が罪を着せられるかもしれない・・・」という可能性から、一転して捜査にやる気を出した瞬間のポアロの表情を見せるための実に効果的な演出です。  

随所に織り込まれた緊張感のあるアクションシーン

本作のポアロは犯人に「罠」を仕掛けて逃走を妨害するなど、頭脳だけでなく肉体も駆使して積極的に犯人を捕まえようとします。原作のポアロは頭脳労働がメインで、荒事はあまり行わないイメージがありますが、この映画ではアクションも積極的にこなしています。   事件が起きたあとは、基本的に「ポアロが捜査を行う→有力な容疑者が浮かび上がる→ポアロが容疑者を問い詰めていると、新たな事件が発生する」という流れで展開していきます。つまり、捜査の途中で次々と新たな事件が発生し、そのたびに有力な容疑者が別の人に変わっていくため、最後まで退屈することがありません。   証拠隠滅を図り、列車外に逃走した容疑者とそれを追うポアロの追走劇、逆上した容疑者に銃を向けられ、命の危険に晒されたポアロの格闘シーンなどもあります。  

小ネタ:なぜかたびたびディスられるアメリカ

本作にはシリアスなシーンばかりでなく、コミカルなシーンもあります。ポアロがチャームポイントである立派な髭の形が崩れないように髭にマスクをして寝ているシーンなどもそのひとつでしょう。   私の印象に残ったのは、なぜかところどころでアメリカをサゲてヨーロッパを上げる発言が出てきたことです。   「人種差別があるアメリカでは結婚できないから、ヨーロッパまでやってきた」 「アルコール依存だから、禁酒法のあるアメリカでは生きにくかった」 「アメリカに行ったことは?」「いいえ、一度も」「それは嘘ですね?」「・・・はい、生活のために仕方なく」   というように、随所で「アメリカはダメ、ヨーロッパはいい」というようなセリフが織り交ぜられていました。あれは多分欧米では自虐(あるいは皮肉)の要素が入った笑えるシーンなのかもしれないと思いましたが、日本人の私の感性ではよくわかりませんでした。  

2017年版「オリエント急行殺人事件」のテーマ:善とは何か?悪とは何か?

原作を既読の方はご存じだと思いますが、オリエント急行殺人事件では「正義のための復讐を是とするかいなか」について、ポアロに最終的な決断が任される展開が待ち受けています。   本作のテーマはこうした原作の要素を活かしつつ、「善とは何か?悪とは何か?」を、見る人に問いかけるものになっています。   私が原作小説を読んだのは随分昔のことですが、そのときは作品にこうした哲学的なテーマが込められているようには感じませんでした。   たとえば、日本には「忠臣蔵」というお話があります。非業の死を遂げた主人のために、元部下の武士たちが仇討ちを行う話ですが、この話が作品化されるときには、ほぼすべて悪に復讐する勧善懲悪の物語として描かれます。   忠臣蔵が映像化されるときは、見る人に対して「いかに相手が悪人とはいえ、私的な復讐を行うのは正しいのか?」といった哲学的な問いかけがなされることは稀です。私が「オリエント急行殺人事件」の原作を読んだときの印象もそれと同じで、劇中の登場人物たちの行動や、最終的なポアロの決断は「善」として描かれていたと記憶しています。   それに対して、「劇中の行いは善か悪か?」という問いかけを行ったのが、ロンドン・ウィークエンド・テレビ(London Weekend Television)制作のテレビドラマ版「オリエント急行殺人事件」でした。   名探偵ポワロ [完全版] 全巻DVD-SET 楽天はこちら Amazonはこちら LWT版の「オリエント急行殺人事件」は、全体的に暗くシリアスな雰囲気が漂っており、ポアロは最終的に原作と同じ決断を下すものの、それは苦渋の決断であり、本人の心にも暗い影を落とす・・・というお話になっています。   では、本作はどうかというと、「哲学的な問いかけはあるものの、LWT版ほど暗い形で示されるわけではない」というのが私の印象です。すでにご説明したとおり、本作のポアロは「善は善、悪は悪」というはっきりした性格の持ち主です。そのため、真実にたどり着いたとき、果たしてどうするべきか、LWT版のポアロと同じく苦悩することになります。   ただし、本作のポアロは今回起きる殺人事件の直接的な原因となった、過去に起きた事件に「自分自身が関わっていた」という設定になっています。はっきり言ってしまうと、「事件が起きたとき、被害者の家族から捜査を依頼されたが、間に合わず最悪の結果を招いてしまった」というものです。   そのため、本作のポアロにとっては「オリエント急行で起きた殺人の真相を突き止めることは、過去自分が解決できなかった事件に決着をつけることになる」という意味を持つことになります。そんなポアロが最終的にどんな決断を下したのかは、原作を知っている方なら説明しなくても予想できるかと思います。  

2017年版「オリエント急行殺人事件」のラストシーン

本作のラストでは、ポアロの心の中の声が流れます。それは、「オリエント急行殺人事件」の引き金となった過去の被害者たちに対する手向けの言葉であり、同時に「自分は過去の事件に決着を着けるために、今回こういう決断を下しました」という、ポアロ自身の独白にもなっているのです。   そしてすべての謎解きが終わったあと、オリエント急行は乗り換えの場所であるカレーに到着。ただひとり、ポアロだけが下車して乗客たちと分かれることになります。このときの映像描写も圧巻です。カレー駅の周辺には数センチほど雪が降り積もり、赤い太陽の光が反射して輝いています。駅に降り立ったポアロの元には、新たな事件の発生と捜査の依頼を告げる使いの者がやってきます。   使いの話を聞きながら、発車して次の駅に向かうオリエント急行に目をやるポアロ。彼の目線の先には、同じ列車の中で同じときを過ごし、そしてこの先二度と会うことのない乗客たちの顔が映し出されています。   彼らを見送ったあと、ポアロは使いの者に「ネクタイが曲がっている」と伝えます。これはなんでもバランスが整っていないと気がすまない、彼の性格を表す特徴です。オリエント急行で起きた事件について、何が前で何が悪か、彼自身の良心に従って判断を下したポアロでしたが、すべてが終わった今でも彼の中の善悪の天秤は変わっていないということが示されたのです。   ここで列車は画面の奥側に、迎えの車に乗ったポアロは画面の手前側に向かっていく中でエンドロールが流れます。事件の関係者たちとポアロの進んでいく方向がそれぞれ真逆の方向なのも印象的でした。... 続きを読む
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