【考察-4/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」 – 映画のテーマと「鬼太郎」とはなにか?

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の考察もいよいよ本記事で最後となりました。ここまでの考察を踏まえて全体を振り返りつつ、考察をスタートした際の疑問であった「ゲ謎」のテーマとはなにか?について考えていきたいと思います。... 続きを読む

【考察-3/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」- 時貞の正体と血桜の秘密

映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の作品としてのテーマは何なのか。この点について考察を進めてきました。前回までの2つの記事によって、私は「沙代は純真無垢な少女ではなく、心に闇を抱えた狡猾な殺人者である」、「ゲ謎のストーリーは、妖怪など不可思議な現象をすべて排除したとしても解釈可能なようにできている」という結論に至りました。... 続きを読む

【考察-2/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」- 沙代の真意と「妖怪を見ない」楽しみ方

ひとつ前の記事では「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」について、本作の大凡のストーリーと世間の評価軸について、制作陣はどのような意図で作品を作ったと語っているか順番に紹介してきました。... 続きを読む

【考察-1/4】「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」- 世間の評価軸と制作陣の想い

「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家、水木しげる氏の生誕100周年を記念して作られた映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎(以下、ゲ謎)。血液銀行や「犬神家の一族」を彷彿とさせる因習村など、戦後間もない時代の雰囲気を残しながら、現代にも通じる問題をテーマとして扱った意欲作として話題を集めました。... 続きを読む

【ネタバレあり感想】「天気の子」はセカイ系を否定した?

2019年に公開された、新海誠監督の劇場アニメーション「天気の子」。前作「君の名は。」のヒットで、公開前から話題を集めていた本作の感想をつづります。... 続きを読む

ノイエ銀英伝(銀河英雄伝説 Die Neue These)考察・感想まとめ

銀河英雄伝説 Die Neue These(ノイエ銀英伝)1期の考察・感想まとめ

この記事は、当ブログで公開した銀河英雄伝説 Die Neue These(ノイエ銀英伝)の考察・感想をまとめたリンク集です。話数順に並んでいるので後から記事を順番に確認するときに利用してください。     1話「永遠の夜の中で」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その1「新アニメ版の作品テーマ」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その2「映像で見る心理描写とラインハルトの智謀」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その3「映像で伝えるSFとキルヒアイスの大手柄」
ノイエ銀英伝1話感想・考察その4「有能・無能の基準とヤン・ウェンリーの登場」
    2話「アスターテ会戦」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その1「ヤン・ウェンリーの回りくどいセリフと本音」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その2「ヤンの存在意義と描かれなかった幻の作戦」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その3「1話と2話の演技の違いとヤンとラインハルトの情報格差」
ノイエ銀英伝2話感想・考察その4「ラインハルトの人物像と戦いの中で示される作品のテーマ」
  3話「常勝の天才」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その1「キルヒアイスとオーベルシュタインの出会い」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その2「キルヒアイスがラインハルトと共に歩んだ理由」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その3「帝国社会の暗部とキルヒアイスの幸せ」
ノイエ銀英伝3話感想・考察その4「ラインハルトが簒奪を決意した理由」
  4話「不敗の魔術師」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その1「不敗の魔術師・ヤン・ウェンリーの生い立ち」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その2「ヤンとジェシカの微妙な関係」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その3「ヤン・ウェンリーが過去から学んだこと」
ノイエ銀英伝4話感想・考察その4「セリフやナレーションを使わない綿密な心理描写」
  5話「第十三艦隊誕生」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その1「アスターテ会戦のその後と、自由惑星同盟の暗部」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その2「ヤンの頑固な人柄と世話女房ユリアン」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その3「憂国騎士団の襲撃」
ノイエ銀英伝5話感想・考察その4「ヤンの身を護るための困難な任務」
  6話「イゼルローン攻略(前編)」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その1「第十三艦隊主要メンバーの登場」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その2「ビュコックとシェーンコップの登場」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その3「ヤン・ウェンリーが次の世代に残したいもの」
ノイエ銀英伝6話感想・考察その4「イゼルローン要塞の2人の司令官」
  7話「イゼルローン攻略(後編)」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その1「シェーンコップを待ち受ける4つの関門」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その2「ワルター・フォン・シェーンコップのキャラクター性」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その3「ヤンとラインハルトに共通する英雄の資質」
ノイエ銀英伝7話感想・考察その4「理想と現実が乖離していくヤン・ウェンリー」
  8話「カストロプ動乱」
ノイエ銀英伝8話感想・考察その1「名実ともにNo.2となったキルヒアイス」
ノイエ銀英伝8話感想・考察その2「ラインハルトとオーベルシュタインの共通点」
  9話「それぞれの星」
ノイエ銀英伝9話感想・考察その1「同盟の政治家が無能になった理由」
ノイエ銀英伝9話感想・考察その2「疲弊する帝国・同盟とフェザーンの台頭」
ノイエ銀英伝9話感想・考察その3「言葉を交わさず考えを理解し合ったヤンとジェシカ」
  10話「幕間狂言」
ノイエ銀英伝10話感想・考察その1「同盟による帝国領への侵攻」
ノイエ銀英伝10話感想・考察その2「フォーク准将の雄弁・詭弁」
ノイエ銀英伝10話感想・考察その3「ヤンがイゼルローン攻略を任された真の理由」
  11話「死線(前編)」
ノイエ銀英伝11話感想・考察その1「ロボス、フォーク、グリーンヒルそれぞれの立場」
ノイエ銀英伝11話感想・考察その2「理想を実現できない同盟と勝利に近づく帝国」
  12話「死線(後編)」
ノイエ銀英伝12話感想・考察その1「メカニックとの対立を回避したポプラン」
ノイエ銀英伝12話感想・考察その2「アスターテ前哨戦における同盟軍の真の敗因」
ノイエ銀英伝12話感想・考察その3「実質的な主役はヤン・ウェンリー」
... 続きを読む

