ノイエ銀英伝4話感想・考察その4「セリフやナレーションを使わない綿密な心理描写」

4話「不敗の魔術師」
~ラップとジェシカの婚約。ヤン、家庭を持つ~

統合作戦本部に勤務することになったヤンは、士官学校時代世話になったアレックス・キャゼルヌ少将の手引きでシルバーブリッジに居住する。

独身暮らしとしては広すぎる住居を与えられたヤンに、キャゼルヌは「トラバース法」に基づき、孤児を引き取るよう提案。ヤンは自信がない素振りを見せるが、キャゼルヌはヤンの人柄を見た上で、「弟子を育てるようなものだ」と重ねて勧める。

遠征が決まったラップと通信で会話したヤンは、彼が遠征から戻り次第、ジェシカと婚約することを知る。2人の関係を応援し、祝福していたヤンだったが、空を眺めながら一人でブランデーを飲んでいる最中、頭に浮かんできたのはジェシカの姿だった。

雪の降りしきる朝、目覚めたヤンは紅茶を入れようとしていると、何者かが家のチャイムを鳴らす。玄関には、スーツケースを持った少年が一人、扉が開けられるのを待っていた。

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キャゼルヌがヤンに養子を勧めた理由

エル・ファシルが帝国軍の手に落ちたため、ヤンは昇進するとともに、統合作戦本部の勤務となりました。必然的に引っ越しをすることになりますが、その手配をしてくれたのは、士官学校時代世話になっていたキャゼルヌ少将(当時は大尉)です。

キャゼルヌは、ヤンが戦略研究科への移動に異議を唱える際登場しただけで、士官学校のころ、具体的にヤンとどんな交流が合ったのかは明らかにされていません。しかし、ヤンの気を許した態度や、「チェスの腕を磨け」とキャゼルヌが言っている様子から、親しく付き合いを重ねていたであろうことが伺えます。

ヤンの家は、キャゼルヌの家のすぐ近くにある一軒家になりました。キャゼルヌがヤンの生活力を不安視する言動を繰り返していることから、自分の家の近くに住まわせ、何かにつけて生活面で世話をしてやろうと考えていたのでしょう。

その話の流れに関連して、キャゼルヌは「軍人家庭で戦争孤児を引き取り養育する仕組み」である、トラバース法をヤンに説明します。「家が広すぎるから、養子でもとったらどうだ」と言うのが最初の口実でしたが、その意図は明らかに「生活力がなく、一般常識も不足した『変わり者』のヤンに、お目付け役をつけよう」と狙ったものでしょう。

その証拠に、「お前みたいなやつでも長く生きている分だけ教えられることもあるだろう。いや、もしかすると、弟子に教えられることのほうが多いのかもしれないが」とキャゼルヌは語っています。

 ヤンが養子を引き取ることを決めた理由

ではなぜ、ヤンはトラバース法を受け入れることを承諾したのでしょうか?「恩義があるキャゼルヌに提案されて断りきれなかった」というのはもちろんあるでしょうが、決定的な理由になったのは、この後に語られる「ラップとジェシカの婚約」ではないでしょうか。

つまり、想いを寄せていた女性であるジェシカが、自分の親友と結ばれることになったという事実が、「自分も家庭を持とう」とヤンに考えさせる引き金になったのではないか、という意味です。

ジェシカがラップのプロポーズを受け入れたのはなぜ?

ヤンは引っ越しの後、友人のラップと通信で会話し、彼が遠征へ赴くこと、その後ジェシカと婚約する予定であることを知ります。2人は友人ですし、ジェシカもまた彼らと共通の友人ですから、2人が通信したことそのものに疑問の余地はありません。

ここで疑問なのは、「軍人の妻にはなりたくない」と言っていたジェシカが、なぜ心変わりしてラップと婚約することを決めたか、という部分です。私はおそらく、「ヤンが2人の関係を後押していたから」だと思います。

ラップは、士官学校を卒業するにあたってジェシカに告白し振られています。その後はヤンがエル・ファシルの英雄となり、再開を果たすまで、ジェシカに会いに行くことはありませんでした。彼が再びジェシカにアプローチを掛けたのは、ヤンと久々に再開し、「会いに行けよ」と発破をかけられたあとのことです。

