ノイエ銀英伝4話感想・考察その1「不敗の魔術師・ヤン・ウェンリーの生い立ち」

4話「不敗の魔術師」
~若きヤンとジェシカ、ラップの思い出~

後に「不敗の魔術師」と呼ばれ、傭兵家として名を馳せたヤン・ウェンリーは、
交易商である父に連れられ、16歳までの人生の大半を、宇宙船の中で過ごしていた。

幼少期のヤンは、宇宙船の中で過ごす時間を利用してさまざまな本を読みふけっていた。
本には、銀河帝国初代皇帝・ルドルフについて記述されたものもあったが、ヤンは「なぜ民衆が皆、ルドルフに騙されてしまったのか」という点を疑問に感じていた。
ヤンの父親は、「それは民衆が楽をしたかったからだ」と、息子に理由を語って聞かせる。

時は流れ、士官候補生となったヤンは、街の図書館で読書に明け暮れていた。
ある日、彼は図書館の屋上でギターを引く音楽学校生・ジェシカ・エドワーズと知り合う。
ジェシカは士官学校でのヤンの友人・ジャン・ロベール・ラップの幼馴染でもあった。

ジェシカはヤンに興味を持ち、なにか面白い話をするようにせがむ。
ヤンは幼いころ父親から聞いた、ルドルフが皇帝になることができた理由について次のように語った・・・。

「ルドルフが皇帝になれたのは、民衆が楽をしたかったからだ。自分たちの努力で問題を解決せず、超人なり聖者なりが現われて、全部一人で背負い込んでくれるのを待っていたためにルドルフに付け込まれた。独裁者自身よりも『それを出現させる側』にこそより多くの責任がある。積極的に支持しなくても黙って見ていれば同罪だ」

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 ヤンが「変わり者」になった理由

3話で描かれたラインハルトの生い立ちと対比するように、4話ではヤン・ウェンリーのこれまでの歩みが描かれます。ヤンはもともと交易商人の家庭に生まれました。しかし、おそらく「金銭的には不自由しないものの、養育環境としては決していいとは言えない家庭環境」だったと言っていいでしょう。

なぜなら、彼は子供時代の大半を宇宙船の中で過ごしており、おそらく同年代の子どもと触れ合う機会はほとんどなかったはずです。後に士官学校に入っているわけなので、勉強こそまともに受けられたのでしょうが、情操教育や社会の中で常識を学ぶ、といった面から言えば十分な環境とは言えなかったはずです。なお、4話の段階では何も語られていませんが、彼の母親は5歳のときに事故死しています。こうした幼少期の家庭環境は、彼の人格形成に大きな影響を及ぼしたはずです。

1、2話ではあまり描写する余裕のなかった、ヤンの「変わり者、非常識な部分」が多く描かれるのも4話の特徴だといえるでしょう。

 ヤン・ラップ・ジェシカの仲良し三人組

士官学校に入ったヤンは、子どものころと変わらず読書に明け暮れていました。後にジェシカから指摘されるように「士官学校の制服のままで図書館に通う」という珍しさで、周囲から奇異の目で見られています。このあたり、社会常識を学ぶことができないような環境で成長した影響から「変わり者」になってしまった点が見て取れます。

ですが、これがジェシカと知り合うきっかけになったのですから、運命とは不思議なものです。この後合流するラップが語ったように、彼女の父は士官学校の事務長なので、父が勤務する学校の制服を着ていたヤンに興味を持ったのも自然なことだったと言えます。

ジェシカは、ヤンが士官学校に手荷物なしで入学したため、「手ぶらのヤン」と呼ばれていることを知っていました。ヤンは「父親が死んでお金がなく、仕方なく学費がタダの士官学校に入った」と語っていますが、私服が買えないほど困窮しているとも思えないので、やはり変わりものである、という風評は正しいといえます。

ここで1、2話で登場したジャン・ロベール・ラップが2人に合流します。ラップとヤンは士官学校の友人、ジェシカとラップは幼馴染という関係であり、今回ヤンとジェシカが知り合ったことで、3人は共通の友人グループとなりました。

 ジェシカのヤンに対する興味は、今後どんな感情に変わるか?

場面は図書館から喫茶店に移り、ヤン、ラップ、ジェシカの3人での会話が続きます。ジェシカがヤンに強い興味を持ち、率先して話を聞きたがっていることから、彼女の希望でお茶をすることになったのだと考えられます。劇中でも触れられていますが、幼馴染であるラップから「俺の友達に面白いやつがいる」とでも言われ「手ぶらのヤン」の噂を散々聞いていたのでしょう。今回実物に会えたことで、ジェシカの興味は頂点に達していたはずです。

ヤンが語ったのは、「なぜルドルフは皇帝になることができたのか?」というテーマでした。歴史、それも政治や軍事に関する話題ではありますが、2人が軍人であり、ジェシカも家族が士官学校に関係する仕事についていることも合わせて考えれば、別段突拍子もない話題とは言えません。自由惑星同盟という国家自体、帝国の体制に反対して成立したものであるという点も考慮にいれれば、かなり一般的なトークテーマであるとも言えます。

現代日本に例えるなら、歴史好きの人に話を振って、「なぜ明智光秀は織田信長に背いたのか」をテーマに話をするようなものでしょうか。

ヤンは子どものころ、ルドルフについて本で学んだものの、なぜ彼が皇帝になりえたのか納得できる説明を見つけることができませんでした。すでに述べたように、自由惑星同盟が帝国に対抗して建国された以上、敵国の始祖に対しては論理的な批判だけでなく、もともと敵対的な感情が向けられているはずです。そういったことも、ヤンが納得できる理由が見つからなかった理由かもしれません。

ヤンは父親から教えられた「楽をしたい民衆が、絶対者にすべての問題解決を押し付けようとしたからだ」という理由をラップとジェシカに語ります。注目するべきは、2人が具体的にどのようなリアクションを返したのか、明確に描かれていない点でしょう。よくみると、ラップはともかく、ジェシカはヤンの持論を興味深く聞く表情が描かれています。ですが、彼女がそれに対してどう感じていたのか、この時点ではまだ具体的にはわかりません。

それは「ジェシカが民主共和制に対して、どのような思想を持っているかまだわからない」ということを意味します。ですが、同時に「ジェシカがヤン個人に対して、どんな勘定を抱いているのかわからない」と解釈することもできるでしょう。

最初は単純な興味からヤンと知り合ったジェシカでしたが、これから彼に対してどのような感情を抱いていくのか、この時点ではまだ明確には描写されていません。しかし、このようなシーンが描かれた以上、彼女のヤンに対する感情の変化は、今後のストーリーにおいて重要な意味を持つことになるはずです。