ノイエ銀英伝12話感想・考察その3「実質的な主役はヤン・ウェンリー」

12話「死線(後編)」 ~ヤンとキルヒアイス最初の対決~

ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、キルヒアイスが指揮する帝国軍艦隊と戦いを繰り広げていた。装備と数の両面で勝る帝国軍は、スキのないキルヒアイスの運用によって徐々にヤンたちをを追い詰めていく。総司令部からアムリッツァ星系への転進命令を受け取ったヤンは、弩級戦艦に殿を任せつつ全軍を撤退させる戦術をとる。   第十三艦隊は予定通り戦場離脱に向けて動いていたが、帝国軍の追撃は激しく味方の犠牲は大きくなっていた。そのとき、すでに敗退したと思われていたホーウッド中将率いる第七艦隊の残存兵力が戦場に姿を現し、帝国軍の側面を突くことに成功する。ヤンは第七艦隊の奇襲を利用して戦場を離脱することを決断。シェーンコップ、ムライ、パトリチェフ、フレデリカらは命を捨てて自分たちを助けてくれた第七艦隊に対して静かに敬礼を捧げた。   同盟軍がアムリッツァ星系へ集結しつつあることは、ラインハルトの耳にも届いていた。オーベルシュタインは同盟軍が戦力を集中させ、再攻勢に出ようとしていると看破する。ラインハルトもまた同盟軍に決定的な打撃を与えるべく、帝国軍の全艦隊をアムリッツァに集結させることを決意した。   宇宙暦796年、銀河帝国歴487年10月14日。銀河帝国軍は自由惑星同盟軍が決戦の地と定める、アムリッツァ星系へと進路をとった。   ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラム。 両雄は再びアムリッツァの地で相まみえることとなる。    

ヤン・ウェンリー対ジークフリード・キルヒアイス

ノイエ銀英伝の最終話は、ヤン・ウェンリーとキルヒアイスの戦いを描いたシーンで締めくくられることとなります。このころ、キルヒアイスのCVを演じる梅原裕一郎氏が病気療養を余儀なくされたため、12話におけるキルヒアイスはまったくしゃべりません。残念なことではありますが、2人の名将の対決がどのような推移をたどっていったのか見ていきましょう。  

