「お前どこ中だよ」と田舎の挨拶の共通点(3/3):ローカルなコミュニティの人間関係

ヤンキーの「お前どこ中だよ」という問いかけと、田舎で初対面の人と出会ったときの挨拶に見られる共通項を解説するシリーズです。サンプルとして、アニメ「氷菓」のワンシーンを取り上げています。

本コラムは3記事に分かれています。前半はこちらからご覧ください。

「お前どこ中だよ」と田舎の挨拶の共通点(1/3):ヤンキーの問いかけの真意
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「お前どこ中だよ」と田舎の挨拶の共通点(2/3):アニメ「氷菓」のワンシーンから
ヤンキー同士が出会ったときの常套句として知られる「お前どこ中だよ」というセリフ。実はこれは、見慣れぬ相手との余計な争いを避けるためのコミュニ...

登場人物の表情に見える「田舎者の苦悩」

すでにご説明したように、こうした田舎特有の人間関係の構築方法は、田舎で生まれ育った人であればある程度感覚的に理解することができるはずです。しかし、都会で生まれた方にはなかなかわかりにくい部分があるかもしれないので、いくつか補足しておきたいと思います。

まるで外国語で挨拶されたようなリアクション

まず、おじさんが最初主人公をいぶかしんだのは、主人公の風体を怪しんでいたからではありません。おじさんにはまったく悪意はないのです。単純に田舎では初対面の相手と出会ったとき、「血縁・地縁のピラミッド」をまず確かめるというコミュニケーションの流れが一般的なので、それとは違う方法で挨拶してきた主人公の言葉を理解するのに時間がかかっていたのです。

「田舎の自己紹介」に反発心を持つ主人公の葛藤

次に、おじさんのリアクションを見た主人公が、ヒロインの名前を出すシーンについて補足します。「血縁・地縁のピラミッド」をベースにしたコミュニケーションの方法は、田舎では一般的な方法ではありますが、すべての人がこうしたやり方を好んでやっているわけではありません。

中には今回の説明を聞いて、特に都会で暮らしてきた人々の中には「相手の人格ではなく、血縁や地縁を聞いて接し方を決めるなんておかしい」と感じた方もいるでしょう。田舎にもそのように感じる人がいないわけではありません。こうした「血縁・地縁のピラミッド」に基づいたコミュニケーションの方法をとるのは高齢者が中心で、若い世代になるほどあまりそうした部分を重要視しない人が増える傾向にあります。

主人公の奉太郎もそうした若い世代のひとりです。彼は、都会の人に近い感覚で最初の挨拶をしたのですが、相手にそれがうまく伝わりませんでした。そこで、仕方なく自分が快く思っていない「田舎のやり方」に合わせて「共通の知り合い」の名前を出したわけです。

余計な手間をかけたことへの謝罪

最後に、ヒロインの家の名前を聞いたおじさんが「すまなかった」と謝るシーンについて補足します。このおじさんの「すまなかった」には、2つの意味が込められています。ひとつ目は、「(ちゃんとヒロインから代役が来るという話は聞いていたのに)すぐ気づかなくてすまなかった」という意味です。こちらは非常にわかりやすいと思います。おそらく、放送時も多くの人はこのシーンのセリフをそうした意味で解釈したことでしょう。

もうひとつの意味とは「(『どこ中か』わざわざ名乗らせて)すまなかった」という意味です。すでに述べたとおり、主人公は最初の自分の説明がおじさんにうまく伝わっていないと気がつき、その時点でヒロインの名字である「千反田」という名前を出しました。

ですが、本来であればこれはおじさんのほうから「どなたのお知り合いですか?」と聞かなければならない部分です。主人公の方は、伝える必要がある情報は伝えているわけですから、なにか引っかかっている部分があるのなら、おじさんのほうから聞き返すのが本来の流れです。実際、ヤンキーの問いかけにおいても「どこ中だよ」と尋ねるのは気になった側で、相手から聞かれるまで自分の方から「どこ中なのか」名乗るようなことはしません。

なのでおじさんは「わざわざ自分の心中を察して、知り合いの名前を出してくれてすまなかった」と言っているわけです。

ローカルなコミュニティでは、争いを避けるのが第一

今回は、ヤンキー同士が出会ったときの常套句と、田舎での挨拶に見られる共通点についてご紹介していました。ヤンキーと田舎の地域社会、これらに共通しているのはどちらも「ローカルなコミュニティ」である点です。

ごく狭い地域で人間関係を築く場合、最も大事なのは「喧嘩をしない」ことです。喧嘩や争いが起きれば、お互いに禍根が残ります。広い地域なら、「喧嘩をした相手とは二度と合わない」、「遠くの場所へ移動する」といった選択肢もありますが、狭い地域ではそうした行動を取るのが難しい場合も珍しくありません。

従って、喧嘩や争いを避けるために最初から相手と自分の立場を決めておき、「下位の者が、上位の者に従う」というルールを決めておくのが最も効率的であるということになるわけです。あとは、その狭い地域の関係者の立場・関係をすべて記憶しておけば、争いが起きる心配はなくなります。

例外なのが、「別の地域に属する人がやってきた場合」です。この場合は、地域に住む人々と相手との関係性が決まっていないので、状況次第では争いが発生する危険があります。だからこそ、地域内で未知の相手と遭遇した場合は、一刻も早くその相手が「どこ中か」を確認する必要があるわけです。

今回は、こうした「ローカルなコミュニティ特有のコミュケーションの取り方」について解説してきましたが、それ自体の是非については特に論じていません。「初対面の相手を、人間関係のピラミッドのいずれかに配置する」というやり方に対して、心理的に抵抗がある人もいるのではないでしょうか。実際、こうしたコミュニケーションの方法が、田舎の地域社会に悪い影響を与えていることもあるでしょう。

しかし、ネットや流通の発達によって、現在ではあらゆるローカルなコミュニティのグローバル化が進んできました。「狭い地域」が「広い地域」になることによって、コミュニケーションのやり方が変わっていくという可能性もあるのかもしれません。