【Bパート カレーの完成】
火を用意し「煮る」が可能になったかばんちゃんは、カレーを完成させるため最後の調理に移ります。
かばんちゃん:中火でまず具材を炒めて、香辛料をいれて、用意しておいたお米もここで。火はだんだん強くしていって、最後はおとなしめに。できたら、火を落としてしばらく寝かせます。お米と一緒によそったら・・・。
アフリカオオコノハズク(博士)&ワシミミズク(助手):うわぁー・・・!!
かばんちゃん:完成です!
博士:あらためて、ルールを説明するです。
助手:我々どちらかがうまいといったら合格。お前が何の動物か教えるのです。
博士:では。
助手:さっそく。
博士:しかし、よく見るとおどろおどろしい見た目なのです。
助手:これで合っているのですか?
かばんちゃん:はい、たぶん。
(博士と助手、器に直接口をつけて食べようとする)
かばんちゃん:あっ、その道具を使って食べるんだそうですよ。熱いですし。
サーバル:博士たち、ほんとに料理詳しいの?
博士:当たり前です!
助手:あなたたちを試したのです!
かばんちゃんのセリフと料理描写の矛盾
今回描かれた料理の山場は「火をいかにして調達するか」というものだったため、火を手に入れて以降はサクサクと調理の描写が進みます。
ここで、いくつか気になるポイントが見つかりました。まず、かばんちゃんは「材料を炒めてから煮る」と言っています。これは基本的なカレーの調理方法なので疑問を持たない方も多いかもしれませんが、かばんちゃんはすでに材料を入れたお鍋の中に水を入れてしまっているのです。
ですから、すでに水が入っているお鍋で「炒める」という調理方法は本来はできないはずです。明らかに描写に矛盾があるのですが、これはおそらく場面転換のスムーズさを重視した結果でしょう。
仮に「材料を切る→お鍋に入れる→火をつける→炒める→水をお鍋に入れる→煮る」という描き方だと、かばんちゃんが一度火元を離れるシーンを入れなければいけません。そこで、カレー作りでは材料を炒める行程があるということを一旦セリフで説明し、実際の描写としては省く、という描き方を選んだのだと思います。
同様に、カレーに不可欠なご飯についても「あらかじめ用意しておいた」とさらっと流しています。本来であればたとえワンカットだけであってもお米を研ぐ描写があってもいいはずなのですがまったくそういったシーンはありません。
見慣れない料理に食べるのを躊躇する博士と助手
かばんちゃんの料理は成功し、見事に美味しそうなカレーが完成しました。博士と助手、どちらかが「うまい」といったら合格というルールの確認がなされ、いよいよ肝心の実食に移ります。
しかし、博士も助手もまずカレーの見た目を気味悪がり、なかなか食べ始めようとしません。普段ジャパリまんしか食べていない彼女たちにとって、ジャパリまんとも既存の材料とも明らかに見た目が違うカレーに箸(スプーン)をつけるのはなかなか勇気がいることだったのでしょう。
過去の考察の中で、私は「博士と助手が自力で料理ができなかったのは、火を扱うのが怖かったからではないか」との説を掲げました。もしこの説が正しいとすると、博士と助手はほとんどの料理を作ることができなかったはずです。ましてや、カレーのようにご飯とルー、2つのものを火で調理するものなどは絶対に作れません。
つまり、彼女たちにとって今回かばんちゃんが作った料理はジャパリまんを除いて「初めて食べる料理」だったわけです。念入りに警戒したとしてもやむを得ないといえるでしょう。
しかし、こうした博士や助手の態度の不審さが、サーバルに察知されてしまいました。最初、食べる際にスプーンを使わず直接器に口をつけようとしたことを見咎められ「本当に料理に詳しいのか?」と疑われてしまったのです。
もちろん、博士と助手が料理に詳しいというのはかばんちゃんに料理を作らせるための嘘なのは言うまでもありません。ですが、かばんちゃんはともかく「カット役」としか考えていなかったサーバルになめられるのは彼女たちもプライドが許さなかったのでしょうか。懸命に否定し実食を続けることになりました。
とはいえ、「このまま食べるのを躊躇していたらサーバルに疑われる」という思いが、博士と助手を実食に導いたのはちょっとした皮肉だったといえるかもしれません。