時間経過とともにヤンは不利になっていく

  第十三艦隊は当初ケンプ艦隊と交戦した後、艦載機を主体とした戦法で敵に打撃を与え、スキを突いての逃亡に成功しました。その後、第七艦隊が駐留していた中域で先に同艦隊を破っていたキルヒアイス艦隊と遭遇、戦闘に突入します。   ヤン・ウェンリーはキルヒアイスを「ケレン味のないいい用兵をする」と評価しました。ムライは敵艦隊の動きについて「数に勝る正面装備で押しつつ、後方では補給を行い間断なく火力を投入している」と表現しているので、こうした用兵こそヤンにとって望ましい艦隊運用であると考えられます。   数と装備の質で勝っているのなら真正面から戦っても戦闘を有利に進めることができます。損害を負った艦や弾薬を消耗した艦も後方で補給を受けられるということは、継戦能力の面でも優位に立てるはずです。逆に常に攻撃にさらされ続けることになる同盟軍は時間が経つほど不利になっていくと言えます。   ヤンはこれまで基本的に常に不利な戦況に立たされながら、奇想天外な策によってその状況を覆してきました。そうした部分が取り上げられて「魔術師」と評されていたわけですが、キルヒアイスの用兵に対しては特にこれといった奇策を用いられていません。これはキルヒアイスの用兵がつけ入るスキのないものであるゆえに、さすがのヤンもその裏をかくことができなかったためだと考えられます。  

ヤンの行動で振り返る「名将」の条件

イゼルローン方面への撤退を目指していたヤンでしたが、総司令部から「アムリッツァに集結せよ」との命令が下ったため、撤退に向けた動きを明確化します。大型の戦艦を最後尾に配置しつつ、陣形を縦長にして少しづつ敵軍から距離をとっていく戦術をとったのです。   陣形を縦長にすることで、数に勝る敵からの包囲を防ぐことができますし、先頭の艦は敵からの距離をとることもできます。しかし、同時に最後尾の艦には敵の火力が集中することになるので、味方に大きな犠牲が出ることを覚悟しなければなりません。実際、戦闘中にはムライが「損耗率はかつてないものになっている」と述べています。そして完全に離脱を図る段階では、最後尾の艦を実質的には見捨てるような形で離脱しなければならなくなるでしょう。   ヤンのこうした戦術は、1話で描かれた「指揮官に求められる資質」と完全に一致します。  
ノイエ銀英伝1話感想・考察その4「有能・無能の基準とヤン・ウェンリーの登場」
  1話で描かれた「資質」とは以下の2つです。   「物事の優先順位を正しく判断できる」 「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」   ヤンは繰り返し「撤退が(戦術的な)目的だ」という点を強調しています。遠征の続行や、敵艦隊に打撃を与えることなどはまったく気にしていません。従って、「物事の優先順位を正しく判断できる」という点は満たしていると言えます。   そして今回、味方の一部に犠牲を強いる方法で戦場からの離脱を図っていますが、これも「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」という点を満たしています。以上の2点から、物語上「ヤン・ウェンリーは名将として描かれている」ということが改めて確かめられました。言い換えれば、そのヤンと互角に戦っているキルヒアイスもまた「名将」と評価できるというわけです。  

