【漫画考察】ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~:第3話

無料Webコミック「ヤングエースUP」の掲載作品「ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~」の感想、考察を行っていくシリーズです。今回は、ハカバがスライムと出会う第3話を考察していきます。

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【漫画考察】ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~:第2話
無料Webコミック「ヤングエースUP」の掲載作品「ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~」の感想、考察を行っていくシリーズです...

「ヘテロゲニア リンギスティコ」第3話のあらすじ

ワーウルフの村を出発したハカバとススキはゴブリンの洞窟に向かう途中、キャンプを張ることに。その一夜、2人に元に1人のスライムがあらわれた。

P1.初キャンプ

ゴブリンの洞窟に出発したハカバとススキ。初めてのキャンプに戸惑う。

ハカバはまだ旅に慣れておらず、荷物を背負って長距離を移動する体力がありません。キャンプなど現地生活のスキルもなく、ススキに頼る部分が多くなります。

ススキの個性として「道具を作るのが得意」という点が示されました。ワーウルフたちも得意分野によって分業していることがわかり、高い文化性が見て取れます。

P2.スライムがあらわれた!

巨大なスライムが2人に近づいてくる。

スライムはファンタジー的な世界観では定番のモンスター。しかし、ドラゴンクエストのように顔が描かれることもある中、本作では完全に「水の塊」といった無機質なビジュアルで登場します。

P3.分かる水

生きた巨大なスライムを初めて目にするハカバ。教授とのエピソードを思い出す。

「教授が『スライムは高知能』と発言し叩かれた」というエピソードから、人間社会ではスライムは「モンスター」とみなされ、交流できる相手とは思われていないことがわかります。

注目すべきは右下のコマです。ワーウルフらしき毛皮や骨、ツボに入った何らかの液体などが描かれています。このコマには様々な解釈ができます。

「描かれているのはワーウルフやスライムの死体であり、人間社会では彼らを家畜や素材として扱っている」と考えると、かなりダークな世界観であると言えるでしょう。

この解釈の場合、人間たちはかつて(あるいは現在も)ワーウルフやスライムを「狩猟」しているはずであり、教授やハカバが目指す「異種族間の相互理解」は極めて難しいものだと言わざるを得ません。

一方で「描かれているものはワーウルフやスライムの死体ではない」という解釈もできます。「ワーウルフに似た生き物(狼)やスライムに似た動物」が人間社会に元々存在している、という解釈です。

その場合、人間たちがスライムやワーウルフを「モンスター」と考えるのも無理もないことかもしれません。ビジュアル的に「動物」にしか見えなければ、それがコミュニケーション可能な相手と捉えるまでには時間がかかるはずだからです。

現時点では答えは定まりませんが「人間たちのほとんどは異種族をモンスターだと思っている」という点が再び強調されたのは間違いないでしょう。

P4.はじめまして

ハカバ、スライムに話しかけるもススキに注意される。

ハカバは繰り返しスライムに話しかけ、距離を近づけますがススキから注意を受けます。スライムが「振動の強い場所に触れようとする」性質を持つためでした。

ススキはスライムとの交流手順がわかっていたわけですが、(聴覚)言語より嗅覚言語の比重が大きいワーウルフとのハーフのため、「方法がわからないハカバがうかつな行動を取る」ことまでは予測できなかったのでしょう。

P5.間一髪

ススキが正しいスライムとの交流法を教える。

スライムが喉に飛びついた場合、最悪窒息する可能性もあるので、まさに「間一髪」という表現は正しかったと思います。

実際、過去に人間たちが魔界を訪れていたころはそうした「不幸な出会い」もあったことでしょう。そうした経緯からスライムに「攻撃された」と感じた人々が、彼らを「モンスター」と呼ぶようになったのかもしれません。

P6.振動

スライムと交流するときは、足踏みと簡単な器具を使う。

教授はスライムを人間界にこっそり招いているだけあって、当然ながらスライムとの交流方法を覚書に残していました。専用の器具まであるということは、スライムとの交流は割と日常茶飯事なのでしょう。

P7.振動から音

器具を使うと、スライムの振動が音となって聞こえた。

初めて聞くスライムの「肉声」に、ハカバは大きく驚きます。「音」はそもそも空気やモノの振動ですから、スライム自身の振動が器具を通して空気振動に変換されれば会話できるのに不思議はありません。

