前回記事:
【Bパート カフェの固定客ができた瞬間】
アルパカ・スリから振る舞われた紅茶を飲んだ一同は、続けてトキの歌を聞きます。トキノ歌声は、以前よりもずっといいものに変化していました。アルパカから「喉にいい紅茶のおかげ」と告げられたときは「私ここに通う!」と宣言しアルパカは大いに喜びます。
「トキの歌声が変わった描写」にまつわる奇妙な点
前回の考察を要約すると以下のようになります。
- トキの歌声が良くなったのは、かばんちゃんのアドバイスと喉にいい紅茶のおかげ
- しかし、一同は皆「紅茶のおかげ」だと思いこんでいる
- 紅茶には実際はさほどの効果はなく、飲んで体を温めたことのほうが重要だった
詳しくは前回の記事を参照してもらうとして、「なぜこのような描かれ方がなされたのか」について考察してみたいと思います。
視聴者は気が付くが、登場人物は気が付かないこと
トキの歌声が良くなった理由は、「表面的には紅茶のおかげ」、「実際にはかばんちゃんのアドバイス+紅茶を飲んで体が温まったから」という、極めて複雑な描かれ方をしています。なぜこんな描き方をする必要があったのでしょうか?
まず、紅茶に「喉に良い効果」があったのかどうかは重要ではありません。フレンズたちにはそれを確かめる科学的な手段がないからです。
では、「かばんちゃんのアドバイス」についてはどうでしょうか?このシーンがわざわざ、山頂への移動中に描かれたということは何らかの意味が付与されているはずです。素直に解釈するならば「かばんちゃんのアドバイスでトキが歌い方を変えた可能性を視聴者に察してもらいたかった」といった感じになるでしょう。
しかし、それならばトキが山頂で歌を披露した後で「あなたの言ったとおりに歌ったら歌いやすかったわ」というふうに「アドバイスの成果を示すセリフ」を言わせればよかったのです。実際にはそうしたセリフはなく、アドバイスを受けたトキ自身ですら、かばんちゃんから教わった歌い方のコツの効果を実感していないでしょう(声が出しやすい、といった感覚の変化はあったでしょうが)。
つまり、かばんちゃんのアドバイスの効果については「視聴者には気がついてもらいたいが、登場人物であるフレンズたちには自覚してほしくない」という奇妙な意図が働いていたと考えられます。
続いて、「紅茶には体を温める効果はあった」という描写がなされた理由を考えてみましょう。
もし、「喉に良い紅茶」に本当に効果があるという話にしたかったのであれば、かばんちゃんが歌い方をアドバイスするくだりを削除すればいいのです。そうすれば、視聴者にとっても登場人物たちにとっても「紅茶のお陰で歌声が変わった」というふうに見えるはずです。
劇中では、「紅茶の効果は未知数だが、体を温め歌いやすいコンディションを作るのには役立った」という極めて複雑な描き方で表現されています。そうなった原因は、トキがかばんちゃんから歌を教わるシーンで「寒いから息が苦しい」というセリフがあったからです。
もし、「紅茶には体を温める効果があったのではないか?」と視聴者に思わせたくなかったなら、このセリフを入れなければよかったわけです。しかし、実際にはセリフはあったわけですから、その意図するところは「紅茶の効能が歌の上達に寄与するかはわからないが、飲むこと自体に意味はあった」と解釈してほしいということでしょう。
かばんちゃんの活躍が隠されている理由
先に結論を述べてしまうと、私はこのような描写がされた理由を以下のように解釈しています。
- トキがカフェに定期的に通う動機を作るため
- 「動機」の背景にかばんちゃんを関与させるため
- かばんちゃんの関与を登場人物に伏せておくため
それぞれ順番に説明していきたいと思います。
トキがカフェに定期的に通う動機を作るため
以前の考察で明らかにしてきたように、トキとアルパカには「仲間を探している」という共通点があります。トキは歌、アルパカはカフェとそれぞれ異なる手段で仲間探しに精を出していましたが、それぞれが問題を抱えていることもありうまくいっていませんでした。
ところが、ともに仲間を探していた2人が出会うことによって、「2人がお互いに仲間になる」という新たな選択肢が生まれることになります。
「動機」の背景にかばんちゃんを関与させるため
歌声が良くなった理由を「紅茶のおかげ」と考えたトキは「私ここに通う」とカフェに通うことを宣言しました。それは、アルパカにとっては「常連ができた」ことを意味します。しかし、トキの歌が上達した本当の理由は「かばんちゃんのアドバイスがあったおかげ」でした。
動機へのかばんちゃんの関与を登場人物に伏せておくため
もし、トキが「歌声が良くなったのは本当はかばんちゃんのおかげだった」と気がついていたらどうだったでしょうか?その場合、カフェに定期的に通う理由がなくなります。演出上、「トキをカフェに定期的に通わせたい」のであれば、かばんちゃんのアドバイスの効果は登場人物には伏せておかなければいけません。
自分と他人を理解したとき、初めて友達ができる
このような演出がなされた結果、ストーリーはどのような推移を辿った確認してみましょう。トキとアルパカは仲間=友達になりました。これは、
かばんちゃんのお陰で、孤独だったフレンズに仲間ができた
ことを意味します。3話でかばんちゃんがもたらした周囲への変化を箇条書きにすると次のようになります。
- フレンズ化による「体の変化」に戸惑うトキに対処法を教えた(歌い方指南)
- フレンズ化による「異種との付き合い方」に戸惑うアルパカに対処法を教えた(カフェの目印)
- フレンズ化に伴い、仲間を探していたトキとアルパカに「自分とは異なる種類の動物と友達になる方法」を教えた
動物はフレンズ化すると、体がヒト化するため同じ種類の動物の仲間と一緒に暮らすことはできなくなってしまいます。その代わり、同様にフレンズ化した他の種類の動物とは意思疎通が可能になり「友達」になれる可能性が出てきます。
しかし、そのためには「フレンズの姿」に慣れる必要があります。そして、自分とは得意なことも苦手なことも違う他の動物のフレンズとどうしたら上手に仲良くなることができるか考えなければいけません。
「フレンズの姿」になれることは、自分自身を理解すること=得意なことと苦手なことを知ることです。「自分を理解し、他人を理解すれば友達ができる」、これはけものフレンズという作品を通じた一貫した大きなテーマだといえるでしょう。