「必要な犠牲」を出して「目的」を達成したヤン

ヤンは撤退に向けて着々と準備を進めていたものの、ここで思わぬ事態が生じます。すでに帝国軍に敗れ去ったと思われていた第七艦隊が戦場に現れ、キルヒアイス艦隊に攻撃をかけたのです。「エネルギーの残量は気にするな」、「判断を誤るなよ。ヤン・ウェンリー」といったホーウッドのセリフから、彼は第十三艦隊を逃がす囮となるために自ら進んで犠牲になったことがわかります。   先に述べたように、キルヒアイスは「スキのない名将」です。ヤンもまた名将とはいえども、数と装備に勝る敵がまったくスキを見せなければ目的を達成するのは極めて難しくなります。そのためになかなか完全に撤退するタイミングが図れず、キルヒアイス艦隊の追撃を許していたわけですが、第七艦隊の横槍によってそのスキを得ることができました。   結果的にヤンは第七艦隊の残存艦隊を犠牲にして脱出に成功したことになります。もし第七艦隊が現れなければ、おそらく自軍艦隊から最低でも同程度の犠牲を出して撤退しなければならない事態に追い込まれていたでしょう。  

ヤン・ウェンリーは理想の名将を具現化した存在

ヤンとキルヒアイスの戦いからは、以下のような示唆を得ることができます。   ①戦場につくまでは、補給(装備の質、味方の数、食料や燃料などの物資)が勝敗を左右する ②戦場についてからは、指揮官の質が勝敗を左右する   この①②は過去にヤン・ウェンリーが親友のラップに向かって語った自身の戦術論とそのまま合致します。つまり、ノイエ銀英伝の作中では「ヤン・ウェンリーの戦術論」が理想的なものとして描かれているのです。逆に「作中での理想的な指揮官をそのままキャラクター化したものがヤン・ウェンリーである」と表現することもできるでしょう。   そして、①②に加えて、12話までの作中の描写から新たに明らかになったことがあります。   ③優秀な指揮官がいても、戦略的に誤りがあれば戦いに勝つことはできない ④優秀な指揮官といえども、敵が同じくらい優秀であれば戦いに勝つことはできない   ③については、作戦参謀であったフォーク准将や、遠征艦隊総司令官のロボス元帥などを見ていれば明らかでしょう。ヤンやビュコックがどんな行動をとろうとも、結局司令部が犯した失敗を覆すことはできませんでした。   ④については、今回取り上げたヤンとキルヒアイスの戦いから読み取ることができます。ヤンとキルヒアイスはどちらも「優秀な指揮官」でしたが、補給と戦略の面で優位に立つキルヒアイスが終始有利に戦いを進めていました。第七艦隊の「特攻」はちょっとしたアクシデントというレベルに過ぎず、大勢に影響を与えていないためキルヒアイスの過失とはいえません。たとえ彼らが現れなくとも、時間はかかったかもしれませんがヤンは撤退に成功していたでしょう。  

ノイエ銀英伝1話~12話を振り返って

最後に、1話から12話までのストーリーを振り返ってみたいと思います。   1話において、ノイエ銀英伝という作品のテーマは「歴史」とその中で生きる「人々」であることが示されていました。その後、帝国側の主人公としてラインハルトが、同盟側の主人公としてヤン・ウェンリーが登場します。ストーリー展開の都合上、今回描かれた部分では主にヤン周辺の出来事が多く描かれていました。   ラインハルトの行動原理が「姉を皇帝から取り戻す」という極めて個人的なものに根ざしているのに対して、ヤンは「歴史」という物語のテーマそのものに興味を持っているため、序盤の狂言回しとしては扱いやすかったのだろうと思います。ラインハルトも生まれで身分が決まる帝国の体制には疑問をいだいているものの、それは「姉を奪った世の中」に対する恨みの感情に原因があるであろうことは否めません。少なくとも現段階においては、ヤンと比べてストーリーのテーマに個人の目的が絡む必然性が低いわけです。   実質的な「主役」となったヤンは、「優秀な指揮官」の理想形として扱われ、ジェシカやシェーンコップ、シトレら周囲の人間との関係性を通じて「歴史とは何か」を描くための手段として使われました。ノイエ銀英伝の1話から12話を一言でまとめるのなら「ヤンを通じて歴史を知る物語」と表現できるでしょう。   ノイエ銀英伝12話の続きは劇場版で公開されることが発表されており、「銀河英雄伝説」の物語はまだまだ続きます。たとえ時間がかかったとしても、すべてのストーリーを完結してくれるよう祈るばかりです。... 続きを読む