ラップは当然、ジェシカにも「ヤンに会いに行けと言われたから来た」と伝えたことでしょう。この時点で、ジェシカは「ヤンが自分とラップの中を応援している」という事実を知ります。

これまでの描写から、ジェシカとヤンはお互いに惹かれ合っている様子が見て取れます。しかし、ヤンは自ら身を引いてラップとジェシカの関係を後押ししました。これは、ジェシカに対しては、「自分はラップと君が結婚してもいいと思っている」というメッセージになります。そのため、ジェシカはヤンが自分と結婚することを望んでいないと考え、代わりに幼馴染であったラップの想いを受け入れることを選んだのでしょう。

ヤンは最後に図書館でジェシカにあったとき、「あなたは何を見ているの。私は過去よりも未来を見つめていたい」という彼女の問いかけに応えませんでした。これは、応えが見つからなかったからではありません。ヤンの中には、「過去を学ぶことは、未来を予測することになる=自分も君と同じように、未来を見ている」という回答が確かに存在していました。

それをあえてジェシカには直接伝えなかったということは、彼は「自分はジェシカと結ばれるべきではない」と考えていたということです。ラップとジェシカが結ばれるよう、後押しをしたのもそのためでしょう。

なぜラップは再びジェシカにプロポーズしたか?

では、ラップのほうはこうしたヤンの気持ちに気がついていたのでしょうか?劇中の描写を見る限りでは、気がついていたとも、いなかったともとれるようになっていると思います。ラップは、アスターテ会戦で最後にヤンと通信したとき、「万が一のときはジェシカを頼む」とヤンに告げています。これは共通の友人であるヤンに、自分亡き後の婚約者の面倒を任せたともとれますが、「自分がいなくなった後は、お前がジェシカを幸せにしてやれ」と言っているようにも聞こえます。

ほかにも、劇中で描写されたヤンとラップの会話では、必ずジェシカのことが話題に登っていました。これは、「共通の友人なので、たまたま話題に登った」ともとれますし、ジェシカに好意を持つヤンにラップが気を使って、ジェシカと自分の関係の進展を連絡していた、ともとれます。つまり、「お前が好きな女に俺はアプローチを掛けるけど、構わないか?」と確認をとっていた、という解釈です。

男性の方で、「親友」と呼べる相手がいる方なら想像できるかもしれませんが、ある種の仲がいい男性同士は、同じ相手を好きになったとしても、そのことをわざわざ言葉に出そうとはしません。相手との関係が気まずくなってしまうかもしれませんし、友情が壊れてしまうかもしれないからです。

ですから、代わりに相手にだけはわかるような形で、言葉ではなく態度によって「俺はあの子にアプローチするが、お前はどうする」というのです。統合作戦本部で再開し、「ジェシカとは最近会っていない」と語ったラップは、なぜかそのまま黙ってしばらく窓の外を眺めていました。おそらく、ヤンのリアクションを待っていたのでしょう。ヤンは「会いに行けよ」と彼の背中をたたきます。「親友の了解」が得られたことで、ラップはジェシカに再びプロポーズをする決意をしたのでしょう。

キャラの気持ちをセリフを使わず説明している

ラップからジェシカと婚約する報告を聞いた後、ヤンは酒を片手に窓の外を眺め、ジェシカのことを思い浮かべます。このことで視聴者は改めてヤンがジェシカに恋心をいだいていたことを知ります。

このように、「銀河英雄伝説 Die Neue These」では、ヤン・ジェシカ・ラップの三者三様の恋模様が極めて丁寧に描かれています。特筆すべきは、以下のようなポイントがすべて「セリフではなく、情景描写でわかるように描かれている」という点でしょう。

ヤンがジェシカを好きなこと

ジェシカもまたヤンに惹かれていること

ラップもヤンの気持ちに気がついていること

ジェシカがプロポーズを受け入れたのは、ヤンが身を引いたのを知ったのがきっかけであること

ヤンが養子を引き取ったのは、ラップとジェシカが結ばれたことがきっかけであること

本作「ノイエ銀英伝」に関しては、原作や「名作」と謳われた旧アニメ版と比較してさまざまな評価の声がありますが、こうした綿密・繊細な心情描写は特に大きな見どころだといえるでしょう。