「お前どこ中だよ」と田舎の挨拶の共通点(2/3):アニメ「氷菓」のワンシーンから

ヤンキー同士が出会ったときの常套句として知られる「お前どこ中だよ」というセリフ。実はこれは、見慣れぬ相手との余計な争いを避けるためのコミュニケーション方法でもあります。

これとまったく同じ意図を含んだコミュニケーションの方法が、田舎のコミュニティにも紹介します。アニメ「氷菓」のワンシーンをサンプルに両者の共通項をご紹介していきたいと思います。

本コラムは3記事に分かれています。前半はこちらからご覧ください。

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「氷菓」に見る「田舎で初対面の人と会ったときの会話」

ご紹介するのは、テレビアニメ「氷菓」の22話「遠まわりする雛」での描写です。同作品は、米澤穂信の推理小説「〈古典部〉シリーズ」を原作として、2012年に放送されたアニメーションです。2017年には実写映画化もされているため、記憶に新しい方もいるかもれません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E3%81%BE%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%81%99%E3%82%8B%E9%9B%9B

本作の舞台となる場所のモチーフになったのは、岐阜県高山市と言われています。高山市といえば「飛騨の小京都」という異名を持つ昔ながらの町並みが有名で、都会か田舎かといえば「田舎」に分類されると言っていいでしょう。

問題のシーンは、主人公の奉太郎がヒロインのえるから地域のお祭りの手伝い(怪我人の代役)を頼まれ、準備会場を訪れた直後の場面です。具体的にどのような描写がなされたのかご紹介しましょう。

アニメ「氷菓」22話 主人公がお祭りの手伝いに行くシーン

1.準備会場を訪れた奉太郎、お祭りの責任者のひとりと思われるおじさんを呼び止め、「頼まれて代役に来た」と伝える。

2.おじさん、いぶかしがるような目で奉太郎を見て、返答せず

3.奉太郎、「千反田(ヒロイン)から聞いていませんか?」と再度尋ねる

4.おじさん、「ああ、そうかすまなかった」と答え、奉太郎を迎え入れる

ここで注目してもらいたいのは、主人公は最初から自分が何者なのかも、頼まれて手伝いにやってきた旨も伝えているにもかかわらず、おじさんは返事をせず、いぶかしがるような目で主人公の方を見返してきているという部分です。意図がなければこのようなシーンを入れる必要はないので、制作陣は明確な意図を持ってこれらのシーンを描写したことになります。

その後、主人公は何かを察したような表情を見せた後、自分に怪我人の代役を頼んだヒロインの名前を伝えます。おじさんはようやくその時点で「ああ!」と思い出したように返事をして主人公を迎え入れています。

実は、この構図はヤンキーの「お前どこ中だよ」とまったく同じコミュニケーションの流れなのです。

田舎には血縁・地縁をベースにした「人間関係のピラミッド」がある

最初のヤンキーについての説明で述べた通り、ヤンキーたちは地域ごとに異なる「人間関係のピラミッド」によって秩序を保っています。同じ地域に属する知り合い同士が、学校の先輩後輩、兄貴分と舎弟といった関係性で結ばれ、ひとつの共同体を形成しているのです。

こうした秩序の保ち方をするのは、何もヤンキーだけではありません。田舎に住む人々の中にも、その地域特有の「ピラミッド」を人間関係構築のベースにしている人は多くいます。もちろん、彼らのピラミッドはヤンキーのようにお互いの力関係だけで結びついているものではないのですが、「人間同士の縁による結びつき」をコミュニケーションの基準として捉えている、という点が共通しています。

ヤンキーの「ピラミッド」において、人と人を結びつける要素は「学校」でした。学校という共同体が存在するからこそ、ひとつの地域に住むヤンキー同士が集まる機会が生まれ、そこで先輩・後輩といった上下関係が醸成されていくわけです。

一方、田舎の人が使う「人間関係のピラミッド」において人々を結びつける要素は、基本的には「血縁」です。田舎の場合、人々の行動範囲が限られるため「先祖を数代前まで遡れば何らかの血縁関係がある家」は無数にあります。たとえば、「ひいひいおばあちゃんの実家」といった具合です。はっきりいって、それくらい遠い関係になるともうお互いの家同士は「親戚」とは思っていないケースも少なくありません。とはいえ、特に高齢者を中心に、そのくらいの遠い血縁であっても「仲間」という意識を持っている人も多くいます。

この血縁に、補助的な要素として「地縁」が加わります。最もわかりやすい例は、「どこ中」と同じく「同じ地域、もしくは近くの地域に住んでいる人=仲間」と捉える感覚でしょうか。たとえ近くに住んでいなくても、自分の知っている地域に住んでいるかいなかによって、相手への親近感が変わってくると感じる方は少なくありません。

こういった感覚は、田舎で生まれ育った人であれば「あるある」と理解できるかもしれませんが、都会生まれ・都会育ちの方にはなかなかわかりにくいのではないでしょうか。

ヤンキーの「お前どこ中だよ」という問いかけには、次の3つのプロセスがあると説明してきました。

1.相手が初対面の人であることを確認する

2.出身中学を尋ねる

3.共通の知り合いがいないか確認する

では、このプロセスと先程ご紹介した氷菓のシーンを照らし合わせてみましょう。

1.準備会場を訪れた奉太郎、お祭りの責任者のひとりと思われるおじさんを呼び止め、「頼まれて代役に来た」と伝える。

最初、主人公は来訪の目的を伝えているのに、対応したおじさんは警戒を解いていません。普通に考えれば「ちゃんと自分が何者で、なぜやってきたのか伝えているんだから、答えてあげればいいじゃないか」と思うところですが、実はおじさんは主人公が何を言ったかなどあまり頭に入ってはいません。

2.おじさん、いぶかしがるような目で奉太郎を見て、返答せず

主人公が語った、氏名や来訪の目的といった情報は、田舎で初対面の相手に出会った際、さして重要なポイントではありません。主人公が「初対面の相手」だったので、おじさんは自分の目の前にいる若者が「どこ中か?」=「この地域の共同体において、どの血縁・地縁に属する人間か?」ということを必死に考えていたのです。

3.奉太郎、「千反田(ヒロイン)から聞いていませんか?」と再度尋ねる

ここで、主人公が一瞬何かを察したような表情を見せます。主人公も田舎で暮らしている人間ですから、おじさんがなにをいぶかしがっているのか大体の察しがつくわけです。その上で、おじさんが次に欲している情報である「共通の知り合いの名前」として、ヒロインの名前を伝えたのです。

4.おじさん、「ああ、そうかすまなかった」と答え、奉太郎を迎え入れる

この時点で、ようやくおじさんの頭のなかで、目の前にいる若者を「ピラミッド」のどこにおけばいいかということがつながりました。おじさんと主人公は当然血縁はありませんが、ヒロインの家は地域では知られた名家なので「地縁」に基づいて主人公を「千反田家のお客さん」として脳内でピラミッドの一部に組み込んだのでしょう。

それでは最後に、描写から読み取れるこのシーンにおける主人公とおじさんの心情と、「お前どこ中だよ」と田舎の挨拶から読み取れる共通項をご説明したいと思います。(3/3に続く)

本コラムは3記事にわかれています。続きはこちらからご覧ください。

「お前どこ中だよ」と田舎の挨拶の共通点(3/3):ローカルなコミュニティの人間関係
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