ノイエ銀英伝12話感想・考察その2「アスターテ前哨戦における同盟軍の真の敗因」

12話「死線(後編)」 ~帝国軍の優勢と第十三艦隊の奮戦~

帝国軍と同盟軍との戦いは熾烈を極めていた。コルネリアス・ルッツ中将の長距離砲撃により、第十二艦隊は8割の艦艇が航行不能となり、司令官のボロディン中将は自決する。オスカー・フォン・ロイエンタール中将と対峙した第五艦隊ビュコック中将は、正面の攻撃を戦艦で防御しつつ、包囲をを防ぐため巡洋艦を左右に展開させていた。   ウォルフガング・ミッターマイヤー中将は迅速な艦隊運用によって、第九艦隊アル・サレム中将の虚をつくことに成功する。アウグスト・ザムエル・ワーレン中将は、ルフェーブル中将の第三艦隊と、エルネスト・メックリンガー中将はアップルトン中将の第八艦隊と戦火を交えていた。キルヒアイス中将はホーウッド中将の第七艦隊を攻撃、9割を戦闘不能に至らしめる。   ウランフ中将が率いる同盟軍第十艦隊は、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将との戦闘で敗色が濃厚となり、逃亡か降伏かの二者択一を迫られていた。逃亡を決断したウランフは、生き残っていた分隊司令官ダスティ・アッテンボロー准将に戦闘不能艦を率いての脱出を命じる。自ら戦陣を切って中央突破を図ったウランフは、半数の味方を離脱に成功したことを知り、笑みをたたえたまま宇宙の藻屑と消えた。   戦況が全面的に帝国軍有利な状況となる中、ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、対峙するカール・グスタフ・ケンプ中将の艦隊に大きな損害を与えていた。敵が陣形を立て直すため後退を試みたタイミングに合わせて、ヤンは速やかな撤退を決断する。イゼルローンへ進路を取った第十三艦隊であったが、その途上第七艦隊を破ったキルヒアイス艦隊と遭遇。やむなく戦闘を開始する。   こうした前線の戦況は遠征艦隊司令部には正確に伝わっていなかったが、総参謀長グリーンヒル大将は事態の深刻さを理解していた。しかし、総司令官ロボス元帥は残存する艦隊の集結と再編を決断。全軍をアムリッツァ星系に集結させることを命令する。    

圧倒的劣勢に立たされた同盟軍

いよいよ、帝国軍と同盟軍の全面的な戦闘が開始されました。各地の戦況は前述したあらすじのとおりですが、基本的に同盟軍が劣勢に立たされています。この時点における各艦隊の被害は次のとおりです。   【実戦部隊】 第三艦隊:ルフェーブル中将 ワーレン艦隊と交戦中 第五艦隊:アレクサンドル・ビュコック中将 ロイエンタール艦隊と交戦中 第七艦隊:コーウッド中将 キルヒアイス艦隊により壊滅。 第八艦隊:アップルトン中将 メックリンガー艦隊と交戦中 第九艦隊:アル・サレム中将 ミッターマイヤー艦隊と交戦、劣勢に 第十艦隊:ウランフ中将 ビッテンフェルト艦隊により半数が壊滅 第十二艦隊:ボロディン中将 ルッツ艦隊により壊滅 第十三艦隊:ヤン・ウェンリー中将 ケンプ艦隊に打撃を与えた後、撤退   青:優勢 橙:交戦中 or 劣勢 赤:敗退   このように、各艦隊の状況を3種類に色分けしてみると、同盟軍が第十三艦隊を除いて全面的な劣勢に立たされていることがわかります。すでに述べたように同盟軍は補給に問題を抱えていますので、仮に現段階で互角の戦いを繰り広げている艦隊でも、長期的な視点に立てば徐々に劣勢に立たされていくであろうことは疑いありません。第十三艦隊で起きた「艦載機の整備不良」に見られたように、食料が足りないことによる弊害は戦場のいたるところで生じていくはずだからです。  