P8.なにかと使う道具

心音計のような道具の仕組みが図解される。

ハカバが回想した「妊婦のおなかにあてて使う器具」は、今日では「心音計」と呼ばれるようです。仕組みは糸電話と同じようなものでしょう。

全身が液体状であるためか「寒いと凍って死ぬ」という厄介な特性を持っているスライム。周囲の状況もやはり地面から伝わる振動によって探っているのでしょうか。

P9.スライム同士の会話

教授から小さなスライムを預かっていたハカバは、仲間に合わせてあげようとするも…。

教授が人間社会に招いていたスライムを、目の前にいる個体に退治されることに。しかし、両者はそのままくっついて合体してしまいました。

後の描写も見る限り、おそらくスライムは群体生物のように小さな生物が集まったものなのでしょう。そのような実態にも関わらず、高度な知能を持っているという点に謎が深まります。

P10.一つになった

小さなスライムと大きなスライムは合体してひとつになった。

ハカバはスライムの「合体」を自分自身に置き換えて解釈しようとしますが、うまく考えがまとまらず混乱します。

このように異種族たちは人間とは大きく異なる姿かたちをしたものも多いため、なかなか直感的に彼らの気持ちを理解するのが難しいこともしばしばあります。

SF作品「攻殻機動隊」の中では、AIが他のAIと経験の「並列化(記憶のコピー)」を行い、「他人の体験を自身の体験として感じる」という場面がありましたが、それに近い感じかもしれません。

人間は完全な形での「記憶のコピー」はできないため、スライムの合体を理解するのはかなり難しいでしょう。

P11.スライムの長所

スライムは自分を分割できることを知り、羨ましいと思うハカバ。

合体する前のスライムのセリフはすべて横書きで書かれていますが、合体して以降は縦書きで書かれています。人間界に行ったスライムの知識が、合体後の体に共有されたためでしょう。

教授(グージ)とスライムが出会ったのは「ウタツ」という場所であることが判明します。ウタツは後にも登場する、重要な地点です。

「現地のスライムが、教授が連れていたスライムのような体で話している」光景で初めてハカバは「スライムは自己の分裂・同種との合体ができる」ことを理解します。

P12.そういうのが無い種族

ハカバはスライムのアイデンティティ(自己同一性)に頭を悩ませる。

ススキが「分かる水はそういうの無い」と語っていたものは、「自己をどのように認識しているか」という点でしょう。

正確に言うなら「スライムは現在の体に基づいて自己認識している」「分裂した個体は、すべてが分裂前の体の自己認識を引き継ぐ」「合体後の個体は、合体前のすべての個体の自己認識を引き継ぐ」と表現できます。

ハカバは正確なところを聞き出そうとしますが、異種族同士でシンプルな単語の組み合わせによる会話しかできないため、複雑な概念をやり取りすることができません。

P13.分担運搬

スライムの越冬を助けるため、一部を小分けにして容器に入れる。

「スライムは数が減ったので、みんなで越冬前の移動を助けている」という表現があります。しかし、なぜ数が減ったのか理由は明かされていません。

この事実を知ったときのハカバは「そっか」と言葉少なに応えるのみで、背景の黒い夜空が非常に広い面積で描かれています。

おそらくは「スライムが減ったのは人間が原因であり、ハカバのそのことを知っている」という暗喩ではないでしょうか。

P14.分からない水

スライムと交流したが、その難解さにますます戸惑うハカバであった。

スライムに関する教授の記述は大変興味深いものでした。

「夏はスライムも気温と大差ない 涼は川で取ろう」という記述は、「教授がスライムの中に入ってお風呂のようにつかった」ことを意味しているように思えます。

「スライムは橋になるだろう」との記述は、文字通り物理的な橋になると解釈することも可能ですし、「橋」が何かの象徴である可能性もあります。

たとえば、「スライムは異種族同士をつなぐ、橋渡しの役割を果たす種族になるだろう」というような意味かもしれません。

ハカバがそういった意図を何も汲み取れていない点がコミカルで、シュールな中に深遠な意味をたたえている本作の面白いポイントでもあります。

「大きいほどかしこい」という点もスライムの重要な特性でしょう。教授が言うように、大きいサイズのスライムを人間界に連れていければ、世間の認識も改まるかもしれません。