ノイエ銀英伝10話感想・考察その2「フォーク准将の雄弁・詭弁」

10話「幕間狂言」
~目的と必要性のない出征~

同盟軍は主要な提督、参謀を集めて帝国領侵攻作戦についての会議を行っていた。総司令官には宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥が任命され、全軍の6割に当たる8個艦隊が投入される旨が伝えられる。

ヤン・ウェンリーは会議の最中、ユリアンと今回の出兵について話していたときのことを思い出す。自身が指揮したイゼルローン攻略での犠牲があまりにも少なかったため、主戦論が勢いづいてしまったこと、選挙が近いために、支持率回復を目指す最高評議会が政治的な思惑から戦争を始めようとしていることなどを危惧する。

会議は侵攻作戦の具体的な内容を話し合うことが目的であったが、作戦立案者であるフォーク准将は抽象的な観念論を振りかざし、作戦内容については「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する」と述べるのみであった。第十艦隊司令官ウランフ中将、第五艦隊司令官ビュコック中将らは「作戦の目的を明らかにせよ」と詰め寄るが、「出兵そのものが帝国にとっては打撃となる」と主張するロボス元帥の意見もあり、議論は硬直する。

ヤン、ビュコック、キャゼルヌ少将らは戦線が伸び切り兵力が分散すること、補給が難しくなることなどを挙げて慎重論を唱えるが、フォークは詭弁ともとれる弁舌で反論し、まったく議論はかみ合わない。ヤンは「自由の国である同盟の軍人である以上、選挙で選ばれた政治家が行った決定には従わざるを得ない」と、再びユリアンと会話した際の自身の発言を思い返していた。

勝者なき戦争: 世界戦争の200年

同盟史上最大規模となる動員兵力

最初に、今回の同盟による帝国領侵攻作戦の陣容をご紹介しましょう。

【遠征艦隊司令部】

総司令官:ラザール・ロボス元帥

総参謀長:ドワイト・グリーンヒル大将

作戦参謀:コーネフ中将 以下3名

情報参謀:ビロライネン少将 以下2名

後方参謀:アレックス・キャゼルヌ少将 以下1名

【実戦部隊】

第三艦隊:ルフェーブル中将

第五艦隊:アレクサンドル・ビュコック中将

第七艦隊:コーウッド中将

第八艦隊:アップルトン中将

第九艦隊:アル・サレム中将

第十艦隊:ウランフ中将

第十二艦隊:ボロディン中将

第十三艦隊:ヤン・ウェンリー中将

(その他独立部隊含む)

総勢:3022万7400名

同盟だけでなく、帝国やフェザーンもその動員兵力を聞いたときに驚きの声をあげていたことから、この陣容がかつてないほど大規模なものであるとわかります。

「選挙のため」の開戦に憂鬱なヤン

ヤンはキャゼルヌの説明を聞きながら、ユリアンとの会話を思い返していました。自分が難儀性もなしにイゼルローンを攻略してしまったために、かえって不必要な戦火拡大を招いてしまった奇妙な因縁に思いを馳せていたのです。イゼルローン攻略がうまくいきすぎて国内の主戦論が息づいたこと、選挙を見据えた政治家が軍事的な成果を望んだことが今回の開戦の理由でした。

現実にも、政治的・軍事的現実より政略的な思惑が優先されてしまうケースは多々あります。一部の政治家の個人的な都合や政治的抗争で有利に立つことが優先されて政治的決定が歪められてしまうのです。今回は特に動員兵力が多く、同盟で初めてとなる帝国領への侵攻になるという点に問題がありました。

本来なら、こうした政略的都合まで計算に入れた上で振る舞い方を変えるほうが、政治家も軍人も賢いやり方ではありますが、一軍人に過ぎないヤンにそこまで期待するのは無茶というものでしょう。

個人的都合で国を動かしたフォーク准将

その点、本作戦の発案者であるフォーク准将は極めてうまく立ち回ったと言わざるを得ません。9話「それぞれの星」において、今回の侵攻作戦は若い作戦部の士官=フォーク准将が直接国防委員会に持ち込んだことが判明しています。つまり、政治的な目的から発案されたわけではなく、「一軍人の個人的な思惑に政治家が便乗した」というのが正しい評価だといえるでしょう。

現実のビジネス会でも、一部の社員の思惑で発案されたプロジェクトが公に認められることは多々あります。ただし、それが会社全体にとっての利益になるものだと認められなければそうはなりません。では、今回の場合はどうであったのか、という点が問題です。

会議のメンバーで、作戦そのものを支持しているのはフォーク及びロボスですが、そのどちらも作戦の具体的な目的を説明できていません。目的が決まってそもそも作戦が成功したのか失敗したのかすら判定できないでしょう。この時点ですでに作戦そのものに無理がある様子が伺えます。

「目的なき作戦」に積極的に反対しなかった理由

会議での各発言者の、侵攻作戦に対するスタンスを表すと次のようになります。

賛成:フォーク、ロボス

反対:ヤン、ビュコック、ウランフ、キャゼルヌ

このようにみると、作戦そのものに疑問をいだいているか、反対している人のほうが多いことがわかります。もちろん、総司令官となるロボスが賛成側に回っているという点は考慮するべきですが、全体的に反対者のほうが多いという点は留意するべきでしょう。参加者の多くは、すでにこの「目的なき作戦」に無理があるという事実に気がついているわけです。

それなのに、多くの参加者が口をつぐみ、またフォークの詭弁ともとれる反論を許したのは、「たとえここで何を話しても、作戦自体は覆らない」と考えていたからでしょう。実際、事前に侵攻作戦に反対する姿勢を示していたシトレは(会議の進行役であるとは言え)反対の意思を示していません。

原作、及び旧アニメ版の「銀河英雄伝説」では、「専制政治(帝国)」と「民主共和制(同盟)」の違いがしばしばクローズアップされています。ヤン・ウェンリーも自由惑星同盟の建国理念と政治思想を支持する姿勢を明確に示していますが、「銀河英雄伝説 Die Neue These」ではそうしたシーンは今のところ控えめです。

ヤンが会議中に思い返していたユリアンとの会話はそうした部分を描いた数少ないシーンです。「自由の国の軍隊である以上、民主的に決定された事柄には従わざるを得ない」と考えたヤンは、最終的に望まない出征に赴くこととなりました。