地形や補給が戦闘に与える影響の大きさ

唯一、帝国軍に対して有利に戦闘を進めていたのがヤン率いる第十三艦隊でした。前回取り上げたシーンで見たとおり、周辺星域の地形を利用し艦載機による接近戦を試みたことが功を奏しました。整備ミスが解消された後のポプランの活躍を見ても分かる通り、ケンプ艦隊に打撃を与えることに成功しています。   おそらく、ヤンはポプランやコーネフら優れたパイロットが多く配下にいることをあらかじめ知っていたのでしょう。ケンプ艦隊の艦載機部隊がどの程度の実力を持っているかは不明ですが、仮に第十三艦隊と同等かそれ以下のレベルであれば、接近戦主体の戦いで有利な状況を築くことができます。   言い換えれば、それだけの実力を持つポプランたちですら、整備の行き届いていない機体ではそのポテンシャルを十分に発揮することはできなかったということです。いかに補給が戦況に与える影響が大きいか理解する教材としてこれ以上の事例はないでしょう。  

ロボスは「無能な指揮官」だったのか?

イゼルローンの司令部を描いた場面では、グリーンヒルとロボスが登場します。グリーンヒルは現場と司令部とをつなぐ「中間管理職」の立場です。これまでは画期的な軍事的勝利を望む政治家や司令部の意見と、穏便な撤退を希望する現場との間で板挟みになっていましたが、戦況が不利になったことで結果的に現場の意見を通しやすい状況になったと言えます。作戦の継続が誰の目にも明らかになれば、司令部が不可能な命令を無理強いすることは難しくなるからです。   総司令官のロボスも戦況の不利は認識していたものの、最高評議会への配慮から全面的な撤退を決断するには至らず、艦隊を再編して帝国軍との決戦に挑む意思を明確にします。味方を変えれば彼もまた「軍」と「政府」の間に挟まれた中間管理職であり、自身の「上司」に当たる最高評議会の意向を忖度するのはある意味当然であるとも言えます。   1話や2話で描かれた「アスターテ会戦」の描写を思い返してみてください。ノイエ銀英伝においては、   「物事の優先順位を正しく判断できる」 「目的のためには、必要な犠牲を厭わず実行できる」   といった点が、「指揮官に求められる資質」あるいは、「有能・無能を分ける基準」として示されていました。第六艦隊のムーア中将や、第四艦隊のパエッタ中将のようにアスターテで敗北した提督たちは、こうした資質を持っていなかったことが原因で敗北したかのように描写されています。  
ノイエ銀英伝1話感想・考察その4「有能・無能の基準とヤン・ウェンリーの登場」
  では、以上の基準に照らし合わせた場合、ロボスは有能と無能のどちらに該当するのか考えてみましょう。   「物事の優先順位を正しく判断できる」という点で見ると、ロボスは優先順位の重みづけそのものがほかの軍人とは大きく異なっていることがわかります。彼が最も重視しているのは「政治的都合」であって、軍事的な常識や現実の戦況といった、通常の軍人が重視するであろう観点にはほとんど関心を払っていません。   そういった意味では、彼はすでに「軍人」という枠を外れているといえます。実際、階級は最高位となる元帥であり、宇宙艦隊司令長官の職にある彼にとって、軍人として目指すべきキャリアはもうほとんど残っていません。これ以上の栄達を望むならシトレが任じられている統合参謀本部長の席を狙うか、政治家にでも転身するしかないでしょう。ロボスが内心、どのような気持ちで本作戦に望んでいたのかは原作や旧アニメでもいくつかの描写があります。しかし、少なくともノイエ銀英伝においては軍司令官としての積極性や主体性にかけるような描写が目立つ人物だと言えるでしょう。   もう一つの「目的のためには必要な犠牲を厭わず実行できる」という点については、ロボス自身が犠牲を強いられるような場面がほぼ登場しないためにあまり良くわかりません。彼が率いる部下にはもはや十分すぎるほどの犠牲が出ているものの、彼自身がそれをあまり気にしていないように見えるため、それを「犠牲」と捉えるべきかどうかははなはだ疑問です。   そもそも、以上2点のポイントは「軍の指揮官としての資質」を判断するためのものでした。前述の通り、ロボスはもうすでに「軍人」としての枠を外れた人物なので、軍人として評価すること自体が間違っていると言えるかもしれません。同盟軍の不幸は、そのような人物を総司令官に任命してしまったことでしょう。   ヤンが出征の前にユリアンと話していたとおり、ロボスの上司に当たる最高評議会ら政治家の腐敗が今日のような事態を招いた根本的な元凶だと言えます。... 続きを読む

ノイエ銀英伝12話感想・考察その1「メカニックとの対立を回避したポプラン」

12話「死線(後編)」 ~現場に波及する、意識の違いに基づく対立~

同盟軍を領土内に誘い込むラインハルトの策略により、同盟軍は補給の危機に見舞われていた。当初は平穏が保たれていた占領地住民との関係も破綻し、兵士たちは補給を待ちながら残り少ない食料を分け合っていた。   ジークフリード・キルヒアイス中将は、同盟軍の補給艦隊を捕捉、攻撃を仕掛ける。わずかな犠牲で補給艦隊を壊滅させた帝国軍は、ラインハルトの指揮のもと全面的な反撃を開始した。ウランフ中将率いる同盟軍第十艦隊は、ビッテンフェルト中将の帝国軍黒色槍騎兵艦隊と遭遇。ビッテンフェルトは惑星を盾にして死角からの攻撃を開始する。他の同盟軍艦隊も次々に帝国軍と接触し交戦状態に突入していく。   ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊は、濃いガス帯に覆われた周辺星域の特徴を利用し、 空戦隊による接近戦で敵を撹乱してからの脱出する計画を立てる。オリビエ・ポプラン大尉、ウォーレン・ヒューズ大尉、サレ・アジズ・シェイクリ大尉、イワン・コーネフ大尉ら、第八十八独立空戦隊出身のパイロットたちは、スパルタニアン(艦載機)で出撃し、帝国軍のワルキューレと戦闘を開始した。   ところが、機体は思うように動かず、ヒューズ、シェイクリらは戦死してしまう。帰投したポプランはメカニックのトダ技術大尉に詰め寄るも、彼らが補給不足のために十分な食事が取れていないことを知る。ポプランはトダに非礼を詫び、今度こそ帝国に一矢報いることを誓った。    

なぜラインハルトは同盟の動きを察知できたのか?

ラインハルトの計画では、補給が滞った同盟軍に後方からの補給が行われる際、それを襲った直後のタイミングで反撃することになっていました。補給が不足し、兵士たちが精神的にも肉体的にも疲弊する状況を待ってから攻撃することで、戦況を有利に導く意図があったと考えられます。   ですが、そのためには後方から補給艦隊が出撃したことをいち早く察知しなければなりません。劇中では特に語られていませんが、同盟軍の占領地周辺にも少数の偵察部隊を潜ませていたとみて間違いないでしょう。   今回の戦場は帝国にとっては自国領に当たります。当然、星域間の主要な航路はすべて把握しているでしょう。補給艦隊はイゼルローンを経て各前線部隊へ補給を届けるはずですから、それらの航路のいずれかに偵察部隊を潜ませておけば、動きを察知するのはそう難しくないはずです。  

補給艦隊の司令官は「無能」だったのか?

キルヒアイス艦隊と接触した同盟補給艦隊の司令官は、呑気にチェスに興じるなど全く危機感のない様子でした。おそらく自分自身が最前線にいるという自覚がないために、緊張感を持たなかったのでしょう。2万隻もの敵艦隊が現れた際も、なぜ自分たち補給艦隊が狙われたのかその戦略的な意義を理解できていませんでした。   この司令官が軍人として無能だったのは間違いありませんが、どちらかというとこういった描写は「前線と後方との意識の差」を強調する演出として解釈したほうがいいでしょう。もしかしたら、前線で戦う各艦隊の中にも、彼のような「無能な軍人」はいたかもしれません。しかし、彼らはすでに補給に窮し、苦しい状況に立たされています。このように緊張感のある状態であれば、たとえ無能な軍人であっても生き残るために最善を尽くそうと試みることでしょう。   12話ではこの後、同盟軍と帝国軍との戦いが描かれますが、その際この司令官のようなわかりやすい無能な軍人は登場しません。ですが、それは「前線には有能な軍人がいて、後方には無能な軍人がいる」ということではなく、単純に危機感の違いが行動に現れた結果だと言えます。こうした演出は、華々しく戦う者たちを美しく描きながらも、特定の役割を持つ者たちだけが「悪役」に見えないようにする配慮だといえるでしょう。その意図はすぐ次のシーンに当たる「空戦隊とメカニックの衝突」にも現れてきます。  

立場が違う者たちの「意識の違い」が描かれる

第十艦隊が帝国軍と接触したのを皮切りに、同盟軍の各艦隊は帝国軍との戦いに突入していきました。ヤンの第十三艦隊は撤退の準備こそ整えていたものの、すぐには引かず「ガスが濃い」という周辺星域の地の利を活かして接近戦を行った後、スキを見て脱出しようと計画します。すでに帝国領の奥深く進行してしまっているため、単純に引くだけでは却って追撃による危険が大きいと判断したのでしょう。   ポプランら空戦隊は出撃前には冗談を言い交わすなど強い自信と余裕を見せていました。彼らの描写は限られていますが、ベテランのパイロットであることはそのふるまいからひと目で分かります。ところが、戦闘に突入するや目立った活躍を見せることなく2名があっさり撃墜されてしまいました。戦いの最中、「照準が狂っている」、「出力が上がらない」といったセリフがあったように、彼らは整備不良によって思うように実力を発揮できなかったことが後に判明します。   当然、ポプランはメカニックを責め立てますが、対応したトダ技術大尉から「メカニックはほとんど飲まず食わずの状態にある」と告げられ思わず動揺する様子を見せました。メカニックらはトダ「技術大尉」という階級からもわかるとおり、兵士というよりも「技術屋」です。彼らのような技術将校は戦闘行為には参加せず、戦闘を行う兵士たちのサポートを行います。   https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1017336845   人的資源が枯渇している同盟の現状を考えれば、民間から徴用されたメカニックも数多くいたでしょう。さらに、補給が滞っている前線では、いざというときに戦闘に参加しない彼らへの食料配分は、それ以外の兵士たちと比べてかなり減らされていたと考えられます。戦いに負ければ彼らも命が危ないわけですから、さすがに意図的に整備ミスを見逃した可能性はないでしょうが、自分たちとは違い十分な食事をとっているパイロットたちに対して、鬱屈した感情を抱えながら整備を行っていたかもしれません。   ポプランは事情を察するや、すぐ彼らに謝罪しましたが、もしそうでなければ同盟軍は通常の士官と技術士官との間に見えない軋轢を生じさせてしまっていたかもしれません。あるいは、劇中で描かれていないだけで、同様の問題は各艦隊の、さまざまな場所ですでに顕在化しているとも考えられます。   11話「死線(前編)」における主要なテーマは、フォークやロボスといった司令部、本国にある最高評議会と前線との「意識の違い」です。特に司令部と前線との対立は危険な水準に達しており、「中間管理職」であるグリーンヒル総参謀長は頭を悩ませていました。   今回は、こうした部門ごと・立場ごとの意識の違いがまた別の側面から描写されたといえます。ポプランは自分と異なる立場にあるものの意識に触れ、行いを正しましたが、フォークやロボスには未だそれができていません。他者を理解し現実を正確に受け止められるものと、そうでないものがそれぞれどのような今後を歩むのか注目していきましょう。... 続きを読む
モバイルバージョンを終了